第十八話 反逆
[客観視点]
ついに誕生した、ローレンスゴーレム。鍋からのそのそと這い出てきて、ランドールの目の前で、背を向けて片膝をつく。
その使い手は、他ならぬランドール・ノートン。首なしゴーレムの肩に、肩車の要領で飛び乗る。
ゴーレムの首の断面から紫色の糸が伸びて、ランドールの両手の指に巻き付く。この糸は、マリオネットのそれと同じく、ゴーレムを意のままに操るためのもの。
「いいか!いまからこの操り人形を使って、リニア、お前を暗殺する!!」
「面白いわね。受けて立つわ」
リニアは刀の柄に手をかけ、冷静かつ挑戦的に答えた。橙色の瞳が、闘志に煌めく。
「ああん?やけに落ち着いてるじゃねえか。こいつは腐ってもローレンス・モーターだぞ?一筋縄じゃいかねえ相手に、なぜそんなに余裕ぶっこいてる?」
「当然よ。だってそう簡単に負けるような傀儡じゃ、使い物にならないでしょ?」
速やかに刀を引き抜くリニア。刃がギラリと光る。
「ハッ…後悔するんじゃねえぞ!!」
ランドールは糸を手綱代わりに器用に引っ張り、ゴーレムを動かし始めた。
[ランドール視点]
さてと、どうやって目の前の姫騎士を八つ裂きにしてやろうか。
じっくり作戦を立てられなかったのと、このゴーレムの使い方に慣れる時間もないのが残念だ。
しかし、済んだことを嘆いても仕方がない。
ここは一つ、ゴーレムの実力ってやつを信じてやるとしよう。
どうやら糸を使って操るのはそう難しくないようだ。現にこの人形、指先まで俺の意思にぴったり合うよう動いてくれる。
リニアが、刀を構えてこっちの様子を窺っている。剣道そっくりの、いつもの構えだ。
リニアの特性を考えると、俺のほうから仕掛けるのが無難。
とりあえず一発、パンチでもお見舞いしてやる!
ゴーレムを使って、リニアに殴りかかる。その勢いで、ゴーレムの上に乗っている俺まで振り落とされそうになる。…危ねえ!!
残念ながらパンチはノーヒット。
リニアは一歩後退すると、勢いをつけて斬りかかってきやがった!
…ここは、落ち着いて躱す。慌てない、慌てない。
こんどは隙を与えるまいと、連続パンチを繰り出してやる。だがまったく当たらねえ。
なぜだ…。
そうか、腕のリーチが不利だ!
リニアは刀を持っているのに対し、俺…正確には俺の操っているゴーレムは、武器なしで素手で戦おうとしている。そりゃあ勝てるはずがない。
そういやローレンスは生前、リニアとの決闘で斧を振り回していたな。
あの斧、どっかにないのか?
リニアのことだ。戦利品として、まだ隠し持っているはず。
…そんなことを考えていると、既にリニアが突進してきていた!!
「うわぁっ!!」
ゴーレムが揺れ、俺は落っこちそうになる。
リニアの刀が、ゴーレムのみぞおちを貫きやがった。
終わった。
俺の死霊術作戦は、ここで儚く散った…
…んなわけねえだろ!!
このゴーレムは本質的には死体で、操り人形でしかない。心臓を突き刺したとて、倒せるわけではないのだ!!
反撃として、リニアの左頬に右ストレートをぶちかます!!
「ぼごっ…」
リニアの顔が一瞬捻れ、頬が一気に腫れ上がる。
「どうだ参ったか!!」
「…さすがゴーレム、耐久力が凄まじいわね」
…え?
なんだよその言い方。ひょっとして、ゴーレムと戦ったことがあるのか!?
リニアならあり得る。
「じゃあ様子見はこのへんにして、そろそろ本気を出そうかしら」
嘘だろ!?まだ本気じゃなかったのか!?
リニアが、ゴーレムの体に刺さった刀を、ズルリと引き抜く。
斧を取りに行かなければ!!
[客観視点]
リニアに背を向け、ランドールを乗せたまま走り出すゴーレム。
「あっ、こ、こら!尻尾巻いて逃げる気!?」
真正面に回り込み、通せんぼするリニア。
「くそっ…」
歯ぎしりするランドール。万事休すか!?
…ちょうど彼の頭に、名案が浮かんだ。
「…ライトニング・バード」
あろうことか、ゴーレムの肩甲骨に黄金の翼が!!
バサバサと羽ばたいて急上昇。
その高さ、地上からおよそ十メートル!
「嘘…」
さしものリニアも目を丸くする。
自分が羽を生やして飛ぶ魔術師なら五万といるが、ゴーレムに羽を生やした者は初めて見たのだ!というか、そんなことができる魔術師は、ランドール以外にはほとんどいないのである!…伝説の魔術師、ニック・パナソウぐらいなら可能かもしれないが。
「お前さんもジャンプしたってここまではこれないだろう。あばよっ!!」
ランドールは、羽ばたくゴーレムに乗って一時退却した。
同じ頃、リニアの腹心ことルイージ・グリーンは、数人の錬金術師を率いて、金のアックスを調べていた。ローレンスが生前、使っていた武器だ。リニアの愛刀と同じく、選ばれし者しかまともに使いこなせない家宝…早い話、このアックスは本来、ローレンスしか使えない。それをリニアでも使いこなせるよう改良しろと、リニア本人から無茶な命令が下ったのである。
「まったく…」
ルイージはアックスを睨んだ。彼の仕事は内政全般にわたる管理職。武器の改良なんぞに四六時中付き合っているほどの暇はないのだ。
[カラブ視点]
毒を盛られたサソリーナは、まだ目を覚まさない。びっしり汗をかいて眠っている。
治療が早かったから、かろうじて生きてはいるが…。
サソリーナは、俺の皿で間違って食事をし、そのせいで毒を飲んだ。
そのミスは、犯人にとってもさぞかし想定外だったろう。
俺の推理が正しければ、犯人の狙いは、俺を殺すこと。
一体誰がこんなことを。
[ランドール視点]
リニアを上手く撒いたのはいいが、このまま逃走ってわけにもいかねえ。
必ずローレンスの武器を見つけ出し、こんどこそ不意打ちで深手を負わせてやる。
とりあえず一晩は明かせる。食料庫から、一日分の食料をまるごと調達してきたからな。
だがそれはあくまでも、状況が停滞していれば、の話。
可能なら、一刻も早くお目当ての斧を見つけ出さないと。
そのためには…。
思いきって、ほかの人間に化けて潜入するのも手か。
[客観視点]
「食料庫を破壊だと!?あの金髪コウモリめ!!」
部下の知らせを聞いたルイージは、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。
「し、しかし、盗まれた食料はほんの一部で…」
部下が宥めようとするも。
「一部だろうが何だろうがまず盗まれたことが問題だ!!それに壁を破壊した時点で、ただ盗むより被害は大きい!!」
「ですから、破壊されたのもたった一枚の壁で」
「そのたった一枚の修復に、どれだけの時間と費用がかかると思っている!!…大体、お前らがしっかり食料を守っていれば、こんなことにはならなかった!!」
目の前の部下を指差すルイージ。
「そんな…悪いのはランドール・ノートンです!!あなたもおわかりでしょう!?」
部下の顔は真っ青だ。
「ああ、百も承知だ。しかし貴様ら見張り番が間抜けだったのは事実!よってその責任者であるお前を…処刑する!!」
「あなたにそんな権限はないはずよ?」
「り、リニア様!!よかった!」
部下が、思わず目に涙を浮かべる。命拾いしたのだ。
「姫様…こいつは裏切り者に食料をまんまと盗まれた間抜けで」
「いいから落ち着きなさい!!トラブルが起きる度に癇癪を起こすのは、あなたの悪い癖よ!!」
珍しく、リニアが真剣な顔つきでルイージを一喝した。
「チッ…」
ルイージは不満気だ。
「…完璧主義に徹するのはいいとしても、感情的になって部下に当たり散らすのはよくないわ」
「そもそも
「私のやりようにケチをつけるつもり?」
「裏切るよりマシでしょう。なぜあのようなコウモリを雇ったのです?」
「前にも言ったはずよ。私はね、上級者向けの部下を使いこなしたいの。確かにランドールの性格は扱いにくい部分もあるけど、上手く泳がせて結果を引き出すにはうってつけの逸材だわ」
その夜。
夕食のあと、リニアは部下どもに命じ、儀式と称して、ローレンスのアックスを城の外に持ってこさせた。ランドールを誘き出すのに加え、広い場所で戦えるようにするためだ。
ルイージは反対した。敵にわざわざ武器を渡すなど、リスクが高すぎる。しかしリニアは聞く耳を持たず、結局、金のアックスは真っ黒い夜空の下で風を浴びることとなった。
「さあ出てきなさい、ランドール!あなたの探している武器なら、ここにあるわ!」
[ランドール視点]
俺はいま、兵士の一人に成り済まし、この儀式の中に紛れ込んでいる。
様子を窺っているのだ。これが罠である以上、迂闊に飛び出すわけにはいかない。かといって、チャンスを逃すのはご法度。一瞬の隙を突かなければ…。
ちなみに成り済まされたほうの本物の兵士はというと、催眠魔術で眠らせ、縄でぐるぐる巻きにして物置に押し込んである。
「…はあ、どうやら効果はないようですな。コウモリのやつ、とんだ臆病者のようで」
聞き捨てならねえ。ルイージの野郎、俺が聞いていないとでも思ってるのか?
「そうね、作戦変更。お父様の武器は処分してしまいましょう」
ちょ、リニア!?処分ってまさか…。
「リニア様、これは家宝のはずでは?」
ルイージが意見する。ナイスだ。
「家宝であれ何であれ、私が使えないなら持っていても意味はないわ。だったら溶かすか、木っ端微塵にでもしないと」
何…だと?
「まあそうしてしまえば、俺も面倒な仕事が一つ減るので助かりますが」
ルイージてめえ!!靡いてんじゃねえ!!
「決まりね。斧を溶かすための魔法薬を、持ってきてちょうだい」
もはや黙って見てるわけにはいかねえ!!
俺は咄嗟に、斧の前に飛び出した。
「あら、違う人間に化けていたのね、ランドール」
畜生!リニアのやつ、俺を引きずり出すためにわざとカマをかけやがったな!
こうなったら、引き下がるわけにはいかねえ。
「出でよ、ローレンス・モーター!!」
足元の石畳から、ゴーレムを召還!
俺はゴーレムに乗り、斧を掴ませる。お目当ての武器は手に入った!
「この前の決着をつけるわよ!!」
リニアは橙色の瞳をギラギラと光らせながら、腰の鞘から刀を引き抜いた。
[客観視点]
ランドール一人に対し、リニアとルイージ、そして大勢のモーター兵。人数では圧倒的に差がある。
しかし今回、ランドールの手元には協力な操り人形が一体。ローレンス・モーターは生前、一度はリニアを死の淵まで追い詰めた強者である。その猛者がいまこうして、首なしのゴーレムとなってランドールに仕えているのだ!!
先に仕掛けたのはランドールだ。
ゴツゴツした金のアックスを振り回し、まっすぐリニアのところへ向かっていく。
雑兵どもは、この屈強な傀儡を前にして、近づくことすらできずに狼狽える。そのことも、ランドールにとっては計算済み。下っ端どもは怯ませるだけで戦力外にまで成り下がってしまう。つまり事実上、ランドールの相手はリニアとルイージの二人だけ。ゴーレムを一人とカウントすると、二対二の構図になるのだ!
リニアは構えの姿勢をとり、刀の切っ先をゴーレムの、喉よりちょっと下のところに合わせている。
ルイージはソードを腰の鞘から引き抜き、
「サンダー・シース!!」
魔術で、刃に稲妻を纏った。稲妻は、銅の刃と炎色反応に近い化学反応を起こし、炎のときと同じく緑色に輝く。
リニアが、ゴーレムの手元に斬りかかる!!
キィィィン
ゴーレムのアックスと、リニアの刀がぶつかり合い、火花が散る。
続け様にリニアが、何度も刀を振りかざす。
それをゴーレムの斧が、カチャカチャと弾く。
リニアは、この対決に集中していた。
ルイージなら指示を出さなくても、勝手に敵のうしろに回り込んでくれるからだ。
稲妻を纏った剣の切っ先が、ゴーレムの背中めがけて突き出される!!
そのとき。
ランドールはニヤリと笑った。
「…エエアアア!!」
ゴーレムが身を翻しながら、その勢いを利用して斧をグルンと振りかざす。
「チッ…」
ルイージの剣が弾かれ、手から離れる。
カラン、と音を立てて石畳に転がる、ルイージの剣。
だがうしろを向いたせいで、ゴーレムはリニアに背を向けることに。
「隙あり!!」
チャンスとばかりに、相手を斬ろうとするリニアだが。
ゴーレムが振り向くのが、一足早かった。
カァァァン
斧が、刃を弾く音。
リニアもルイージ同様に、アックスに刀をもぎ取られそうになる。
「くっ…」
なんとか左手を刀の柄から放さずにいたリニアだが、そのせいでバランスを崩して体が右に傾いてしまう。
「とどめだ!!」
ランドールは勝ちを確信。
ゴーレムは、リニアの左肩めがけて斧を振り下ろした。
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