第十四話 式典

[客観視点]

リニアの父であるローレンス・モーターが治める、モーター王国の本領土。国土面積はリニアの所有地こと第三領土の、およそ五倍はある。そしてその土地のうち一割は城で、残りの九割は町になっている。この国は戦って勝利を収めることで発展してきたため、農耕などに使うエリアはない。こうした父の統治の仕方を最も色濃く受け継いでいるのが、娘のリニアと第三領土なのだ(しかしリニアは最近リーマン王国を占領して塩田を手に入れたため、貿易でも勢力を広げる気でいるのだが)。

どうやって生計を立てているかといえば、その軍事力をほかの国に貸すことで貿易を行っている。しかし近年では国王が年老いたこともあって、自慢の兵力はやや低空飛行気味に。こうなってくると改善する必要が出てくるのだが、残念ながら王はよほどの頑固者で、年を取ったせいで余計に人の話を聞かなくなっており、ジャズマイスター卿との交渉を突っぱねたのもこのことが原因と思われる。

ただ調子が出ないとはいっても、それはあくまで全盛期と比較しての話。軍事面ではほかの国にとって脅威であることに変わりはないし、王もまだまだ現役の戦士である。全盛期はシンプルに“兵力を売りにしていた”のに対し、現在では寧ろ“暴走するとまずいので、ほかの国が気を遣っておとなしくさせている”という状態に近い。


裏を返せば、ほかの国が貿易でモーター王国を助けることはあっても、戦いに加勢することは基本的にない。


それが、リニアにとっての狙い目である。


まずリニア軍の攻め方だが、普通に全面戦争になってはさすがに勝ち目がない。だからなんらかの方法でローレンス軍を分散させ、王のいる中心だけをダイレクトに狙うことで、実際に対峙することになる敵の数を、こちらより少なくしようというわけだ。この作戦はランドールが、転生するずっと前に日本史の授業で聞かされた“桶狭間の戦い”を思い出して提案したものである。

ではどうやって相手の軍隊をバラバラにするか。ランドールは複数の策を考案した。あえて全面対決を申し出ることで、向こうが幅広く兵を配置するように差し向ける策。本領土の近隣の村をこっそり味方につけ、ローレンス軍の兵士に対して嘘の情報を流させる策。悪天候の日をわざわざ選んで攻撃をしかけ、雨でこちらの姿を隠しつつ、相手の足を絡め取る策。いずれの策も、織田信長が今川義元を討ち取るため実行したそれの受け売りだ。

「うーん…確かにどの考えも奇抜で興味深いけど、残念ながら現実的とは言えないわね。向こうは魔術師がそれなりに多いから、雨で足を滑らせるのは寧ろこちらになるわ。それに、父の手下が近隣の村に聞き込みをすることもなさそうだし、そもそも対決を宣言したら、先手を打って向こうから攻めてくる」

「そうですか…」

「でも、似たような作戦なら使えるかもしれないわね。例えば、本領土にスパイを送り込んで嘘の情報を流すとか」



[ランドール視点]

結局、具体的な作戦は決まらないまま、その日の会議はお開きとなった。三日後、改めて会議を行うことになっている。


その間、俺がやるべきことといえば、ただ一つ。




リニア・モーターに反逆するチャンスに備えて、新しい謀反を企てるのだ!!




一回目は相手にされず、二回目はほぼ実行前に防がれた。三回目は、綿密に計画を練らないとな。

しかし計画を立てるには情報が必要だ。書物からヒントを得たい。幸い、この城の地下に書庫がある。何か重要な手がかりがあるはずだ。



書庫に着いた俺は、とりあえず三冊の本を回収して自分の部屋に戻ってきた。

一冊は魔法薬学について書かれたもので、一冊は死霊術、最後の一冊は見聞録。この見聞録だが、著者は“ニック・パナソウ”とかいう魔術師らしい。…ったく、この世界の固有名詞はどこまで現実世界を連想させるんだ。

とにかく、まずは一冊だけでも読んでみるとしよう。即効性がありそうなのは…死霊術だな。魔法薬学はどちらかというと自分の身を守るのに使えそうだから、謀反の方向性が定まったあとでじっくり読むほうが適切。見聞録に関しては、思わぬヒントが隠されているかもしれないが、いまは確実なものから目を通すのが先だ。

死霊術の書を手に取り、ベッドに腰かける。

灰色の表紙を開き、まず目次のページに目を通す。


“死んだ兵士を生き返らせ、操り人形にする技術”


…これがいい。絶対に使えるぞ!



[客観視点]

三日後、再びランドールが会議室を訪れると、リニアだけでなくルイージも来ていた。

「姫様から聞いたぞ。お前、骨肉の争いになるよう唆したそうだな」

「ええっ!?」

「フフッ、こら。からかわないの。私は八つの誕生日を迎えたときから、既に父親を蹴落とす気でいたのよ」

ルイージの冗談に笑いながらも、平然と恐ろしいことを言ってのけるリニア。

「それじゃ、本題に入りましょ。私たちは父の寝首を掻くにあたって、具体的で綿密な計画を立てなくてはならない。この三日間で、 私もあれこれ考えたわ」

リニアは、一枚の紙を手元に置いた。アイデアをリストアップしたものである。

「まず日にちだけど、九日後の式典の日が狙い目よ。向こうから招待されているから入りたい放題だし。ただ、私はお客である以上、武器を持ち込めない。だから、別部隊を城の裏手から回り込ませて、奇襲を仕掛けると同時に武器を運ばせる。その別部隊の指揮を、ランドールに任せるわ」

「お、俺がですかい!?」

「謀反を起こすくらいにリーダーをやってみたいんでしょ?よろしく頼むわ。それに、ルイージにはこの第三領土を守ってもらわないと」

「妙な気を起こすなよ」

ルイージが、ランドールに念押しした。

「はい…」

「姫様、続きをどうぞ」

「ここまでは侵入作戦。次に、合流して私が刀を受け取ってからだけど、父を城の最奥に追い込んで火をつけるわ。これなら逃げようがないはずよ。そして私たちは脱出。完璧ね」

「しかし、ここで一つ問題が。…こいつの率いる別部隊ですが」

ルイージがランドールを指差して言う。

「城の裏側にぞろぞろ回り込むと、さすがに気づかれませんかね?」

「確かに。俺が城に近づけなきゃ、あなたに武器も渡せませんぜ?」

「あー、そっか…そういえばそうね」

右手を額に当て、参ったと言わんばかりに眉のあたりを指で擦るリニア。

「なんなら、部隊じゃなく俺一人で担当しましょうか?」

「うーん…それだと私以外の兵に武器を輸送できないし…そうだ!!思いきって、あなたの育成した魔術師を使ってみましょうよ!!」

「さすがに馬鹿げてます!!」

ルイージが声を荒らげる。

「そうですよ!あいつらまだまだ戦闘に使えるかどうか…」

ランドールも、ルイージの意見に便乗。

だが。

「いまのところはね。でも、決戦まで九日間もある。それまでに空からの襲撃と遠距離攻撃、作戦の内容くらいは教えておけるでしょ?」

「そりゃまあ…空の飛びかたと基本的戦法は既に教えてはありますが」

「だったら、あとは練習あるのみ。とりあえずランドールは弟子の育成に集中しなさい。作戦内容は私が直接、国民に伝えることにするから」



[カラブ視点]

ここ数日、まずいことにモーター王国が魔術師を育成している。

やはり、ランドール・ノートンには情けをかけず、はじめて姿を見たあの日のうちに始末しておくべきだったか…。


「カラブ様!!」

部下のハサミンデリが報告に戻ってきた。

「リニア・モーターは、父親に謀反を起こすとのことです!!」

「なん…だと?」

思わず言葉がつまる。

あの女、とうとう肉親にまで牙を剥くのか!?

…いや、リニアならやりかねないか。

「何かの間違いでしょ!?」

サソリーナがびっくりして声を上げる。

「俺だって信じられねえよ、だけど」

動揺するハサミンデリ。

「カラブ様、あたしが確かめてきます!」

よせ、サソリーナ。おそらく事実だ、深追いするんじゃない。

「そんなこと言って、お前も親父さんとはいろいろと」

こら、ハサミンデリ。お前、余計なことを…

「ハア!?言っとくけどねえ、あいつは親の風上にも」

「二人とも落ち着け!!」

俺の一声で、漸く静かになった。なんだかきつい言い方になってしまった、すまん…。


だがモーター親子の仲間割れは、利用できるかもしれん。



[客観視点]

式典当日。

既に空が夕焼けになり始めているとき。

リニアは、あくまで招待客として本領土に現れた。

ローレンスは実の子すら警戒する癖があるので、自分の部下以外に武装している者は国内に迎えない。だから来客は、国に入る前に持っている武器を全て預け、ボディチェックも受けることになっている。鎧だけは、護身用に着用が許されているが、中に武器が仕込まれていないか入念に確かめられるのだ。

リニアはたった四人の部下を引き連れて、その五人ともが丸腰の状態で城に着いた。


「よく来てくれたな、さすが我が娘」


鎧に身を包んだ、屈強でそこそこ大柄な壮年の男。


角張った顔にはいくつも皺があり、険しい顔つき。


リニアと同じ、オレンジ色の瞳。


白い髭と髪は短く刈り込まれている。


王冠の代わりに被っているのは、金の兜。




彼こそが、リニアの父であり、そしてモーターの王でもある、ローレンス・モーター。




右手に持っているのは、自分の体の七割くらいはあろうかという大きさの、ゴツゴツした金のアックス。

寝るときですら、肌身離さず持っている武器だ。

「他の三人と違って、儂が招待するとお前は必ず来てくれる」

「こちらこそ、呼んでいただけて光栄ですわ。お父様」



日が沈み、いよいよ空が紺色になってきたとき。

会場のシャンデリアには明かりが灯され、白いクロスのかかったテーブルには豪勢な料理の数々が並べられ、そして、本領土の国民たちが集められた。

「静粛に!!…ではこれより、式典を開始する。今回はリニア様の生誕祭。であるからして、主役はもちろん姫様と、姫様のお父様にして我らが偉大なる王、ローレンス陛下である!そのことを忘れるな。では、いよいよお二人にご入場いただこう。陛下、姫様、入場!!」

執事の声とともに、奥のドアが開き、ローレンスとリニアが現れた。

リニアはいつもの鎧ではなく、桃色のドレスに身を包み、普段は特に纏めていない青のロングヘアを、今回は編み込みのアップヘアにして、クリスタルのティアラを被っている。

一方ローレンスはというと、いつもの甲冑姿である。パーティのときすら、用心を怠らないのだ。

「それでは陛下よりご挨拶を…陛下?」

執事が、主君の表情を見て異変を感じ取った。




額に汗をびっしりとかき、唇を紫色にして目を泳がせているローレンス。


彼は怯えていた。


身の危険を察していた。




彼は来客を迎えた際、預かった武器を正確にチェックさせ、自分の耳に入るよう必ず報告させている。


今日の式典に訪れた、リニアたちから預かったはずの武器。




その中に、リニアの愛刀“クチガポカン”がなかったのだ。




これまでの式典では、本領土内に入るまで必ず持ってきていたのに。


部下のミスか裏切りかもしれないと思い、自分でも調べたが、やはりなかった。


本人に確認したところ、うっかり忘れてきた、などと言ってヘラヘラ笑っていたが。




本物の持ち主でなければまともに使えない武器ではあるが、いくらなんでも伝家の宝刀を忘れてくるなんてことがあるのだろうか?




わざと持ってきていないとしたら…その刀は、一体いまどこにある?




娘は、何を企んでいる?




「陛下?」

「お父様?」

「え?あ、ああ。いや、すまないが今回の式典を行う前に、いまいちど警備の強化を」

「陛下!!大変です!!」

一人の兵士が、大慌てで駆け込んできた。


「身元不明の魔術師団が、上空から襲ってきています!!」


「遅かったか…」

思わず歯ぎしりするローレンス。


そのとき。


天井に亀裂が入り、メキメキと音がして、破片が降ってくる。


逃げ惑う、会場の人々。

リニアは、咄嗟に自分の部下だけを連れて、安全な隅に避難。

とうとう天井が崩れ落ち、魔術師たちが姿を現す。




「よう、オッサン!!俺が来てからがパーティの始まりだぜ!!」




その声の主は、小柄で中性的な、金髪ピンク目の美少年。

ランドール・ノートンである!!


リニアは、桃色のドレスの裾を引きちぎってミニスカートほどの丈にしてしまった。これから戦うのに裾が長いと邪魔だからだ。


「裏切ったのか…」

「あらお父様、気づいていたのならもっと早く手を打てたんではなくて?…ランドール、例のものを!!」

「あいよっ!!」

ランドールが投げて寄越した“クチガポカン”を、バッタのように高く跳び跳ねてキャッチするリニア。

鞘から引き抜いたそれの刃は、日本刀にそっくり。


「間違いなく我が愛刀ね。確かに受け取ったわ、ありがとうランドール。…さあ、お父様。今日はいままでよりずっと豪華な、私の生誕祭よ!!」

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