第十七話 傀儡

[客観視点]

暗闇の中でチリチリと燃えている、ローレンス・モーターの首なし死体。

首だけは、リニアが袋に包んで部下に預けたのだ。

「…アクア・メイキング」

ランドールは右掌から水を軽く放出し、死体にその水をかけ、火を消した。あまり死体が真っ黒焦げになると、死霊術に使えなくなるかもしれないからだ。

ちなみにこのアクア・メイキングという技、威力不足ゆえに戦闘向きではないのだが、何かと使えて便利なうえ、他の水の魔術を使ううえでは欠かせない基本技となっている。水の魔術は他のそれに比べて、上級者向けなのだ。

「何をしてるの?首ならもう回収したわよ」

リニアが尋ねた。

「この遺体をここに埋めようかと」


「うーん…それはちょっとまずいんじゃないかしら?」


「へ?」

ランドールにとって、リニアの反応は意外なものに感じられた。

「なぜです?敵対したとはいえ、あなたのお父様のご遺体。であれば、この本領土の地に埋めて差し上げるのが、よろしいのでは?」

「ふっふふ、あなたにしては義理堅いことも言うのね。でも、ここに埋めておくのは良くないと思うわ」

「何でまた?」

「私の目の届かない場所に埋めたりしたら、誰が見つけて利用するかわからない。それこそ、死霊術を使って首から下だけ復活させる者もいるかも」

ランドールは、後頭部にノイズのようなものが走るのを感じた。自分の計画が図星だからだ。

「で、でも、この本領土はもはやあなた様のもので、他の者が入ってくる可能性は」

「残念だけど、この土地そのものは、まだ私のものとはいえないわ」

「え?…なぜです?」

「説明してなかったけど、父が失脚あるいは死亡した場合、その地位は四兄弟の上から順番に受け継がれるの。だからこの土地は、一番上の兄のものになる」

「そんな…じゃあ俺たちはなんのために」

「ただ、落ち込むことはないわよ。一番上の兄は気が弱いから、私の言うことならなんでも聞いてくれる。だから実質、本領土は私の支配下になったようなものよ。魔法薬にしろ武器にしろ、ほかの物資もすぐに手に入るわ」

「はあ…」

「兄の名義で支配しておけば、私の身も比較的安全。ただそうなると…兄の治める“第一領土”が…まあいいわ。あとのことは会議室で話してあげる」

「はい…」

「話がそれちゃったわね。とにかく、この死体を埋葬するのは却下。わかったわね」

またしてもランドールの計画にヒビが入る。

「し、しかし、じゃあこの死体はどうします?」

「そうね、放置しておくのもまずいから…第三領土に持って帰りましょ」

「ええっ!?」

ランドールの顔が真っ青に。

「何を慌てているの?」

「いえ、その…」

自分の裏切り計画がおじゃんになりそうで焦っています、などとは言えるわけがない。ランドールは、必死に言い訳を絞り出した。


「…カラブ・ドーエンが」

「カラブ?」

「あの男が、国内に忍び込んで死体を盗むかもしれないじゃありませんか!」

「あっはは、あの男がそんなことを?」

リニアのその言葉に、ランドールは不思議そうな顔を示した。

「だ、だってそうじゃないですか。あいつは我々とジャズマイスター卿を焚き付けて」

「あー…そういえばそうだったわね」

リニアは、右手で頭の後ろをポリポリと掻いた。

「確かに、カラブは私たちと敵対しているから、油断できないといえばそうね。それに、カラブ以外にも侵入したがる敵はたくさんいるし。ということは…




父の死体は、粉微塵にするか溶かすのが良さそうね」




それは、ランドールにとって二つの意味で恐ろしい言葉であった。


一つは、リニアの身内に対する情のなさ。


もう一つは、自分の裏切り計画の、根本的な瓦解。


「隠滅する…ってことですか?」

ランドールの声が震える。


「ええ。そうすれば安心よ、勝手に利用されないからね」



[ランドール視点]

何てこった…。

俺の死霊術計画が、出だしからぶっ壊れてしまった。

あてにしていたローレンス・モーターの死体は、もう回収できないだろう。

となれば、ローレンスの部下であった雑兵どもを、代わりに利用するしかない。

だが、そんなのでリニアに勝てるのだろうか?


現在、リニア自らローレンスの屍の両足を縄でくくり、馬車のうしろに繋いでいる。


引きずっていくつもりだ。


「あの…もう少し丁寧に運んだほうが…」

「そう?どうせ処分してしまうのだから、どう運んでもかまわないと思うけど」

「しかし、それならいまここで処分しても変わらないんじゃ?…あっ」

しまった!!墓穴を掘った!!

思わず両手で自分の口を塞ぐ。だがもう遅い。


「それもそうね!ここで片付けるっていうのは名案だわ!」

両手をポンッと叩き、嬉々として答えるリニア。


「あ、あー…でも、その方法はどうするんです?道具はありませんぜ」


「そんなの、この本領土に残っている物資を使えばいいじゃない。ここには魔法薬も火薬もあるわ」


くそおおおおおおおお!!!!!


折角、本を読み込んで勉強した、死霊術が…。


やはりローレンスの死体は諦めるしかないのか?

だが、やつほどの殺傷能力を持つ肉体は、そう簡単には手に入らない。


…仕方ねえ。


「リニア様!!その…たったいま思いついたんですが」


背に腹は変えられねえ。


「我々自ら、死霊術を使って、操り人形を作ってみては!?」


直接、リニアに頼む。

怪しまれても仕方ない。断られる可能性は極めて高い。

これで駄目ならもう、ローレンスの屍を回収して、とっとと逃げるまでだ。


さて、どうなる…。




「…そうか、それなら確かに、ほかの国の連中に奪われるリスクはないわね」




イエッス!!!




「じゃあ思いきってそうしてみましょ!」




っしゃあああ!!

かかったなリニア!!これはお前に対する罠だ!!

お前の指示通り、俺はこれから死霊術を使ってローレンス・モーターを傀儡にする。

しかぁし!それはリニア、お前のためではない!

操り人形を完成させたその瞬間、俺はリニアを裏切って、謀反を起こしてやるのだ!!



[客観視点]

スコーピオンズ・キングダムの仲間のもとへ帰ってきたカラブ。

「お帰りなさいませ。モーター王国との取り引きはどうなりましたか?」

執事のドクバールが問う。

ほかの連中は、カラブとドクバールから少し離れたところにいて、複数の焚き火の明かりを頼りに夕食の支度をしているか、あるいはテントの中で眠っている。土地を持たずに旅をする国家であるから、身を守るには睡眠時間をずらして交代で見張りをやる必要があるのだ。

「そうだな。話し合いは失敗。一番の目標は達成ならず」

「そうですか…」

「だがヒントは貰った。リニアにしろランドールにしろ、喋っているうちに色々とボロを出してくれたからな」

「とおっしゃいますと?」

「まず、二人は全てを知っているわけではない。特にランドールは、リニアにすら上手く騙されている傾向があるようだ。そしてそのリニアも、本物のサラ・リーマンを殺したつもりでいる。替え玉のことは知らないらしい」

「つまり、ランドールはリニアに利用され、リニアもほかの誰かに利用されていると?」

「それが全てというわけではないがな。決めつけはよくないが…俺が思い当たる黒幕は一人だけ」

「ジャズマイスター卿ですか?」

「おそらくな。あいつにはそれができるし、やりがちだ。だがそのジャズマイスター卿も、そろそろ安全ではいられないだろう。




実は、リニアはジャズマイスター卿を潰すつもりでいるらしい。その際は我々とも手を組みたいと、本人が言っていた」




「…信用できますか?」

「できないな。リニアは俺を、というより我々を利用する気でいるだろう。だがあいつのほうから話を持ちかけてきたという事実は、お前にだけは話しておこうと思ってな」

「…今後の作戦に必ず役立てます」

「頼んだぞ」


会話を終えると、カラブはテントの、ドクバールは料理の見回りに行った。


カラブ専用の皿は、白地に黄金の縁取りがされている。

そこに肉のスープを盛り付け、灰色の粉を流し込むサソリーナ。

普段ならターコイズ色であるはずの彼女の瞳は、いまだけは黄緑色に怪しく発光していた。



[ランドール視点]

とりあえず、リニアや兵士たちとともに第三領土に帰ってきた俺。猛烈に腹が減っている。戦いの前に軽食として、パンと干し肉を少し食っただけだからだ。

自分の部屋に戻ると、既に夕食の乗った台車と、それを運んできたのであろうメイドが待機していた。いつも食事を運んでくるメイドと同じだ。俺の専属なのだろうか?

「お待ちしておりましたわ、ランドール様。戦いでお疲れでしょう。ごゆっくりどうぞ」

そう言うと、メイドは部屋を出てそっとドアを閉め、去っていった。


ありがたく夕食をいただいていて、ふと思ったこと。


このプルプルした肉は、一体何の肉なんだ?


そりゃあ味も食感もよく、決してグロテスクではないので食える。だが、気になるっちゃあ気になる。


リニアのことだ。変なもの使ってないだろうな?


こんど、ルイージにでも聞いてみるか。



[カラブ視点]

いつも通り、焚き火を取り囲んでの、仲間たちとの夕食。

今回はリニアに助太刀をしてきたせいで、少しばかり遅くなってしまったが…。


国全体で旅をしているから、様々な食料が手に入る。村を守ったことでお礼に受け取った野菜や果物、市場でまとめ買いしたパンや穀物。そして、我々と同じく土地を持たない遊牧民から購入した燻製肉と家畜。食肉としてだけでなく乳製品も作れるから、家畜というのは非常に役に立つ。


食事中、立って走り回る子どもがいて、よくサソリーナやハサミンデリに叱られているのを目にする。俺としては、元気なのはいいことだが、暗闇の中で走るのは、途中でいなくなるリスクがあるからやめてほしい。現に俺がまだ小さかった頃、同い年の活発な少女が一人、行方不明になった。彼女は生きているだろうか。生きてるとしたら、いまどこにいるだろうか…。


そんなことを考えながら、肉の入ったスープに手を伸ばすと。


「これは…俺の皿じゃないぞ?」


右隣を見ると、サソリーナが金縁の皿でスープを飲んでいる。

「サソリーナ、それ…」

「へ?…も、申し訳ありません!!」

サソリーナの顔が真っ青になる。どうやら隣にいたせいで間違えてしまったらしい。

俺は思わず、プッと笑いをこぼしてしまったが。

「何やってんだ馬鹿!!」

ハサミンデリが怒鳴り声を上げる。

「さすがに失礼極まるぞ!」

ドクバールがサソリーナを叱責。

お前ら、そんなに怒ってやるな。たかが皿を間違えた程度のミスで…。




「うっ…」




サソリーナが、両手を喉で押さえ、ドサッと横向きに倒れた。

白目を向き、口から真っ白い泡を吹いている。


…毒でも盛られたのか!?


それまで和気藹々としていたほかの連中が、パニックを起こす。悲鳴を上げる者も。

「静かに!!みんな落ち着け!!」

俺の一言で、なんとか静まった。


何てこった。早く治療しないと。



[ランドール視点]

翌朝。

朝食を終えた俺は、さっそく謀反を計画することにした。

ベッドに仰向けになり、足を組んで考える。


さてと…情報を整理しよう。

作戦内容は至ってシンプルだ。死霊術で生き返らせたローレンスを、リニアにぶつけるだけ。

問題は、搦め手を使えないこと。

リニアの監視下である以上、奇襲作戦は立てられない。具体的には、建物の裏側からいきなり攻めるとか、相手に気づかれる前に一撃食らわせる、とか、そういう頭脳戦が通用しないって理屈。

つまり俺は、リニアを相手に正々堂々の一騎討ちを挑むことになる。ローレンスを武器にできるとはいえ、それだけでは無謀だ。死霊術以外にも、何か使えるものは…。

そうだ、こんなときこそ、ほかの二冊の本に頼るべし!

まず魔法薬学は絶対に使える。前にチラッと読んだ感じだと、この本には生成から活用まで、記されているしな。例えば俺が無限に自己再生でもしようもんなら、リニアとて勝ち目はあるまい。

そして見聞録。一見役に立たなさそうだが、網羅性を考えると、思わぬヒントが隠れていそうだ。

死霊術作戦の前に、この二冊を読み込んでおくとしようか…。


「ランドール!」


ガチャン、というドアの開く音とともに、よりによってリニアが入ってきやがった。

危うく俺は、手に取った見聞録を落としそうになる。

「うぇっ!?リニア様、何の用です!?」




「死霊術、始めるわよ」




…え?

「も、もう始めるんですか!?」

とんでもねえ、そんなに早く始まったら、本二冊読んでる暇もねえじゃねえか!!




…で、結局。


俺はいま、死霊術の本を見ながら、ドラム缶ぐらいの大きさの鍋に魔法薬や材料をいろいろぶちこんで、木製の杓子でかき混ぜている。

まったく…目の前の工程が複雑で、作戦考えてる余裕がねえ。

もちろん、リニアも横から作業を覗きこんでいる。

「混ぜるの、代わってあげるわよ?」

余計な気遣いだ、クソッタレ。

「いえ、結構です。ここは一つ、俺に任せていただければ」

「遠慮しないの!」

力ずくで杓子を取り上げられ、作業を交代させられた。

こいつ、あくまでも現場を支配するのな。


死霊術のベースとなる液体ができあがる。

あとは、ここにローレンスの死体を入れるだけ。

リニアと二人で首なしの焼死体を担ぎ、その死体を液の中に、足のほうから入れていく。


ローレンスが首の断面まで液に浸かってから数分後。


「ネクロマンス・マリオネット!!いでよ、ローレンス・モーター!!」

俺の叫びに応えるが如く、液体の表面が光る。


死体は、紫色のドロドロしたゴーレムに変化。


「よくやったわランドール!!私の新しい戦力の誕生よ!!」


「…はあ?何言ってるんです?」


「ランドール?」




「この傀儡は俺の言うことしか聞かねえように作った!!つまり俺がこいつのご主人様ってわけだ。そしてこいつを差し向ける相手は、リニア・モーター!!お前だ!!」

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