第十三話 秘密

[ランドール視点]

作戦会議の結果、ジャズマイスター卿の暗殺は俺とリニアだけで行うことになった。カラブ・ドーエンをモーター王国内に侵入させないようにするためだ。それに、標的に接近するには人数が少ないほどいい。大袈裟に軍を連れているとバレてしまう。日程については、ルイージの部下の報告次第、というなんとも不確定なものである。

会議でもう一つ決まったことがある。俺は魔術師の育成をリニア直々に命令された。ただし、あくまでも自衛のためだが。教えた内容や部下の進捗具合を書類にまとめなければならなくなったし、リニアが定期的に見回りにきやがる。ちくしょう、これじゃ謀反の計画なんて立てられねえ。

部下に教えるだけじゃなく、俺自身も新しい魔術を学ばないとな。この前のザッコ戦の反省を活かすには…そうだな、火力と防御力の増強がいいだろう。やつのような攻防一体の相手には、小手先の技は通用しないからな。



[サラ視点]

ジャズマイスターきょうは、ザッコとかんいけいやくをかわしたうえでヒョロリーおうこくからかえってきた。ごじつ、くわしいはなしをしたうえで、あらためてほんけいやくをむすぶらしい。そのときもとうぜん、ジャズマイスターのほうからヒョロリーおうこくへとむかうことになっている。


ジャズマイスターきょうがるすにしているあいだ、いつカラブ・ドーエンがわたしをころしにくるかわからない。


まじゅつをれんしゅうするにあたって、どれいをしようするきょかをえなければ。



[客観視点]

ジャズマイスター卿暗殺計画が決定されてから十日ほど経ったある日。

ルイージのもとに、彼の部下から連絡があった。

「数名の騎士を護衛につけた馬車が一台、港のあるほうからヒョロリー王国に向かいました。ルートについては、どうやらモーター王国から距離を取るために、わざわざ遠回りをしたものと思われます」

「その様子だと、ジャズマイスター卿で間違いなさそうだな。目印になる特徴は?」

「馬車の色は茶色で、灰色の小さな旗がついておりました。銀色の甲冑を身につけた兵士を連れています」

「わかった。リニア様に伝えておく」



そして、ついに暗殺計画が実行に移される日がやってきた。

ヒョロリー王国から帰る途中のジャズマイスター卿に、リニアとランドールが不意打ちを仕掛けるというのだ。


四方を騎士で取り囲んだ形で進む、一台の馬車。

その屋根に、突如として火球が降り注ぐ!!


「ああっ!…まったく、賊のしわざか?」

燃える馬車から速やかに脱出し、魔法の杖を構えるジャズマイスター卿。ランドールの姿を見つけ、ニヤリと笑う。

「おや…君はいつぞやの魔術師じゃないか。確か、ジョニー・デップくんだっけか?」

「そりゃ偽名だよぉ、忘れたか!」

ジャズマイスター卿めがけて稲妻を放つランドール。

「ああそうか、本名はランドール・ノートンくんだったねえ。勝手な真似をして大丈夫なのかい?きみの主君は私の取り引き相手だぞ、ハハッ」

そのとき。

真横からリニアが突進し、ジャズマイスター卿に刀を振り下ろした!

「グレイテスト・シールド!」

炭のように黒い光の盾を出現させるジャズマイスター卿。盾は正三角形で、一辺が一メートル、厚さは五センチ。その盾が、リニアの刀の切っ先を弾く。

「…なんだ、姫様もいらっしゃったか。つまり、あなた主導の暗殺計画ってわけだ。関心しませんな、ハハッ」

「あら、先に裏切ろうとしたのはそっちでしょ?」

「なぁんのことです?」

わざとらしく首を傾げるジャズマイスター卿。彼の眼鏡の真っ黒いレンズが、日光を反射してギラリと光る。

「カラブ・ドーエンから聞いたのよ。あなたがモーター王国を欺いて、他の国を差し向けようとしてるって」

その言葉を発したリニアのほうを向いて、ランドールが口を半開きにして目をパチクリさせる。

「カラブ…またあいつのしわざか。姫様、その話は嘘っぱちです。ご安心ください」

「あら、嘘かどうかはこっちの気にすることではないわ」

「何が目的ですか!?早いとこおっしゃったらどうです!?」

ジャズマイスター卿は、少し腹立たしげに声を張り上げた。


「あなたの貿易相手を把握する、それが一番の目的よ」


「はあ…よりにもよって…痛いところを突いてきますねえ」

左右に首を振るジャズマイスター卿。

「私の見えないところで動かれると困るのよ」

「いいですか?世の中には隠しておいたほうがいいことが、山ほどあるんです!私のやりかたを明けっ広げにはできない!あなたもご存知でしょう?」

「隠しておくべきかどうかも、私が決めたいのよ。火のないところに煙は立たないでしょ?カラブが黒い噂を流すということは、つまりそういうこと。わかったら全ての貿易相手を、明らかにしなさい。もちろん、規約違反のものも含めて、ね」




「…あんまりしつこいと、この前の契約を破棄するぞ」


いつもより低いトーン、少し下がった口角、そして眉間の皺。ジャズマイスター卿のいかりは本気のそれになりつつある。




「はあ…そこまで意地を張るってことは、どうやらカラブの話は真っ赤な嘘ってわけね」

「だから最初から言ってるでしょう?まあ、わかっていただけたなら水に流しますがね」

ジャズマイスターの声が、再びいつもの軽快かつ紳士的な調子に戻る。表情も穏やかになっている。

「いえね、私もカラブが信用できるとは思っていないのよ。ただ、彼は私を唆したわけではなかった。寧ろ脅迫してきたのよ、モーター王国には敵しかいないって。その中で、あなたの名前も出てきたっていうわけ」

「なぁんだ、そうだったんですか!ハハッ、じゃあ不意打ちなんかせずに相談してくださればよかったのに!ハッハッハ!」

「それだけ必死だったのよ。魔法薬の材料が足りなくって。フフフッ」

二人してヘラヘラ笑う、ジャズマイスター卿とリニア。こうなっては、もはやランドールは蚊帳の外である。

「魔法薬ですか、では貿易の際、安くしときましょう」

「それもいいけど、魔法薬をたんまり持ってそうな国を紹介してくれるかしら?あなたなら知ってそうだけど」

「あー…それはつまり、他の国から魔法薬を強奪したいということですか?」

「そういうこと。もちろん、あなたにとっても都合の悪い相手でかまわないわ。例えば、最近、話の噛み合っていない、面倒な貿易相手とか」

「そうですか…一ヶ所、心当たりはありますが」

「教えてちょうだい」

「しかし、あなた様にとっては」

「とりあえず聞かせてくれる?そのうえで、侵攻するか否かはこっちが判断するわ」




「…あなたのお父様のお国なら」




「ええっ!?」

驚いて声を出したのは、ランドールだ。リニアは顔色一つ変えない。

「確かに父の手元には、魔法薬がゴロゴロあるでしょうね。でも、あなたと上手くいっていないというのは、初耳だわ」

「それが…どうやら私の知らないところで味方をつけているようで。最近は契約どころか、話もまともに聞いてもらえない。弱味になるから黙っていたんだが、姫様の前では秘密は持てませんなあ、ハハッ」

「とにかく耳寄りな話が聞けて、ラッキーだわ。では引き上げるわよ、ランドール。城に戻って作戦を立てないと」



モーター王国に帰還した、ランドールとリニア。そのまま会議室へと向かう。

「あのう…ジャズマイスター卿の言うことを信じて大丈夫ですかね?」

「そうね、まず自分で調べておく必要があるわ。私を父と同士討ちさせようとしている可能性も、ないとは言いきれないし。でも、作戦は立てておかないといけないわ」

「実の父親を襲撃するんですかい!?」

「アッハハ、確かに普通なら、王家でもこんなことはなかなかないわね。でも、モーター王国は生まれながらの軍事国家。例え相手が身内でも、容赦はないっ」

いつもと変わらぬ上品にして軽快な口調と表情のリニア。

その様子は、ランドールの目には逆におぞましく映った。

「し、しかし、相手は相手で、それなりに強いんじゃ」

「だからこそ、作戦を立てるのよ。それはそうと、まだあなたに説明していなかったことがあるわね」

「と言うと?」

「私がなぜ女王ではなくプリンセスなのか、ということよ。お父様が現モーター王だから、まだ私は王位を継承していないの。それに兄も二人いるわ。弟も一人。姉や妹はいないけど」

「お母様は?」

「母については謎が多くて、会ったこともないわ。父には、私たちの出生についての情報を誤魔化す癖がある。何か狙いがあるのかもしれないわね。例えば、私と兄弟の結束を深めすぎないようにしている、とか。因みに私が治めているこの国は、正式には“モーター王国第三副領土”。父が治めているのが“本領土”よ」

「はあ…ところで、ルイージさんは」

「彼は自分の仕事だけで手一杯だから、今日は参加しないわ。会議の内容はあとで伝えるけど」

そう言うと、リニアは一枚の紙を広げた。


「これは、本領土の城の見取図よ。子どものころ、住んでいるときに自分の足で調べて書いておいたの。ひょっとしたら使える日が来るかもしれないと思って」


ランドールは確信した。


リニア・モーターという女は、本当に素の状態で家族に対して容赦がないのだということを。


思わず目を見開くランドール。正直、引いている。


「ついでに、本領土全体の地図もあるわ。ただ、時間が立っているから完全には信用できないけど」

「改築とか増築とか、風景もすっかり変わっているかもしれませんね」

「だから、よく確かめないといけない。でも、さすがに城一個まるっと変える、なんてことは現実的ではないわ。基本的な構造だけは昔と同じはず。そこを軸において作戦を立てればいいのよ。それに四年前、式典で私が呼ばれたときは、せいぜい内装が綺麗になっていたくらいで、間取りが変化した様子はなかったし」



[サラ視点]

かえってきたジャズマイスターから、モーターぐんにおそわれたこと、あやうくこうしょうがけつれつしかけたことをきかされた。くろまくはもちろん、カラブ・ドーエン。

「やはり、わたしもまじゅつのしゅうとくをいそがないと…」

「そう焦る必要もありませんよ、私の目が黒いうちはね、ハハッ。しかし“善は急げ”とおっしゃるのならそれはそれで正解ではありますが」

「いきたにんげんをまとにしたいから、どれいをしようするきょかをもとめる」

「許可…ですか?ご命令ではなく?少なくとも肩書きとしては、女王であるあなたが格上ですが」

「でも、あなたはぐたいてきにつごうよくことをうごかすことができる。ごういんにさしずしても、わたしのおもいどおりになるとはかぎらない。だから、そっちのはんだんするけんりをみとめないといけない」

「承知しました。では、奴隷の中でも使い物にならず、いずれ処分する者たちでよければ」


「かまわない。わたしのいちばんのもくてきは、ようしゃなくひとをころすことになれることだから」



[カラブ視点]

我々にとってはいいニュースだ。どうやら、リニアとジャズマイスター卿が激突したらしい。彼らの関係がが少しでも悪化してくれれば、いまのところは焦らなくて済む。

だが問題は、我々の味方をどうつけていくか、だ。ザッコとの交渉は二度も決裂したし、この調子だと、ほかの国もなかなか賛同してはくれないだろう。せめて我々のやろうとしていることが理解され、諸国の助けになることが示されればよいのだが…。


そういえばザッコは、サラ・リーマンが生きていると言っていたな。


合理的に考えて、サソリーナが嘘を報告するわけがない。ということは、やはり処刑されたのは替え玉で間違いなかろう。他の国でも、危ないときにはよく使う手段だ。


ジャズマイスター卿の言っていたことらしいから、鵜呑みにするわけにはいかんが…。




思い切って、本物のサラに会ってみるのも、一つの手かもしれない。




どのような人物かはわからんが、女王が一人説得できるとできないとでは、他の国の我々を見る目もまったく違うだろう。




まあ、本物のサラ・リーマンかどうか見分けるには、彼女と面識のある人物に話を聞き出す必要があるが…。

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