第十九話 決着

[客観視点]

リニアめがけて振り下ろされた、金のアックス。


キィィィン


「…甘いわね」

迷わず刀で斧をキャッチするリニア。そのまま背筋をまっすぐに伸ばし、鍔競り合いに持ち込む。

「くっ…」

ランドールとしてはまずい状況。

パワーではゴーレムが勝っているはずなのに、ペースはリニアのものになりつつある。

それに、いくらゴーレムが強くても、その上に乗っている自分は安全ではない。生身で、肩車の要領で乗っているのだから、ダイレクトに狙われたらあまりにも危険だ。

しかし鍔競り合いをしていては、盾を発動する隙はない。ゴーレムを操っているのは自分だから、この人形に任せて自分だけ逃げるのも不可能。なんとかリニアを引き離さなければ…。


そんな考えを張り巡らせていると、逆にそれが仇になった。集中力を鈍らせたのである。

リニアが、グイと下向きに力をかけた。


刀が自分に振り下ろされるのを恐れたランドール。

計十本の指に巻き付いた紫の糸を通し、ゴーレムの両腕に力を込める。

下から上へと、相手の刀を押し上げる。


次の瞬間、リニアはフッと力を抜いた。

刀は真上に弾かれる。

同時に、ゴーレムの斧も振り上げられ、上に乗っているランドールを守る形に。

「やった!!」

ランドールはピンチを乗り越えたと確信。




しかしこれでは、ゴーレムの脇腹ががら空きだ。




「ホオオオオオオウ!!!」

鳥のような奇声を発しながら突進し、左上から右下に刀を振り下ろすリニア。

ゴーレムの右胸から左の横っ腹にかけて、大きな裂け目ができる。

バランスを崩し、前に傾くゴーレム。

「うわあっ…」

首なしのゴーレムに肩車させていたのもあって、ランドールはそのまま前にずり落ちてしまった。

「いってえ!!」

石畳の上に尻餅をつくランドール。

その隙にルイージがゴーレムに接近し、石畳に転がっていた自分の剣を拾い上げた。


「勝負あったわね」

リニアは、刀の切っ先をランドールの目の前に向けた。



[ランドール視点]

…終わった。


処刑される。




…と思ったら。


「さあ、決着もついたことだし、片付けてもう寝ましょうか」


え?


えええええ?


「姫様、この金髪コウモリを許すんですか?こいつは迷惑な危険人物、処刑したほうが」

「いいえ、迷惑だか危険だか知らないけど、能力のある部下は何が何でも雇っておかないと。それに、クセのある部下を使いこなせないなら、一流の指揮官にはなれないわ」

「それはあなたのプライドでしょうが。第一、こうやって問題が起きる度に、誰が尻拭いしてやっていると?」


「…あなたにも問題はあるはずよ。思い通りにならないと、周囲に当たり散らす」

「そうでもしないとやってられないのは、誰のせいですかね…」


リニアとルイージの間に、険悪な空気が流れる。




…俺にとってはチャンスだ!!


二人の隙を突き、俺はゴーレムに再び飛び乗る。

「ああっ、姫様!!コウモリが卑怯な真似を!!」

ルイージの野郎が気づいて声を上げたが、一足遅かった。生憎だな、フッフッフッ…。

「あら、もう一戦交える気なのね?」

相変わらずやる気満々のリニアさん。こいつの感情はどうなってやがる…?まあいい。どうせ勝つのは俺なんだからな。


「…ライトニング・バード!!」

ゴーレムの背中に金色の翼を生やし、羽ばたいて宙へと舞い上がる。

視線を下に向けると、リニアとルイージが馬鹿みてえに見上げてやがる。ほかの連中は見当たらない。どうやらさっきの戦いの時点で、ゴーレムに怖じ気づいて逃げ隠れしたようだ。

「ジョウ・スターリン!!」

真下の馬鹿二人に向けて、ゴーレムの左掌から宝石の群れを発射。

ルイージは飛び退いてどうにか回避したようだが、リニアと来たら刀で宝石どもをカチカチと弾いてやがる。ジョウ・スターリンだけでは効かねえ。別のわざと組み合わせないとな。幸い、使い手のザッコ・ヒョロリーがそんなことやってたから、真似させてもらうとしよう。あのときの技名は、確か…。

「ロック・イーグル!!」

ゴーレムの左掌から岩が飛び出し、宝石の群れのすぐうしろからリニアに迫る。宝石で目眩ましをしておいて、本命の岩を命中させる。ザッコが使っていた戦法の受け売りだ。


勝負あったな、リニア・モーター。




…なーんて思っていたら。


「…ハアアアッ!!」

力強い掛け声を発しながら、リニアはあろうことか岩を横一文字に叩き切り、真っ二つに。

強すぎる!!くそう!!

「悪いわねえランドール、ザッコの戦法ならもう対策済みなのよ!!私、一度自分が食らった手は、必ず分析するようにしてるから!!」

リニアの嬉しそうな声が、空中にいるこっちにまで届いてくる。ムカつく。


…そうだ。

「ジョウ・スターリン!!」

もう一度、ゴーレムの左手から宝石の群れを発射。

「何度やっても無駄よ!!」

宝石を弾くリニア。

その隙に、俺を乗せたゴーレムは急下降し、リニアに接近!!


さっき発射した宝石どもがどんどん弾かれていって、リニアの姿が見えてくる。


リニアはもう一度岩が来ると思ったようで、刀を真横にスラッシュしやがった。

バーカ、空振りだよ。

「…え?」

目を丸くするリニア。


金のアックスを、リニアの脳天めがけて振り下ろす。




キィィイイイン


くそっ、刀で受けとめられたか!!

「やるじゃない、ランドール!!新しい手段を思いつくなんて、さすがは私の参謀というだけあるわね!!」

余裕かましやがって。イヤミだ!!

ええい、斧でぶった切ってやる!!


「でもやっぱり、接近戦は得意じゃないと見たわ」


へ?


次の瞬間。

リニアが、左上から斜めに刀を振り下ろして来やがった!!

キィィイイイン

斧で防ぐ。危ねえ危ねえ…。

だが。

一瞬の隙もなく、リニアは再び刀を振り上げ、今度は右上からの斜めスラッシュ!!

キィィイイイン

「うおっ!?」

続けざまに、左、右、左、右…。まるで剣道の切り返しだ。反撃する暇もねえ!!


ザシュッ、ビビビッ…

「ううっ!?」

背中に、一筋の焼けるような熱さが走る。

…背中全体が痺れた、動けない!!

「やったわね、ルイージ」

「フッ…」

ルイージの野郎、俺がリニアとの戦いに集中してる隙に!!


「とどめよ」

リニアが、刀をまっすぐ突き出してきた。




ズシュッ

低い音がして、右の脇腹に鋭い痛みが走る。




「うぐっ…」




ズビイッ

脇腹に刺さった刀の先が、こんどは引き抜かれる感触。




「うぅあっ…」

傷口を右手で押さえると、ぬるりとした生暖かい感触が。




視界が狭くなってきた。

傷の鋭い痛み以外に、感覚がない。




俺はいま、ここで死ぬんだ。




謀反を起こして得られたのは、疑念に対する答えだけ。

たった一つ、それも残酷で非情な答え。




ここは明晰夢なんかじゃなく、ガチの異世界。

そして俺は、マジで転生させられたんだ。





[客観視点]

「こんどこそ、決着はついたわ。至急、魔法薬で応急措置を。…ルイージ、あなたに言ってるのよ?」

「正気ですか?こんなやつを手当てして何になるんです?困るのは我々でしょうが」

「いいえ、困るとしてもあなただけよ。私は、せっかくの逸材を失うのはごめんだわ。魔術師をもう一度探すなんて面倒だし、見つけたとしてもランドールほどは使えないでしょうし」

「この魔法薬をどうぞ。使うのはご自分でなさってください、俺は御免ですから」



[カラブ視点]

外敵防止用の見張りをドクバールとハサミンデリに任せ、俺はサソリーナの容態を確認。

まだ、サソリーナは目を覚ましていない。汗だくになって、ゼエゼエと息をしている。喉が、グリグリと膨らみと縮みを繰り返している。

俺は布を手にとって、サソリーナの額と首を拭う。

倒れたばかりのときに比べると、心なしか熱は下がったようだ。といっても、 まだまだ熱いが。


「カラブ…様」

サソリーナが口を開く。


「お前、意識が戻ったのか!?」

「はい。まだ、起き上がれそうにはありませんが…」

「安静にしてろ。毒を盛った犯人は、俺が必ず見つける」

「犯人…ですか」

「ああ」

食中毒の可能性も考えたが、同じ料理で一人だけ、というのはおかしい。やはり、誰かが毒を盛ったと考えるのが自然だ。

「…そのことで、お話が」

「犯人を知ってるのか?あるいは、手がかりとか」

「それが…」

…そうか。病人相手に質問攻めはまずいよな。

「わかった、あとで聞いてやる。いまは回復に専念しろ」

「カラブ…様」

「さ、サソリーナ?」

サソリーナは、再び目を閉じた。

さっきよりおとなしい呼吸。どうやら、眠りに入ったようだ。



[客観視点]

再び、ヒョロリー王国を訪れたジャズマイスター卿。国王ザッコ・ヒョロリーとの本契約を交わしに来たのだ。

「よく来たな、ジャズマイスター卿。ちょうど、お前と話をしたいと思っていたところだ」

「それはよかった!ハハッ、ではさっそく本契約に参りましょう」

「その前に、一つ話しておきたいことが」

「何でしょう?」

「契約の内容だが、もう少し見直す必要がある」

「では直ちに修正しましょう。どの部分です?」




「リニア・モーターとは、やはり手を組めない」




「困りましたね…」

うつむいて、右の掌を額に当てるジャズマイスター卿。

「誤解のないように言っておくが、契約を断るとは言っておらん。ただ、モーター王国に味方するのは中止、ということだけ伝えておこうと思ってな。ジャズマイスター卿、これは単なる修正だ」

「にしても、私のほうから提案したのは、モーター王国との仲介。それが振り出しに戻ると、代わりに何を差し出すべきか…」

「さしものお前でも、代替案は浮かばないのか?」

「いえ、必ず何とかします!このジャズマイスター卿、手札は何枚も隠し持っておりますからなぁ、ハハッ」

「それでこそお前だ。…いや実はな、リニアとは手を組めないというのは、俺の判断だけではないんだよ」

「“エテニア様”ですか?」

「左様。さすがに俺も、あの女帝の判断だけは突っぱねるわけにいかんのだ」

「しかし、エテニア様と私は何度かお会いした顔見知りで」

「だから言っておるだろう、手を組めない相手はリニアであって、お前ではないと。エテニア様としては、このヒョロリー王国がお前を味方につけるのはいいが、生粋の軍事国家であるモーターを迎えるのはまずい、とのことだ」

「そうですか…これは参ったな。いえ、善処します。いますぐにでも策を考えないと」

「そこで、俺からも提案なんだが…


…モーター王国を、いっそお前のほうからも裏切ったらどうだ?」


「私がですかぁ!?ハッハッハ、さすがにまずいでしょう!本気で言ってるわけじゃあないでしょうね?ハッハッハ…」

「いや、結構本気で話したつもりだが?」

「何ですと!?」

「お前ならできるだろう。慣れているはずだ」

ザッコのその言葉を聞いて、ジャズマイスター卿は背筋をピンと伸ばし、いかにも真面目そうな顔つきになった。落ち着きを十分に保ってはいるものの、少しカチンと来たようだ。

「私は他人ひとを見限る、見捨てるということはありますが、率先して私欲のために謀反を起こしたことは、一度だってありません。それは私のスタイルではありませんから」

「ほう?しかし逆に言えば、至極真っ当な理由され、リニア・モーターを敵に回してもかまわん、ということだな?」

「その“真っ当な理由”とは?例えば?」

ジャズマイスター卿、実は内心かなり苛立っている。

「そうだな…例えば、リニアのほうからお前を先に裏切った、とか」

それを聞いて、ジャズマイスター卿の脳裏によぎったのは。

「…ハッハッハ、ハーハッハッハッハ!!」

こんどは笑い出すジャズマイスター卿。

リニアが自分を暗殺しようとしてきたときのことを、思い出したのだ。

「そんなに馬鹿げた話か?あいつならやりかねんが」

「いえ、寧ろ…いや、何でもありません。そうなったらそうなったときです。いまは、あの血の気の多いお姫様を敵視するのは、利口とは言えないでしょう。少なくとも、私にとってはね。ではこうしましょう。私はリニア様の近くにいて、表向きは味方しつつ、危険がないか見張っておく。あなたとはこれまで通り、定期的に話し合って少しずつ友好関係を築く。どうでしょうか?」

「あ、ああ。…それが一番、無難だな」

ザッコは少し引いていた。目の前の老紳士が気味悪く思えたのだ。



その翌日、ザッコは部下の一人に命じ、


ジャズマイスター卿が最も危険視する男、カラブ・ドーエン宛に手紙を届けさせた。

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