第十五話 死闘

[客観視点]

ついに始まった、モーター親子間の直接対決!!

刀の切っ先をローレンスの顔に向け、剣道そっくりな構えの姿勢をとるリニア(この異世界には剣道なるものは存在しないのだが、それゆえにリニア独自の戦法としてよく似た戦いかたが存在している、という理屈である)。

対するローレンスは、アックスの柄を右手でぎゅっと握りしめ、じっと相手の様子を窺う。


どちらが先に仕掛けるか。




リニアが跳躍し、父親めがけて斬りかかる!!


コンッ


重い金属音が響く。


ローレンスが、リニアの振り下ろした刃を斧で受けとめたのだ。


リニアは、続けて斜め上左右から交互に五、六発ずつ斬りかかった。剣道の切り返しに似ている、とランドールは思った(ランドールには転生前の記憶があるので、剣道についても多少の知識はあるのだ)。だが、その連続攻撃を全て、器用に斧で防御するローレンス。

「実の娘が相手だからって、守りに徹するの?お父様」

リニアが挑発する。

しかしローレンスは攻めに移らず、二つの両目だけでじっと娘の出かたを観察している。できるだけ相手に行動させ、一瞬の隙を突く。それが、ローレンス・モーターの基本的戦術なのだ。



[ランドール視点]

さて、俺はどうすべきか…。


俺がおとなしくリニアに協力しているのは、あくまでもローレンス・モーターを消すため。どうせ謀反を起こして乗っ取るなら、第三領土だけじゃなく、本領土が手に入ってからのほうがいい。それに、ローレンスを生かしておくと、俺にとってリニア以上の脅威になるしな。リニアを蹴落とすのは、ローレンスがむくろになってからでも構わんだろう。


とにかくいまは、リニア側に加勢しておくのが無難だ。


ローレンス配下の雑兵どもは、リニアの部下たちがなんとかしてくれる。だから俺は、遠距離射程からローレンスを攻撃するのが今回の役目ってもんだろう。同時に、リニアが雑兵から不意打ちを食らわないよう見張り、怪しいやつを見つけ次第始末。以上が、今日のノルマだ。

問題は、どの魔術ならローレンスに通用するのか。

リニアの肉親であるからには、並みの魔術では通用しない可能性がある。だから、技選びは慎重に行わなければならない。とはいえ、まずは相手の傾向を探らないとな。それには、試しに初歩的な技を二、三発お見舞いして観察するのがいい。


ローレンスの背後に回り込み、火球を数発だけぶつけてみる。火球は、相手の着ている鎧にぶち当たってボスボスと軽く爆発。が、相手はびくともしない。

続けて稲妻を放ってはみたが、やはり効いていないようだ。

ったく、金属製の鎧なのに熱も電気も通らねえってどういうことだ?熱伝導性に真っ向から背きやがって。チート素材かよ。


「甘いな小僧。儂の体に魔術は通用せんわい」


こっちを見もせずにほざきやがって、くそう…。だがまあ、リニアと鍔迫り合いになっているのだから無理はない。最も、鍔があるのはリニアのほうだけで、親父の持ってるのは斧だから、実際には単に互いの武器どうしをクロスさせて競り合ってるだけ、というのが相応しい表現かもしれんが。


魔術そのものが通用しないなら、魔術を科学的に利用してやるまでだ。


「ミリタリー・プラント!!」


ローレンスの足元に木の根を出現させる。足を絡めとる作戦。

が、ローレンスの野郎は案外身軽なようで、ひょいと真横に避けやがった。寧ろ足を引っかけて転びそうになったのはリニアだ。



[客観視点]

一瞬、バランスを崩しかけたリニア。片膝をついている。

その隙を突いて、ローレンスが斧を力一杯振り下ろす!!


カアァァンッ


金属音が響く。

リニアが、刀で斧を受けとめたのだ。


「さすがは我が娘。武術をわきまえておるようだな。だが…」


あろうことか、ローレンスは斧の峰を左手で押さえつけ、相手をパワーで押し潰そうとしている。

ゴリゴリと金属どうしの擦れあう音。

押し返そうとするリニア。だが、次第に押し負けつつあり…。




「スコーピオンズ・クロウ!!」

ランドールが、チョキにした右手の指先から放った二本の光。

その赤い光の矢は二つ一組となって、まっすぐローレンスの目元へ。

「何っ!?」

首を右に傾け、間一髪光の矢を躱すローレンス。さしものモーター王家とはいえ、魔術が目に入るのは危険極まりないようだ。


だがその隙を、リニアは見逃さなかった。


「甘いわよ、お父様!!」

リニアは瞬時に立ち上がって構え直すと、跳躍力だけで数メートル上に飛び上がり、真上から父親に斬りかかった!!


「お前こそ!!」

振り下ろされた刀の刃を、斧で打ち返すローレンス。二つの武器の刃がぶつかり、青い火花が飛び散る。

そのまま鍔迫り合いに。一見、互角に見えるが、ジリジリとローレンスが押している。




リニアが急にゾッとするような笑みを浮かべたのを、ローレンスははっきりと見た。




相手を押し返す力をわざと弱めたリニア。ローレンスの押す力を利用してうしろに下がりながら、ローレンスの頭に刀を振り下ろす!!


「ぐうううっ!!?」

頭部全体に、真上からの強い衝撃を食らうローレンス。視界が上下にずれる。

その隙に、ランドールが接近し、ローレンスの鎧の背中に手を当てた。


「カンヴェニエン・ディストラクション!!」


ローレンスの胴体を覆っていた鎧が、崩れてポロポロと崩れ落ちる。上半身は鎧の他に何も身につけていないらしく、逞しい体が露になった。


「馬鹿な!このような魔術は…」

「これでお前さんの耐久力もオシャカだな、オッサン!!」

続けてランドールは、火球を数発、ローレンスの背中にお見舞い。


火球は、獲物の背中に直撃したのだが。


「な、なんで立っていられる…」

ローレンスは、背中に大火傷を負いながらも、仁王立ちしていた。

「お前…儂の力が、鎧ありきだと思っていたのか!たわけ!!」

斧を振り上げ、ランドールに向かってくる。

うしろからリニアが突進し、ローレンスの背中を斜めに斬る。

「リニア…卑怯な手を使いおってが!!」

ローレンスは振り向くと同時に、その遠心力に任せて斧を真横に降った。


金色の斧の刃が、リニアの脇腹に直撃。

桃色のドレスが裂け、鮮血が飛び散る。


「ガハッ…」

目を見開き、口から血を吐き出すリニア。肺を大きく負傷したようだ。ドサッと床に倒れ、うずくまってプルプルと震える。


「身の程知らずが…誕生日を命日にしてやる!!」

とどめを刺そうと、ローレンスが斧を振り上げたとき。


「ジョウ・スターリン!!」

ランドールが、ローレンスの背中に宝石の群れを放つ。


「オアアアアア!!!アアアア!!!」

悶絶し、斧を落として、両手で背中をかきむしるローレンス。無理もない。宝石の群れが火傷を負った背中に直撃し、そのいくつかは、リニアによって刻まれた切り傷に、深々と刺さり、体内に入り込んでしまっているのだ!!


「…よくやったわランドール。この城に火をつけて、私たちは撤退するわよ」

自力で立ち上がったリニア。かなりの深手を負っているのに、恐るべきタフネスである。



[ランドール視点]

リニアたちとともに城から脱出し、俺は城の中に炎の束を撒き散らした。外は既に日が沈んで真っ暗になっている。改めて城を見ると、暗闇を背にメラメラと橙色に染まっていっている。

これでもう、ローレンス・モーターといえども、生きてはいられないだろう。とはいえ、こっちも支払った代償は大きい。城から出てきた時点で、リニアは意識を失ったのだ。

「リニア様!!ご無事ですか!?…な、なんてことだ」

「すごい傷だ…手当てをしないと!!」

モーター軍の兵士たちは、リニアを取り囲んで慌てている。

「魔法薬を持ってこい!!早く!!あれを使えば、まだ間に合う!」

マジかよ、魔法薬万能すぎだろ…。

とりあえずリニアの治療は部下どもに任せっきりにして、俺は…




…待てよ?




こりゃいいぜ。




裏切りのチャンスじゃねえか!!




「待て!!そいつを治療するんじゃない!!」

「ランドール様!?」

「いいか!リニアの時代は終わったんだ。たったいまから、このランドール・ノートン様が、新しい国王だ!!」

「あなたに一体なんの権限が」

「少なくともお前らよりは格上だぞ、俺は!」

「し、しかし、治療すれば間に合うのに、リニア様を見捨てろと言われましても」

「俺の言うことが聞けないのか!?貴様らぁぁっ!!」

さすがにカチンと来たので、足元に火球を放ってやる。兵士どもは怯えてやがる、ざまあ見ろ。

「いいか…この本領土も、第三領土も、他の国だって、全部俺様のものなんだよ!!」

「は、はい、ランドール様…それはそうとして」

「なんだ?」

「うしろ!!」




振り向いた俺が、目にしたのは。




火だるまになった一人の男が、燃える城を背にして、二本の足でしっかり立っている。よく見ると、右手に持っているのは、見覚えのある金のアックス。




ローレンス・モーター。

全身を炎に包まれ、目鼻の位置もわからない姿になっていながら、それでも生きてこっちへ歩いてくる!!




「ランドールといったな。貴様…殺してやる!!ウオオオオオオオオオ!!!!!」




早くリニアを蘇生しないと、俺の身が危ない!!

「お、お前たち!!リニア様を治療しろ!!」

火だるまから逃げながら、俺は命令した。

「し、しかしさっきは治療するなと、あなたご自身が」

「馬鹿野郎、事情が変わったんだ!!さっさと魔法薬を」

しかし俺の言うことも聞かず、部下どもは蜘蛛の子を散らしたように逃げやがった。

…なんだよ、リニアの忠臣みてえなふりしといて。結局はどいつもこいつも、俺と五十歩百歩じゃねえか。

幸い、あいつらは治療用の魔法薬を放り出していったようで、瓶が数本、転がっている。

俺は瓶を三本だけ拾い集め、燃える城を明かりにしてラベルの文字を確認した。どれも切り傷用だ。

「ウオオオオオオオオオ!!!!!オオオオオオオ!!!!!」

火だるまが斧を振り回して向かってくる。恐ろしいが、ぶっちゃけ動きはトロい。火傷のせいで動きが鈍っているのだろう。

俺は急いでリニアの傍に駆け寄ると、魔法薬の瓶の蓋を開け、リニアの脇腹にぶちまけた。深い深い切り傷から、蒸気が立つ。

二本目の瓶の蓋を開けようとしたそのとき。

「オオオオオオオ!!!!!」

背後で、ローレンスの声が聞こえた。距離が近い!!

振り向くと、わずか二メートルというところまで奴が接近している。斧が空気を切り裂くヒュンッヒュンッという音と同時に、ローレンスの燃える体から火の粉が飛び散る。やっぱり危ねえなこいつ!

俺は左に向かって走り、ローレンスから距離をとった。だが、相手はしつこくとろとろと俺のほうへ向かってきやがる。

リニアはまだ意識を取り戻さない。傷が深すぎるのか、あるいは魔法薬が足りなかったか。もっと薬をかけようにも、ローレンスがいてはそんな隙はない。第一、リニアがいま倒れている位置は、俺から見てローレンスのちょうど向こう側だ。


…こうなったら、ローレンスに命乞いするしかねえ。あとで裏切るチャンスはいくらでもある。

「ま、まった!!ローレンス様、俺はあなたの部下になります。どうかお助けを!!」

「馬鹿を言うな!!貴様を信用するほど、儂が間抜けだと思うのか!!」

なおも化け物は、斧を振り回しながら迫ってくる

「よく聞いてください、あなたは何か誤解しています。そもそも謀反を企んだのは、そこにいるリニアなんですよぉ!!俺はただ、リニアの命令に従っただけでして」

嘘はついてない。事実を都合よく話してるだけ。罰は当たらんだろ。

「黙れ!!リニアが裏切ったのだって、どうせお前が唆したに違いない。儂の娘を誑かしおってが!!」


…は?


さすがにカチンと来た。




「なんでもかんでも俺のせいにしやがるんじゃねえ、貴様ァァ!!」

右手をチョキにしてローレンスの顔に狙いを定め、スコーピオンズ・クロウをお見舞いしてやると。




「オアアアアア!!!!!目がアアア!!!目がアアア!!!」

斧を落とし、悶絶して顔をかきむしるローレンス。

どうやら、二本一組の光の矢は相手の両目に食い込んだらしい。やったぜ!

俺はリニアのところへ戻ると、二本目の瓶の蓋を開け、傷口にかけた。さっきより少しマシになっている気がする。

…だが。


「よくも儂の目を…ええい、赦さんぞ小童ァァ!!見えなくても直感で貴様を探し当て、八つ裂きにしてくれるわ!!」

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