第二十話 回復
[客観視点]
ザッコから届いた手紙を読んだカラブは、すぐにヒョロリー王国へと向かった。
「どういうことだ?ザッコ・ヒョロリー。俺からの交渉は、何度も断ったくせに」
「まあそう不機嫌にならず、何かのチャンスだと思って聞いてくれ。単刀直入に言うとだな…モーター王国、もしくはリニアについて、ここ数日、何か変わった動きはなかったか?」
「ハッ、あいつなら、この前実の父親を討ち取ったとこだ」
「何と!さすがは生粋の軍事国家。詳しく聞かせてくれ」
「詳しくも何も、俺が加勢した瞬間に決着は着いたんでな。特に語るようなことはない」
「加勢した?一体どっちに」
「リニアの側に加勢して、勝利に貢献した」
「何だと?そいつは残念だな。俺はリニア・モーターを敵に回す気でいるのに」
「言っておくが、俺はローレンス・モーターを始末したかっただけだ。やつはリニア以上に厄介だったからな。お前も知ってるだろう。それに、モーター王国の勢力がまとまっていれば、まだ監視しやすい」
「それはそうだが…」
「用は済んだか?俺は早く帰りたいんだが」
「もっとこう、ジャズマイスター卿とリニアの関係で、何か変わったことは?」
「ああ、ジャズマイスター卿ならリニアが裏切ったぞ」
「何だと!?」
「リニアはな、ランドールを引き連れてジャズマイスター卿暗殺を企んだ。しかも俺のせいにしやがったらしい」
「フハハハハ!!漸く謎が解けたよ!!実はこの前、ジャズマイスター卿がここに来てな、俺が確か、リニアがもし裏切ったら、みたいな話をしたら、あのジジイ、大笑いしおった!!ハーハッハッハッハ!!しかもリニアのやつ、お前に擦り付けたとはな!!ハーハッハッハッハ!!」
馬鹿みたいに笑うザッコを、カラブは冷ややかな目で見ている。
「ああ、そのくせリニアのやつ、俺にすり寄って来てな。一緒にジャズマイスター卿を潰さないかって、勧誘された」
「お前にとってはチャンスじゃないか」
「ふざけるな。これは間違いの許されない選択だ」
「その考え方は少し危険だな。支配者たる者、何事においても、あまり思い詰めるんじゃない。まあ気軽に行こうじゃないか」
「気軽だと!?お前はいいかもしれんが、俺はそうもいかないんだぞ。どっちを選んでも後戻りはできない。リニアと組んでジジイを葬るか、ジジイは放っておいてあの女から片付けるか!残ったほうは俺が責任を持って始末することになる。その重みがわからんのか!?」
「物騒だな、お前」
「物騒なのはあいつらのほうだ!!おらあっ!!」
ドシン!!
あろうことか、カラブは目の前のテーブルを左にひっくり返した。
ザッコは咄嗟に、ゴツゴツした逞しい腕をクロスして、顔をガード。目と口を真ん丸に開けている。岩のような筋肉に覆われた身の丈三メートルの大男といえど、突然のちゃぶ台返しは怖かったようだ。
「やめろ!!危ないだろ、一国の王としてあるまじき行為だぞ!!」
カラブは、肩を上下させてゼエゼエと呼吸すると、落ち着きを取り戻し、逆さになっているテーブルをもとに戻した。
「す、すまん。…気が立っていてな。だが俺は本当に忙しいんだ。悪いがもう帰らせてもらう。何しろ部下の一人が、毒にやられたもんでな。看病しないと」
「なぜそれを早く言わんのだ!!」
[ランドール視点]
気がつくと俺は、もとの世界の、自分の家に戻っていた。ベッドの上で目が覚めたのだ。
きっとさっきの異世界で死んだから、再びこっちに来ることができたのだろう。
起床してダイニングへ向かうと、今年で五十五になる母が朝食を支度してくれていた。
海老の乗った野菜サラダ、トッピングたっぷりのピザ、そして七面鳥の丸焼き。生ハムの乗った赤肉メロンもある。
…あれ、やけに豪華だな…。
「
…母さん?皆って、誰?
いきなり、雪崩のようにダイニングに人が入ってきた。
人混みができて、食事がしづらくなる。くそう…。
残念ながら、顔見知りの姿は見当たらない。まあ、そもそも高校を卒業してからは新しい友達なんて一人もいないし、高校までの旧友たちとは、連絡すらとってないもんな。
だがまあ、知らないやつらばっかりってことは、裏を返せば嫌いなやつもいない。
…と思ったら。
「あれ?鈴木!お前、こんなところで何してる!」
…うわ、最悪。
よりによって、バイト先の店長がなぜここに。悪いやつってわけじゃないのだろうが、正直俺はこいつが苦手だ。会うだけで吐き気がするし、ウンコが漏れそうになる。なぜ苦手なのか。相性が悪いのはもちろん、ほかにも思い当たる原因はある。中学時代のいじめっ子に、どことなくこいつの風貌や言葉遣いなどが似ているのだ。それに、俺が飲食のバイトに適正がなく、この仕事自体がストレスになっているのもある。どっちにしろ、こいつに落ち度があるとは俺は言わないが…。
「飯なんか食ってる場合か?ほかにやることがあるだろ。な?」
一切の悪意なく、強引。やっぱりこいつにも少しぐらいは落ち度があるか?…いや、店長という立場上、やむを得ないだけ…と思うことにしてやる。
さっきまで私服だったはずなのに、いつの間にか急に店のユニフォーム姿になっていた俺。渋々、客席へと向かうと。
「ご注文はお決まりでしょうか?…お、お前は!?」
「あら、こんなところにいたのね。ランドール」
リニア・モーター!?
お前こそ、なぜこんなところに!?
「悪いけど、その姿は似合わないわ。私の手元で、魔術師兼参謀として働くのが、あなたの本来の姿だもの。でしょ?」
意識と感覚がはっきりしたものに切り替わると同時に、目の前に木の天井が出現。
さっきのは、夢だったようだ。
なるほど、違和感だらけだったしな。朝食にターキーが出てくる時点で、気づくべきだったか。
あれ?でも俺は確か、リニアに殺されたはず。かろうじて生きていたとしても、重傷なんじゃ?
…魔法薬のおかげか。あれは万能だから、致命傷を綺麗に治してしまっても不自然ではない。現に、リニアもそうだったからな。
しかし、それなら一体、誰が魔法薬を?
体を起こすと、ジャラジャラと金属の絡み合う音が。
両手首と両足首に枷がつけられ、それぞれが鎖で部屋の四隅に繋がれているのだ。
くそっ、どうやら誰かが助けてくれたってわけじゃなさそうだな。大方、リニアは俺を生かしておいて、また何かに利用する気だろう。
枷がついてるなら、外すまでだ。
四肢に意識を集中。
「カンヴェニエン・ディストラクション…あれ?」
声が小さかったか?だが、魔術は慣れていれば、声に出さなくても使えるのに。
もう一度、気合いを込めて…。
「カンヴェニエン・ディストラクション!!」
…何も起こらねえ。
リニアのやつ、何かしやがったな!!
「くっ…」
こうなったら、物理的に引きちぎってやる!!
両手首を力一杯引っ張る。が、鎖がジャラジャラとうるさいだけ。
枷を外そうにも、道具がない。床に針金でも都合よく落ちてねえだろうか…?
トントントン
ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、いつも食事を運んでくるのと同じメイド。
「意識がお戻りになられたようですので、すぐお食事のご用意をいたします。ところで…
…その枷、外せないと思いますよ?鍵がないと」
え!?図星!?
「は、外そうなんて、そんなこと…」
「さきほど、色々と工夫なさっていたじゃありませんか」
「うう…」
「リニア様のご命令で、魔力を一時的に麻痺させてありますから。それに、あなたの腕力だけでは破壊するのは不可能かと。…ふふふっ、ゴーレムで謀反とは、なかなか大きなことをなさいましたね、ふふふふふ…」
メイドはクスクス笑いながら、あっさりと部屋を出ていった。
さて、どうするか。
もとの世界に戻る方法、本気で考えないとな。
あれだけ謀反を起こした以上、リニアもそう簡単には解放してはくれないだろう。かといって、自力でなんとかなる状態でないのは事実。残念ながら、鍵が来るのを待つしかない。とりあえずここはへりくだっておいて、早めに枷を外してもらってから、素早く行動に移る、それしかない。そのときまでに、計画だけは前もって立てておく必要がある。それには情報が必要だ。
さっきのメイドに、書物を持ってきてもらうとしよう。
さすがに武器とかはNGだろうが、たかが本なら危険性はないと見なされるはず。
ニック・パナソウの見聞録。あれなら、何か書いてあるかもしれねえ。それこそ、俺と同じように転生させられたやつがいる、とかな。
数分後、食事の乗った台車を押しながら、メイドが戻ってきた。
「あ、あのー、一つ頼みが」
「何でしょう?」
「本を一冊、持ってきてはもらえませんかね?」
「また新しい謀反でもお考えのつもりですか?」
くそっ、用心深いやつめ!
「いいえ!ただ俺は、こんな状態だから、見聞録でも読んで、暇を潰そうかと」
「見聞録、ですか?」
「ニック・パナソウの見聞録。あれに興味があるんです。見聞録なら、謀反には直結しないでしょう?」
「そうですね…ただ、私の勝手な判断ではちょっと。リニア様に相談しないと」
がっくし…。
リニアのやつなら、ひょっとしたら見聞録を読ませるのを渋るかもしれねえ。あるいは見当違いな本を寄越してくるとか。あいつならやりかねない。
「あ、そうそう。いい忘れておりましたが」
部屋を出ようとしたメイドが、足をとめて言った。
「排泄のときは私にお申しつけください。壺と手洗い用の魔法薬をお持ちしますので」
言われると、なんだか急に催してきた。くそう…。
[カラブ視点]
結局俺は、ザッコからもらった数本の薬草を手に、仲間のもとへと戻った。ザッコ本人に言わせれば
“どうせ期限の迫った廃棄予定の薬草だし、こんなのでお前に一つ貸しを作ったと思えばいい”
とのことだが…。
正直、俺は自分が情けなくなってきた…。だが、部下の前でウジウジとへこたれてはいられない。この借りは必ず、俺自身が返すことにしないとな。
薬草を調合して魔法薬を作り、解毒剤としてサソリーナに飲ませる。
「ありがとうございます…ただ、私にここまでしていただく価値があるのかどうか…」
「価値はこれから示せばいい。まずは薬を飲め。これは命令だ」
つい厳しい言い方になってしまった。頼む、服用してくれ…。
「カラブ様、その…薬を飲む前に、言わなければならないことが」
「何だ?」
「…毒を盛ったのは、実は私なんです」
え?
…えええええええ!?
「ちょ、ちょっと待て、サソリーナ。一回、落ち着こう」
状況を整理。
まずサソリーナが倒れたのは、毒の入ったスープを口にしたから。しかしその毒は、俺の皿に盛られていた。ということは、サソリーナの話が本当なら、サソリーナは俺を暗殺しようとして毒を盛り、そのうえで毒を自分で口にしてしまった…。わけがわからない。
「正確には、私は誰かに、毒を盛らされた、という具合ですが…。料理の盛り付けの際、頭がぼうっとして、自分の意思に反して、毒を盛ってしまったんです。正気に戻ったのは、もう夕食を囲んでいるときでして…」
「一時的に洗脳されたってことか。…じゃあお前は、俺に毒を飲ませまいとして、間違えたふりをして自分で飲んだのか?」
「そうするしか…」
「何て馬鹿なことをしたんだ!!他に方法があったろう!!例えば、毒が入ってるのを言葉で伝えるとか、せいぜいひっくり返して溢すとか!!」
「申し訳ないです…」
サソリーナのターコイズ色の両目から、大粒の涙がポロポロと。
しまった。
病人相手に怒鳴るべきではなかったな。
「…いや、その…いまはお前の回復が先だな。早いとこ元気になってもらわないと。お前は仲間の一人であることに変わりはないし、それに、人材としてもいないと困る。頼んだぞ」
にしても、サソリーナを操ったのは誰だ?そんなことができるのは…。
[ランドール視点]
排泄のときに邪魔になるということで、四本の鎖のうち、右足用の一本を覗いてほかは外してもらえた。
部屋に一人にしてもらって、用を足す。で、終わって声をかけると、再び部屋に入ってきたメイドが、壺を回収。
ちょうど食事を済ませたタイミングで、メイドと一緒に、なんとリニアが部屋に入ってきた。
「すっかり回復したようね、ランドール。どうやらニック・パナソウに興味があるらしいけど。…見聞録を読むのもいいけど、そろそろ戦力として復帰しない?」
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