第十六話 骨肉

[客観視点]

背中に深い傷を負わされ、その傷口から体内に宝石を埋め込まれ、全身を火だるまにされ、挙げ句両目を潰されたローレンス・モーター。

しかし彼はいま、たった一人の敵を殺すために、己を奮い立たせている!!

地面に落ちた金のアックスを手探りで探し当て、拾い上げたローレンス。

ランドールはすぐさま、走って距離をとった。一本の木のうしろに隠れる。

「わかる…わかるぞぉ…見えなくても、お前の位置が、儂にはわかる…」

ローレンスはとろとろとランドールの近くまで来ると、

「そこだ!!」

勢いよく斧を振りかざした。


ペキッ


軽い音がして、


グググ…


木の半分から上が、斜めに傾く。


「うぇっ!?」

間一髪、倒れてきた木を躱すランドール。そのまま走って、再びローレンスから距離をとり、別の木に隠れる。


だが…。

「無駄だ。…さっきの足音。そしてお前がいままさに発している、呼吸の音。全て聞こえているぞ…」

ローレンスの声が、そして彼の燃える体から飛び散る火の粉のパチパチという音が、だんだんと近づいてくる。

「この体にも段々と慣れてきたわい。歩きやすくなってきた…」

事実、ローレンスの歩くスピードは先ほどよりも心なしか速くなっているようだ。

ランドールは鼻と口を両手で押さえ、息をとめた。

「ほう?呼吸の音を聞かすまいとしておるな。だが…心臓の音までは誤魔化せんだろう。かくれんぼを終わりにしてやる…そこだ!!」

再び、ランドールの隠れている木を斧でぶった切るローレンス。

「うわぁっ!?」

ランドールは倒れてきた木を避けはしたが、逃げようとして足元の木の根に蹴躓き、バランスを崩して倒れた。

「とどめだ!!」

ランドールに向けて、斧をダイレクトに振り下ろすローレンス。


「グレイテスト・シールド!!」

ランドールは咄嗟に、正三角形の紅の盾を出現させた。厚さは五センチ、正面から見た大きさは一辺が五十センチだ。

その紅の盾に、斧の刃がぶつかり、火花を飛び散らせる。

「小癪な…」

再び斧を振りかぶり、今度は真横からスイングするローレンス。

だが、これも盾でなんとか防ぐランドール。

「ええい、守ってばかりか小僧!!それなら力で押しきってくれるわ!!」

対リニア戦のときと同じく、斧の柄を右手で持ったままの状態で、峰を左手で掴んで押しつけてくる火だるま男。

腕力では勝ち目のないランドール。盾越しとはいえ、押し潰されるのは時間の問題だ。もちろん盾を両手で支えているから、攻撃に転ずることもできない。


ここまで自分の身が危なくなって、ランドールの脳裏にある疑念が浮上してきた。


「まさか…」

ランドールがそう口にした、そのとき。




「何奴!?」

ローレンスが、背後からの奇襲に気づき振り向いた。




「ぐおおっ!!?」

刀の切っ先が、火だるま男の右腕を貫く。その刺し傷から飛び出した血が、燃える腕の表面で肉汁となって、ジューシーに泡立つ。




「…やっぱり簡単には、心臓、狙わせてくれないのね」




「リニア…どこまでも儂の邪魔をしおってが!!」


なんと、ランドールが使った魔法薬のおかげで、リニアの傷が回復したのだ!!そして意識を取り戻し、再び実の父親に命を懸けた決闘を挑もうとしている。…なんというタフネス!!

刀を相手の腕から引き抜き、構え直すリニア。不適な笑みを浮かべる。

「今度こそ息の根とめてあげるわ。お父様」


「ええい、そっちこそ!!懲りないやつめ、もう一度お前に致命傷を負わせてやる!!」


先手を打って動き出したのはローレンス。斧を上下左右に振り回しながら、リニアに迫ってくる。

その一つ一つの攻撃を、刀で打ち返すリニア。傷は塞がったものの体力が減っているせいか、いつもより若干動きが鈍い。

斧と刀のぶつかり合うカチャカチャという音が、両者の間で何度も発生する。

「ジョウ・スターリン!!…あっ」

右掌を突き出し、宝石の群れで加勢しようとするランドール。

だが魔術が出ない。

さっきの盾を出現させた時点で、魔力を使いきったのだ。回復するまで待っている暇はない。すぐにでも魔力を補充しなければ!!


燃える城を、視界に捉える。


「…マイナスディメンショナル・フレイム!!」


城を包んでいた炎が光の束となって、ランドールの掌に吸い込まれる。


「お前もあの魔術師と同じで、守りに徹する気か!!くだらん!!」

父と娘の攻防は、途切れることなく続いている。

実はリニアが攻撃に転じられないのには理由があった。

ローレンスの体が炎を纏っているせいで、火の粉と熱に邪魔され、上手く狙いを定められないのだ。


魔力を補充しきったランドール。

「ジョウ・スターリン!!」

今度は本当に、掌から宝石の群れを放つ。

しかし、

「二度も同じ手は食わん!!」

屈んで宝石の群れを躱すローレンス。

その隙を突こうと、斬りかかるリニア。

だが、ローレンスは背中を丸めたまま斧を水平に振りかざしてくる。

リニアは、迂闊に近づけない。


「火傷には、もうとっくに慣れた!見えなくても、貴様らの鼓動がわかる!フハハハハ!!どうやら傷も、炎も、全て儂の味方をしておるようだな!!」


ローレンスが勝ちを確信した、次の瞬間。




「スコーピオンズ・クロウ!!」

二本一組の青い光の矢が、ローレンスの膝裏に深々と突き刺さる。

放ったのはランドールではない。


こんな精度でこの技を使えるのは…




ローレンスから五メートル離れた木の上に立っている、一人の男。群青色のゆったりとした服が、風にたなびいている。




「その声はカラブ・ドーエンか!?貴様がなぜここに!!」

声だけで乱入者の正体を見破る、というより聞き破るローレンス。もはや地獄耳の域だ。

その隙に、

「コールド・スネーク!!」

ランドールが、地面に氷を這わせ、ローレンスの足元まで伝わせる。

その凍った地面と、ローレンスを包んでいる炎とが、急激な温度差を生じ…


「ぬおおおおっ!!?」

温度差による爆風が、ローレンスを転倒させる!

チャンスとばかりに接近するリニア。いまなら、確実に獲物を仕留められる。


リニアが、ローレンスの胸の真ん中を、真正面から刀で串刺しに。


「オオオオオウ…」


たった一晩で傷だらけにされ、火だるまになり、目潰しまで食らいながら、それらの深手を新たな力に変えて、猛者で居続けたローレンス・モーター。


彼の最後の声にしては、あまりにも情けなく聞こえる。


リニアは、ローレンスの体から刀を引き抜くと、彼の首をバサリと切り落とした。



[ランドール視点]

一仕事終えたあとのリニアの顔は、すっきりとしていていつもより嬉しそうだ。涙ひとつ見せず、それどころか憂いや葛藤の一欠片もない。


…怖えよ。


なんで実の父親を殺しといて、そんな清々しい気分になれるんだよ。サイコパスか?

やっぱりこんな危険人物にいつまでもついていくのは危険すぎる。


ということは、俺がやるべきことはただ一つ。




この危険人物を闇に葬って、俺様がモーター王国を支配するのだ!!

そうすれば、少なくとも俺の身の安全だけは確保できる。




俺はずっと、この世界は単なる明晰夢だと思っていた。ある程度は自分の意思で動けるからな。

だがそれにしちゃあ様子が変だ。感覚は生々しいし、起きてることも繋がってる。第一、明晰夢なら何でも俺の思い通りになるはずだ。


早い話が、マジの転生の可能性がある。


だとしたらマズい。


だから次に起こす謀反は、この世界に対する実験でもある。

もし次の計画も上手くいかなかったら、俺はこの世界がマジの異世界であることを認めなければならない。


だがおとなしく収まる気は微塵もねえ。


ここが本当に異世界なら、自力でもとの世界に戻ってやる。


…まあそれは、次の謀反に失敗したら、の話だが。



[客観視点]

木の上からジャンプして、リニアの目の前に着地したカラブ。その凛々しい顔立ちは、相変わらず表情に乏しい。

「さてと…助太刀してやったんだ。話ぐらいは聞いてもらおう」

ただで加勢したわけではないのだ。

「話って?」

「俺の…というより、我がスコーピオンズ・キングダムの政策に、協力してもらいたい」

「軍事力を貸せって言うなら、まず戦う相手を教えてちょうだい。それに、動機も」

「そうではない。寧ろ…




今後はこのような軍事政策を、控えてはもらえないだろうか?」




カラブのその一言を聞いて、さっきまで清々しく見えていたリニアの顔が曇った。

「もう十分、控えているつもりだけど」


「お前が武力にものを言わせる限り、国と国との間で戦争が収まらんだろう。だから、まずお前が戦いをやめることが、平和への第一歩なのだ」




「それはできない相談ね」

リニアは目を閉じ、落ち着き払って答えた。

「助けてやった甲斐のないやつだ」

カラブの濃い眉と眉の間に、皺が寄る。

「勝手に助けに来たのは、そっちでしょ?」

「だったらせめて、お前たちが軍を動かすとき、次からはの国を攻めるのか、逐一情報を開示してもらいたい」

「そんなことしたら、フフッ、敵にバレて勝てなくなっちゃうわ。お断りよ」

今度は笑いながら返答するリニア。

「無駄な戦いを避けるために」

「戦いに無駄なんて一つもないわ。少なくとも、我々にとってはね」

「…ジャズマイスター卿と衝突したそうだな」

「えっ?」

二人の会話を黙って聞いていたランドールが、思わず目を見開く。

「どうかしたか?」

「だって、姫様がジャズマイスター卿を狙ったのは、お前の仕業だって」

「何の話だ?」

「あーああ、何でもないのよ。こっちの話だから」

両手をパーにして振りかざし、都合の悪い何かをはぐらかすリニア。

「…俺のせいにしたのか?」

「うーんと、まあ色々あるのよ。借りを返す方法なら考えておくわ」

「言っておくが、武力を借りる気はないぞ」

「そう?…軍事力が嫌なら、貿易とかどうかしら。たったいま新しい領土を手に入れたばかりだし、そうでなくても塩田もあるから」

「サラ・リーマンから取り上げた塩田か?」

「そう…だけど?」

今度はリニアが、カラブの発言に疑念を抱く。

カラブは、はぁ、とため息をついた。

「とにかく、俺の一番の要求は、モーター王国にもっとおとなしくしてもらうことだ。特にお前にはな」

「本当に、私たちの軍事力が要らないの?




…あなたの嫌いなジャズマイスター卿も、消せるかもしれないのに」




背を向けてその場を去ろうとしたカラブが、思わず足をとめる。

「あいつか…」

「最も、我がモーター王国では難しいけど」

「やつは猛者だからな…」

それだけ言うと、カラブは忍者のように素早く立ち去った。



[ランドール視点]

さてと、ローレンスは始末したことだし、俺は俺のやるべきことを考えないとな。


リニア・モーターに、どうやって反旗を翻すか。


大まかな策は既に考えてある。

死霊術を利用して、死体を操り人形にするのだ。

そしてその死体も、適任を見つけてある。


ローレンス・モーター。


こいつを肉体だけ復活させ、実の娘にぶつけてやるのだ!!

生前、一度はリニアを瀕死に追いやった男だしな。俺とこいつで二対一の構図に持ち込めば、確実にリニアを殺せるだろう。

問題は、死体をどうやって回収するか。

リニアは馬鹿じゃない。俺が直接“あなたのお父様の首から下を預からせてください”などと頼んだりしようもんなら、確実に怪しまれる。リニアが承諾しても、その部下のルイージが許さんだろう。かといって、死体をそのまま放置なんかしていたら、風化したり野生の生き物に食われかねない。

どうする…。


そうだ、ここに埋めておこう。

埋めるだけなら、俺個人のためってことにはならないし、印をつけておけばあとで回収できる。



[サラ視点]

あしたたずねようかとおもったことだが、どうしてもきょうのうちにきいておかないといけないことがある。ジャズマイスターきょうがでかけてしまうかもしれないし、いっこくをあらそうからだ。このことについてしつもんしておかないと、ねむれない。

ジャズマイスターきょうのへやのドアを、さんかいノックする。


ドアがあき、ジャズマイスターきょうがすきまからかおをのぞかせる。いつもとおなじ、くろいレンズのめがね。よっぽどすがおをみせたくないのか…。

「女王陛下。一体、どのようなご要件で?」


「どうやったらまじゅつでひとをころせるか、おしえてほしい」


「魔術で人を殺す方法、ですか?」

「ほうほうというより、コツがつかみたい。どうもわたしは、あいてをころそうとすると、ねらいそこなうという、わるいくせがある」


「…なーんだ!そんなことですか!ハハッ、魔術を使い始めたときは、よくあることです。現に私も若い頃、それこそいまのあなたと同い年ぐらいのとき、何度撃ち損ねたことか!…そういえば、私の娘も同じことで悩んでいたような…」

「むすめ…?」




「ええ、ただしその可愛い我が子は、カラブ・ドーエンに誘拐されましたがね」

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