第十二話 策略

[客観視点]

二秒ほど考えたのち、額から手を放して姿勢を正すジャズマイスター卿。

「そうだ、なんならサラ女王と一緒に、後日ここへ出直しましょうか?」

「いいや、そこまでせんでいい」

ほんの少し焦った様子で答えるザッコ。

「ですよねえ…何しろ連れてきたって、本人だと証明できない」

「それもそうだが、女王とはいえ年端もいかぬ子どもを巻き込むのは、俺のスタイルではない。先代のリーマン王が亡くなって、やむを得ずサラが即位したのだろう?まだ政治ができないはずだ。それに、女王がどうであれお前との交渉にはさほど影響はない」



[ランドール視点]

とりあえず全ての弟子にコツを教えてから、勝手に練習させ、定期的に見回る。下手くそなやつにはアドバイスして、再び練習に打ち込ませる。

で、やつらが練習してる間、俺は計画を立てる。さすがに正面突破は難しいだろうが、複数人でかかればリニアとて無事ではないだろう。他のやつらを囮にして、死角から俺がとどめを刺す。この方法は囮の身の安全は保証できないが、俺だけは大丈夫だ!ちなみにこの戦法は、ザッコを二対一で追いつめたときのそれを参考にした。リニアも馬鹿だなあ、俺に上手い戦術を勉強させちまうなんてよお!!



日が沈みはじめたので、弟子達を連れ、国内に戻ろうとしたときだった。

「外で、何をされていたのですか?」

兵士の一人に、声をかけられた。

「あ、いやあの、国民達に身を守るすべを教えていたところだ。前にカラブが襲ってきたろ?この国が狙われたとき、戦える人数は多いに越したことはないしな」

「そう…ですか」


なんてこったい、急がねえとリニアに計画がバレちまう!

まだ弟子の戦闘力は十分とはいえないが、一刻も早く奇襲を仕掛けるのが無難。

謀反は明後日の朝だ、やるしかねえ!!



翌日。

弟子は一丁前とはいかないまでも、魔術を使うこと自体には慣れてきたようだ。かなりすんなりと撃てるようになってきてる。


練習を一時中断させ、俺は計画を発表することにした。

「まず日程についてだが、謀反は明日の朝実行する!!」

弟子どもは、なんだって、だの、無茶だ、だの、早すぎる、だのと口々に文句を垂れる。

「いいか?これは現実的な作戦だ。リニア・モーターの隙を突くには、不意打ちを仕掛けるしかない!バレる前にやるんだよ!」

では次に、ポジショニングの発表。

「次に戦術だが…お前らのうち三人は俺と一緒にリニアを狙う。残りはモーター軍の兵士を足止めしろ」

「あんなにたくさんの兵士をか!?」

「できるわけがない!!」

「できるかどうかじゃねえ、やるんだよ!もちろん、命懸けでな。そしてリニア襲撃部隊だが、三人には囮になってもらう。そして俺が安全な場所からリニアを狙うってわけだ」

「冗談じゃない!我々を危険に晒して、自分だけはおいしい思いか!?」

「ああ、そうだよ?さあ選べ。精鋭としてリニアを引き付けるか、それとも兵士を相手にする壁になるか」

「やってられっか!!まずお前に謀反を起こしてやる!!」

弟子の一人が反発。

「何だと?この恩知らず!!誰のおかげで魔術を使えるようになったと思ってんだ!!」

「やっちまえ!!」

弟子どもは一斉に、俺に向けて火球を放ってきやがった!

「おおっと!!」

ここは冷静に避けて、っと。

「アホどもが!師匠に勝てると思ってるのかよぉ!」

弟子どもの足元を火球で狙い撃ち。さすがに命中させるとまずい。負傷した部下は使えないからな。

大慌てで飛び退き、地面に伏せる弟子達。

「臆病者め!」

ダメ押しとばかりに、地面に灰色の木の根をゴリゴリと出現させる。

部下どもは慌てふためき、真っ青になってひっくり返った。

「腰が抜けたのか?まったく、これじゃ使えるかわからんぜ。まあいい、今日のところは帰ってゆっくり休め。魔力と体力を温存する必要があるからな」

「でも、練習が足りないんじゃなくて?私は魔術を使えないから、詳しいことはよくわからないけど」

「ハッ、さっきも言ったはずだろうが。これは奇襲作戦なんだから、気づかれる前にやらないといけない。それにお前らごときが練習したって、二日三日じゃ結果は」

…ん?さっきの声は左から聞こえたな。目の前の弟子連中じゃないのか?

「おい、誰だ?いま質問したの」




「奇襲作戦は失敗に終わったわね、ランドール」




リニアアアアアアアアアアア!!!?

「り、リニア様!?なぜあなたがここに!?」

「国民達を育成してくれてありがとう。おかげで我が国の軍事力に、新たな可能性が見えてきたわ」

「は、はあ…そりゃどうも…」

「でもね、ランドール。あなたについて、一部の国民達からたれ込みが入ったのよ。




…あなたが謀反を起こそうとしてるって」




「ウェッ!?」

誰がチクったんだ!?


「しかも、たれ込んできたのは揃いも揃ってO型の国民たちよ。なんでも“魔術に適正がないから育てようがない”って、追い返されたって聞いたけど」

「ち、違います!!確かに魔術に適正がないからって断ったのは事実、しかし謀反なんか企んでません!!」

「そうよね?軍事力増強のために国民を育てていただけでしょ?」

「姫様!!こいつは謀反を企んでました!!」

弟子の一人がほざいた。余計なことを!

「あら、あんなこと言われてるわよ?ランドール」

なんでそんなに冷静なんですかリニアさん。

…じゃなくって、いまは俺の保身が先だ!

「違います!!裏切ろうとしたのは寧ろこいつらでして!俺は魔術を教えるだけの約束だったのに、騙されたんです!!」

「よくもそんな嘘っぱちを!!」

「俺達のせいにしようってのか!?」

「卑怯者ぉー!!」

「責任取れーっ!!」

次々に反発する国民たち。弟子の分際で偉そうに!

「うるさいぞ下っ端どもが!!よくもリニア様を引きずり下ろそうとしやがって!!」


「はいはい、静粛に!!」


リニアの一声で、国民達は一斉に静かになった。


「誰の謀反もなかったことにしてあげるから、醜い争いはおやめなさい。それと、これからは魔術師の育成にあたって、きちんと書類を作成して報告すること。特にランドールは指導者として、そのあたりはよくわきまえておきなさい。いいわね?」

「はい…」

「でも、国内の魔術師が増えること自体はそう悪いことじゃないし、私の管理下においては育成を推奨してもいいわ。ルイージの仕事は一つ増えちゃうかもだけど」

マジか…またあの神経質野郎に話が伝わるのかよ…。



[客観視点]

ランドールとともに城に戻ったリニアは、そのまま彼を連れて会議室へと向かった。ルイージは既に部屋で待機している。また作戦会議だ。

次にリニアが狙いを定めたのは。

「ここよ」

地図上の一点を指差す。


三つの国に囲まれた、ある権力者の所有地。




「ジャズマイスター卿の屋敷よ」




「ええっ!?じゃ、ジャズマイスター卿をですか!?」

「そうよ?」

「で、でも、味方につけたばかりのはずでは?」

「契約を結んだだけだ。裏切らないとは言ってない」

ルイージが、腕組みしたまま補足する。

「しかし、あの男は権力者で、一筋縄では」

「だから狙うのよ」

リニアは舌で唇をぺろーり、と右から左へなめた。

「ジャズマイスター卿には、隠していることがたくさんあるわ。もちろん、物資の密輸だって一度や二度じゃない。きっと、周囲の国々に内緒で貿易している相手も多いはずよ。契約と違う取り引きもね」

「じゃあ、その密輸された魔法薬を奪うってわけですか」

「武器もな。それに、やつの貿易相手国を押さえれば、そいつらもダイレクトに襲うことができる」

ルイージが、眼鏡を中指の先でカチャリ、と持ち上げた。

「問題は、やつをどうやって襲撃するかだが…」

「軍を率いて屋敷を襲うと、周囲の三つの国が黙っていないわね。この前みたいにカラブに隙を突かれる可能性もあるし」

「でしたら、ジャズマイスター卿が国を離れているところを見つけて、暗殺するのはどうでしょうか?」

「それができれば苦労はせんな。やつは用心深い。余程のことがなければ、遠出はしないだろう」

「そうとも言いきれないわよ?我々が塩田を手に入れた直後、契約するために現れたじゃない。私が思うに、あの男は案外、自分の身の危険だけなら省みないわ。ただ…それがどのタイミングで行われるかは、注意深く観察しないと。彼は情報をひた隠しにして動くからね」

リニアがそう言うと、三人の間に十秒間の沈黙が流れた。各々が次に何を言い出すか考えているのだ。

やっとこさ口を開いたのは、ルイージだった。

「…偵察を派遣する。ジャズマイスター卿かどうかはわからなくても、馬車が通れば報告だけするようにな」



ザッコがジャズマイスター卿と簡易契約を交わしてから三日後。

再び、ヒョロリー王国に客人が現れた。


「…またお前か、カラブ・ドーエン。今度は何の用だ」


「モーター軍が、ここを襲撃したようだな」


「確かにお前の言うように、リニア・モーターは軍を率いてここにやってきた。だが追い返したぞ」

「それは我々が、情報提供してやったからだろう。助けてやったのだから、手を組んでもらわないと困る」

「何だと?…恩着せがましいぞ貴様!!」

ザッコは右手を握りこぶしにして、テーブルをドン、と叩いた。

「おらぁ!?」

カラブが目を丸くする。

「そっちはモーター王国を襲撃したかった、そしてそれは実現できた!リニア率いるモーター軍が、我々のところへ来ていたからじゃないのか、ええ?」

「…精算済みだと言いたいのか?」

「ああ、そうだ」

「し、しかし、モーター軍はこれからもここにやって来る。我々スコーピオンズ・キングダムが知らせないと、そっちもまずいことになるぞ」

「…数日前、ジャズマイスター卿がここに来た」

「何…だと?いま、ジャズマイスター卿と言ったか?」

「ああ」

「やつを信用してはいかん!」

「なぜだ?」

「それは…」

カラブの目が泳ぐ。

「答えられないのか?」

五秒の沈黙ののち、カラブは目を閉じて深呼吸すると、再び口を開いた。

「…ここに来てやつの名前が出ると思わなかったのだ。具体的な話はあとでしてやる。とにかくやつは腹黒い。規約違反だろうが、事件の隠蔽だろうが、平気でやってのける。一度は実現しかけた大陸間の平和条約、あれがぶっ壊れたのも、もとはといえばやつの仕業に違いない」

「証拠は?」

「証拠は…俺がなんとしてでも探し出す」

「これから探すだと?…笑わせるな!」

「俺を百パーセント信じろとは言わん。だがジャズマイスター卿は怪しい。俺は警告してるんだぞ!」

「怪しいのは貴様だ、カラブ!この前ジャズマイスター卿から聞いたが、サラ・リーマンは生きてるそうじゃないか!」

「なっ…」

カラブが目を見開く。

ザッコは一瞬、口角が緩みそうになった。それを自覚して、あえて怖い顔になる。

「女王が処刑された?…この大嘘つきめ!」

「嘘ではない!!確かにサラは首を跳ねられたと、部下の報告で」

「部下のせいにするのか!?」

「違う!!何かの誤解だ、きっと替え玉でも使ったんだろ!!」

「お前の言うように誤解だったとしても、それはすなわち、スコーピオンズ・キングダムの情報は頼りにならんということだ」

「くっ…」

「少なくともいまのところ、お前の話を聞く気はない。わかったらとっとと帰ってくれ」



[カラブ視点]

ザッコとの交渉は、またしても失敗。俺は、そのことを部下に伝えざるを得なかった。

「ヒョロリー王国は味方をしてはくれないのでしょうか…」

サソリーナの声は、どことなく俺には心細そうに聞こえた。サラの処刑を報告したのはサソリーナだ。自分を責めているのかもしれない。

「気を落とすんじゃない。交渉というのは本来、手間がかかる。それに、ザッコは気難しい男だ」

「ヒョロリー王国のうしろには、数々の同盟国がついていますからな。やはり、モーター王国を味方につけるべきでは?」

執事のドクバールが提案。だが、俺としては却下しなければならない。

「確かにそのほうが、力をつけるという意味では手っ取り早い。ほかの国も、我々の言うことを無視できなくなるだろう。しかし、それでは本来の目的を達成できない。それに、おそらくだがモーター王国にはジャズマイスター卿が味方している。同士討ちでもしてくれればいいのだが…」

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