第十一話 危機

[客観視点]

カラブから受け取った書類を、リニアに見せつけたザッコ。

しかしリニアは顔色一つ変えない。

「ハッタリよ。そんな紙一枚で私たちを騙せると思う?」

「疑うのは結構だが…これにはお前らについていろいろ書いてある。ランドール・ノートン、お前が加わったことと、カラブの技を真似たことについてもな」

「なん…だと?リニア様、急ぎましょう!!こいつの言ってることは本当です!!」

「慌てないの、ランドール」

「だって俺がカラブの技をそっくり再現したのは事実で!!」

「そうね、確かに急いで戻らないと。でも焦りは禁物よ。ルイージがなんとか耐えてくれるはずだから、いまから向かっても十分間に合うわ」



モーター王国では、既にカラブによる急襲が行われていた。

建物の屋根や壁があちこち破壊され、火と煙が立つ。

兵士どもはルイージに率いられて列を組み、戦えない国民達は一斉に避難。

「一人で来たのか?王にしては無謀だな」

ルイージが右の手に持っている武器は魔術剣といって、一見すると単なる金属製のソードだが、刃の中に砂粒サイズの水晶玉が含まれているため、魔力を上乗せして相手を斬ることができる。具体的には、炎や稲妻を纏ったりすることで威力を底上げしたり手数を増やすのだ。ルイージのそれは、刃渡り一メートルで幅五センチ、柄は黒に近い灰色でキノコの紋章が刻まれている。刃の部分は銅でできており、赤茶色に光っている。

「貴様らの捨て駒兵士をいくら集めようと、所詮捨て駒は捨て駒。警戒すべき相手がいるとしたらルイージ・グリーン、お前ただ一人だ。…スコーピオンズ・スピア!!」

カラブは右手に青い光の槍を出現させ、切っ先をルイージに向けて構えた。

「おらあっ!!」

ルイージめがけて突進!

「フッ…」

カラブの槍をあっさりと躱すルイージ。

「ファイア・シース!!」

ルイージの剣の刃を、炎が覆う。銅と反応した、緑色の炎だ。

「スコーピオンズ・クロウ!!おらあっ!!」

左手をチョキにして指先をルイージに向け、青い光の矢を二本放つカラブ。

手首のスナップを効かせて剣を回転させ、光の矢を弾くルイージ。矢はパチパチと音を立てて消えた。

「今度はこっちから行くぞ…」

地面を蹴り、カラブめがけて勢いよく走り出すルイージ。

相手を切りつけようと真横に剣を降る。

しかしその剣の刃を槍で受けとめるカラブ。

「おらあっ!!」

カラブが力いっぱい押し返すと、ルイージは後ろに飛び退いて距離をとった。

「撃て!!」

ルイージの命令で、屋根の上に隠れていた弓兵達が一斉に、カラブに向けて矢を放つ。

「スコーピオンズ・シェル!!」

カラブの全身が青く光る。敵どもが放った矢は彼にぶつかり、しかし刺さらずに折れて地面にバラバラと転がる。

すかさずルイージが斬りかかる。

刃はカラブの左肩に命中するも、光の鎧に守られていて傷をつけられない。

「おらあっ!!」

今度はカラブが槍で突くのを、ルイージが剣でガード。


そのとき、ルイージの剣を覆っていた炎の色が、緑からオレンジに変わった。刃の銅がほぼ全て、酸化されたのだ。


「オキシゲン・バーニング!!」


刃の酸化銅が魔力によって還元反応を起こし、外側に追い出された酸素の影響で空気が爆発。

「くっ…」

二本の足で踏ん張って耐えるカラブ。一方のルイージはというと、爆風を利用して後ろに飛び退き、距離をとる。

「フッ…さすがは一国の王というべき戦闘力…だがもうじきリニア様が戻られるだろう。俺は十分に時間を稼いだ」


「時間稼ぎが目的なのはこっちも同じだ…スコーピオンズ・テール!!」


カラブの持っている槍が長い光の鞭に変形。


「おらあっ!!」

「何っ!?」

カラブの振り回した鞭の先がルイージの右手に命中し、剣を叩き落とす。

「そろそろ時間か…あばよっ」

あっさりとルイージに背を向け、忍者のごとき走りで素早く立ち去るカラブ。

「待てっ…」

ルイージが剣を拾い、追いかけようとしたときには、もう彼の姿は見えなくなっていた。

「くそう…何が目的なんだ?」

「ルイージ!!」

やっと帰ってきたリニア。

「一足遅かったようですね、カラブならもう逃げていきましたよ」

「よく頑張ったわね、ありがとうルイージ」

「それが…ヤツの様子は変でした。一定時間を過ぎたあたりで、向こうからあっさりと」

「姫様!!大変です!!」

兵士の一人が大慌てで走ってきた。


「スコーピオンズ・キングダムの連中に、武器庫を破壊されました!!」



[ランドール視点]

スコーピオンズ・キングダムが破壊していったのは武器庫だけで、殺害したのも兵士を数人だけ。魔法薬や食料、兵士以外の人命には手をつけていないらしい。

だが今回の遠征は失敗。ヒョロリー王国は奪えず、留守にしたせいで武器も過半数を失った。

当然、モーター王国民達はカンカンってわけだ。兵士やメイドは城に住み込みで給料も出ているから暴動までは起こさないが、一般国民となるとそうはいかない。ザッコ戦の翌朝、それも日の出とほぼ同じ時間に、税を返せ、負担を強いるな、と怒鳴り声をあげながら、城の門をドンドンと叩いてきやがった。おかげで俺の睡眠時間は中途半端。眠い!

俺の部屋に朝食を持ってきたメイドが

「あの様子では私達とて、呑気にお買い物もできませんわ。姫様が無茶をなさるから…あなた、参謀ならなんとかしてくださいまし」

なんてほざいて、朝食を置いて出ていった。

ったく、俺にどうしろっつうんだ?文句があるならリニアに直接言えよ…。




だが、これは考えようによってはチャンス。




国民達はリニアに不満がある。言い換えれば、リニア政権は崩壊寸前。




となれば、俺がやることはただ一つ。






国民どもを煽って反乱軍を結成し、リニア・モーターに差し向ける。

そして俺が、この国の新しい王になるのだ!!



[客観視点]

モーター軍による襲撃から三日後。

ヒョロリー王国に客人が現れた。

「ジャズマイスター卿か。…いまさら我が国に一体何の用だ?」

「ここ最近のスコーピオンズ・キングダムの動向についてお話がありまして」

「それなら心配ない。カラブ・ドーエンが十日ほど前にここに来た。モーター王国がここに攻めてくるから警戒しろと、書類まで持参してな」

「何と!!あなた様にそのようなことを吹き込んで、あの男は去っていったのですか!!」

「焦るなジャズマイスター卿。俺がカラブの話を鵜呑みにすると思うか?…まあ、モーター軍がここに侵攻してきたのは事実だがな」

「すると、やはり事態はカラブの計画の通りに…」

「ヤツがモーター王国と我々を焚きつけて、同士討ちに持ち込んだ、とでも言いたいのだろう?」

「おっしゃる通りです!!スコーピオンズ・キングダムは危険だ、放っておくわけにはいかない。すぐにでも潰しましょう」

「生憎だが、我が国には顔馴染みの強力な同盟国がいる。貿易だって俺の三代前から彼らとやってきた。新しく貴様と手を組む必要はない」

「そうですか…」

「わかったらとっとと帰ってくれ」

「…ううむ、戦いが始まる前に、私のほうからモーター王国に警告しておくべきだったか…」

「何?…いま、何と言った?」

「いえね、私が間に入れば、モーター王国とあなたがたヒョロリー王国は、戦わなくてすんだかもしれない。いまとなっては後の祭りですが」

「お前、モーター王国と交渉できるのか?」

ザッコが身を乗り出す。

「ええ、一応は。なんならカラブより先に私が介入して、あなたがたとモーター王国の同盟を先に結ぶこともできたかもしれない。最も、あの血の気の多い姫君が聞く耳を持ったかまでは、保証しかねますがね」

「しかしあの軍事国家を、表面上だけでも味方につければ…」

「話だけでも、聞いていただけますか…?」



ヒョロリー王国への侵攻に失敗して以来、モーター王国では毎日、早朝になると国民によるデモが発生。しかしやることはワンパターンで、城の門をドンドン叩いて怒鳴るだけ。

だが五回目のデモのとき、とうとう変化が訪れた。国民達の目の前に、ランドールが現れたのだ。それも金色の羽を使って、窓から降りてきた。国民達は熊手や箒の柄で突いてやろうとしたが、上空に浮いている相手には届かない。

「まあ聞けよお前ら、話し合いのチャンスをやるから、あとでこの場所に来い」

そう言うと、ランドールは丸めて筒状にした紙を一本、国民の中の一人に投げてよこした。



ランドールが指定した場所は、モーター王国の図書館であった。国民達がぞろぞろと向かうと、既にランドールは先に来て待っていた。

「いやあ、ほんとに来てくれるとはありがたいねえ。どうやらリニアの政治にご不満があるようで」

「何とかしてくれるのか?」

大工を営んでいる初老の男が尋ねる。

「当たり前だ、そのために呼び出したんだからな。しかし俺一人では限界がある。そこでだ…お前らに協力してもらおうかと」

「何を言ってる?」

靴屋の男が訊いた。

「早い話が、お前らを戦えるように育成してやるって言ってるんだよ。リニア・モーターやあいつの部下どもを叩きのめすためにな」

「何だって!?」

国民達がどよめく。

「兵士を相手にか?」

「冗談じゃないわ、殺されるだけよ」

「確かに、腕っ節で戦うのはリスキーだ。しかし魔術があればどうかな?俺が教えてやる」

「そんなうまい話があるものか!!」

「待てよ、こいつに賭けてみるのも一つの手じゃないか?」

「だってこいつは、この前この国に来たばかりで」

「だからこそ信用できるかもしれん。忠誠心が浅いということは、逆に言えば、反逆のチャンスだ」



集められた国民達は、ランドールによってモーター王国の外に連れ出された。

「では魔術を教えるにあたって、まずお前らの体質を知りたい。この中に、血液型がO型の者はいるか?挙手してもらおう」

ぞろぞろと手が挙がる。

「ではいま手を挙げた者達は、帰れ」

「なんだとぉ!?」

「ふざけやがって!!」

「約束が違うわ!!」

一斉に文句を言い出す、O型の国民達。

「お前らは魔術師向きの体質じゃないんだ、教えるだけ無駄さ!ほらとっとと帰った帰った」

「チッ…」

「呼び出しといて何よ…」

「覚えてろ…」

ランドールに追い払われ、渋々帰っていく。

「では残りの連中に訊こう。この中に、AB型の者はいるか?」

手が挙がらない。

「いないのか…そういやリニアも言ってたな。ではA型の者は?」

まばらに手が挙がる。

「よろしい。では残りがB型か。では血液型と魔術の関係について教えてやる。A型は一発あたりの火力が低い代わりに、魔力容量に優れている。つまり、魔術をたくさん使い続けられるってわけだ。逆に、B型は火力は高いが、魔力容量はそこまで大きくはない。魔術に関しては短期決戦向きってことだ」

「なあ、傾向の話よりも、いまは魔術を使えるようになるのが先じゃないのか?」

青果店を営むB型の男が言った。

「わかったわかった、一人ずつコツを教えてやるから、列を作って並べ」

言われた通りに並ぼうとするも、どいつもこいつも自分が先にと、列の先頭を奪おうとしてがやがやするモーター王国民達。

「ええい、うるさいぞ!!ちゃんと静かに待てないやつには、教えてやらないからな!!」

ランドールの一声で、ようやく列はきちんとできあがった。



[サラ視点]

まじゅつをうちだすことにはなれてきた。しかしまだじっせんではつうようしない。やはりいきたにんげんをねらわなければ。そしてころすことになれなければ。

まりょくようりょうをおんぞんするためにも、とりあえずきょうのれんしゅうはここまで。

ジャズマイスターきょうがかえってきたら、つぎはどれいをまとにしていいかそうだんする。


カラブ・ドーエンのいきのねをとめるためにも、わたしにはもっとちからと、そしてれいてつさがひつようだ。



[客観視点]

ヒョロリー王国とモーター王国の和睦を実現するため、ジャズマイスター卿はリニアとの交渉成立に至った経緯を、ザッコに語って聞かせた。

「お前を介してモーター王国と手を組めるのはありがたいが、一つ気になることが…」

「なんでしょう?」

「サラ・リーマンはお前のところに避難した、それは間違いないのだな?」

「ええ、確かに。何度か面識もありますし」


「カラブ・ドーエンの置いていった書類には、サラは処刑された、とある」


「ああー、あの男がそんな嘘っぱちを…困りますねえ」

ジャズマイスター卿は、いかにも参ったと言わんばかりに、反り返って額に右掌を当てた。

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