第十話 強敵
[客観視点]
「ザッコ様、先ほどはカラブ・ドーエンとどのような話を」
ヒョロリー王国の大臣の一人が尋ねる。
「なあに、モーター王国が攻めてくるから気をつけろと警告を受けただけだ」
「なんと、あのモーター王国が!!」
「慌てるな!落ち着け!…確かにリニアは手強い相手だ。それに、いまやあの国には一流の魔術師がいるらしいしな。だが、危険を感じたときこそ冷静になる必要がある!作戦を迅速かつ綿密に立てたうえで、戦力を揃えて陣形を組み、返り討ちにするのだ!」
「なるほど、ではスコーピオンズ・キングダムとも手を組みますか」
「いや、カラブの提案は断った」
「何てことを!!」
「なぜです!?強力者は必須なのに!!」
「強力者なら他にいるだろう。いつも貿易しているじゃないか」
「はあ…確かに、同盟国たちは軍を寄越してはくれるでしょうが、スコーピオンズ・キングダムに匹敵するかどうか…」
「私はな、モーター軍が粘り強くは戦えないように、わざと今回はカラブを追い返したのだ」
「それは一体…どういう…」
「私が相手にしなければ、スコーピオンズ・キングダムはモーター王国を直に狙うことになる。リニアと新星のいない、ガバガバのモーター王国をな」
ランドールが最初にザッコ・ヒョロリーという名前を聞いてから、一週間が経過した。
いよいよ今日が、ヒョロリー王国との決戦の日。
リーマン王国襲撃時と同じく、馬車に乗って二時間ほど移動。
ヒョロリー王国は山々に囲まれており、広大な畑が九割を閉めている。人々はこの畑を管理しながら、周囲の山々に作られた洞窟で生活している。特に国王ザッコ・ヒョロリーの住む洞窟はひときわ大きく、内部には彼自身の部屋の他に、会議室や大広間、大臣や使用人達の部屋、そして貿易用の抜け穴が存在。事実上の城である。
[ランドール視点]
リニアとともに、峠からヒョロリー王国を見下ろす。
畑では、せっせとヒョロリー国民達が薬草の収穫に取りかかっている。どいつもこいつも軽く日に焼けており、老若男女問わずけっこう筋肉質だ。
「なぜとっとと襲わないのです?いまなら気づかれていないのに」
「ザッコの姿が見えるのを待ってるのよ。洞窟の中で戦うのは危険だから」
ふーん。確かに、洞窟の中で魔術をぶっ放したりなんかした日にゃ、天井の岩が落ちてきたりしてえらいことになるからな。
「…しかし変ね。子どもの姿が見当たらない。普通なら元気に走り回ったり、大人達の作業を手伝っているはずだけど」
「確かに。何かの用事ですかね?例えば、学校が他の国にあるとか」
「そういう国もあるけど、ヒョロリーはそうじゃなかったはずよ。外から教師を呼びよせてから、子どもたちを城に招いて教育を受けさせている、と書物にはあったけど」
「そうですか。…ところで、ザッコ・ヒョロリーとはどのような人物ですかね?会議室では聞けなかったので」
「そうね、攻撃には主に魔術を使ってくるわ。火力は高いし、魔力容量もあって、バランスよく多数の技を使ってくる。強力だから気をつけてね」
マジか…魔術師としてはレベル高そうだな。しかし魔術特化型ということは、裏を返せば体はガリガリのヒョロヒョロ。体の弱さをいかに突くか。それが鍵になりそうだ。
「あ、出てきたわ!」
リニアの指差す先には。
一番大きな洞窟から、ぞろぞろと出てくる屈強な男達。
一番後ろにいるのは、身の丈三メートルはあろうかという大男。
全身が岩のような筋肉に覆われており、太陽の光を反射してテカテカと光っている。
首から下がそんなだから、相対的に異常なまでの小顔に見えるが、猛禽類のように険しい顔つきで、鼻も顎も頬骨もしっかりしている。短く刈り込まれた金色の髪は逆立っており、上半身は裸で、ベージュのズボンを履いている。余計な装飾などは見当たらない。
「あの一番大柄で筋肉質なのが、ザッコ・ヒョロリーよ」
どこがザッコ・ヒョロリーだよ!!!
ざけんな!!
ネーミングおかしいだろ!!あんなのに名前つけるとしたら“マッチョ・ゴリゴリー”とかのが相応しいっつーの!!
てかあんなのがプロの魔術師ってどういうことだよ。どう見ても斧とか棍棒とか振り回すバーサーカーにしか見えんのだが?
「あのー…あんなやつ、どうやって倒すんですか?」
「そうね、魔術に強い私が囮になるから、あなたは掩護射撃をお願い」
二体一か…まあ、俺は比較的安全なポジションだから、大丈夫…かな。最悪、負けそうになったらリニアを置いてさっさと逃げるか、ヒョロリー側に鞍替えすりゃあ何とかなるだろ。
「私がザッコに突撃したら、ランドールはすぐにザッコの背後を取りなさい。他の兵士達には、雑兵の相手を任せるわ」
リニアは腰の鞘から、愛刀を引き抜いて構えた。
「それじゃあ突撃するわよ。モーター軍、私に続け!!」
[客観視点]
言うが早いか、真っ先に先陣を切って摺り足で進んでいくリニア。
「モーター軍が来たぞ!!全員、反撃せよ!!」
ヒョロリー王国民が、一斉に懐からペンぐらいのサイズの棒を取り出す。その小ぶりな棒の上端には、ビー玉ぐらいの大きさの水晶玉が。携帯用の小型杖である!刀や槍を振り回しながら迫りくるモーター軍の兵士達を、雷撃や炎などの魔術で足止めする。
猛スピードで突進したリニアが、刀をザッコの頭めがけて振り下ろす。が、ザッコは両手で刃を挟み込んで受けとめた。所謂、白羽取りである!!
そこに、金色の翼で真っ直ぐ飛んできたランドール。ザッコの背後に回り込み、火球を三発撃ち出す。
ボシュッボシュッボシュッ
ジュウウウ
「やったぜ!!」
火球は三つ同時に、ザッコの背中に命中。
「…痒いな」
「え…?」
ザッコの背中は多少赤くはなったものの、とりわけ見てわかるほどの怪我をしている様子はない。
「二体一とは卑怯じゃないか?リニア・モーター!!」
相手の刀を勢いよく突き放すザッコ。
刀ごと投げ出されバランスを崩しかけるも、瞬時に二本の足を踏ん張って構えの姿勢をとるリニア。
「卑怯だろうが何だろうが、私は勝つことを優先するわ。滅びるわけにはいかないもの」
再び突進するリニア。
しかし今度は、左に飛び退いて躱すザッコ。
「コールド・スネーク!!」
ランドールがかざした杖の水晶玉から冷気が放たれ、前方へと直線を描くように地面を凍らせる。
蛇のように連なった氷は、ザッコの両足に噛みついて地面に固定。
「フンッ!!」
ザッコは力ずくで両足を氷から引き抜き、足場に張った氷を踏み潰した。同時に、空中から斬りかかってきたリニアの一撃を軽々と回避。
「そろそろ俺も反撃するか…」
ザッコは右掌をリニアに、左掌をランドールに向けた。
杖なしで魔術を使うのが、ザッコの戦闘スタイルなのだ!
「ロック・イーグル!!」
ザッコの両掌から出現したメロンくらいの大きさの岩が、リニアとランドールそれぞれに向かって一発ずつ放たれる。
ランドールは身を翻して岩を躱したが、リニアは左手で真正面から飛んできた岩にパンチし、あろうことか粉砕。
「さすがはモーター家の人間。怪力自慢は父親譲りだな」
「あら、私は父よりも強くなったつもりだけど?鍛練が足りなかったかしら」
魔術のプロであるヒョロリー軍を相手に、苦戦するモーター軍の兵士達。
一方のヒョロリー軍はというと、ただ上空から足止めを行うばかりで、とどめを刺そうとはしない。実は、時間稼ぎが目的なのである。
では一体、何のために時間を稼ごうというのか…?
[カラブ視点]
サソリーナの報告によれば、モーター軍がヒョロリー王国に向かったのは間違いないようだ。
指揮官のリニアはもちろん、あのザッコを倒そうとするなら、ランドールも連れていったはず。そして下っ端の兵士も半数以上は駆り出された。つまり、いまのあの国には防衛戦に必要な戦力が残っていない。
奇襲を仕掛けるには絶好の機会。
部下を率いて馬を走らせる。
モーター王国の城が、目に見える位置まで近づいてくる。
「これより作戦を実行する!!モーター王国へ突撃せよ!!」
[サラ視点]
けさわたしがおきたとき、ジャズマイスターきょうはすでにでかけたと、ぶかにつたえられた。ヒョロリーおうこくというくにへ、わざわざとおまわりをしてむかうらしい。
まじゅつのれんしゅうをしなければ。
スコーピオンズ・キングダムをたおすちからをつけるために。
カラブのもくてきは、ほかのくにどうしをあおってたたかわせ、あらそいをたはつさせること。それをゆるしてしまうと、このせかいにおけるがいこうせいさくじたいがこんらんにまきこまれてしまう。
ジャズマイスターきょうのいっていたことすべてをしんじるわけではないが、すくなくともカラブのきけんせいについては、りろんてきですじがとおっているからほんとうのことなのだろう。
わたしはみじたくをととのえると、ぶかにばしゃをださせ、れんしゅうにつかえそうなそうげんにでた。
[ランドール視点]
ザッコは岩の他に、火球や雷も放ってきた。
リニアは上手く魔術を躱しながらザッコに突進してはいるが、振り下ろした刀を避けられてしまっている。
俺はというと、ザッコの技を避けるのに必死で攻撃を仕掛けられない。
「どうした?二対一でもそんなものか?ではそろそろ仕留めにかかるとしようか…ジョウ・スターリン!!」
ザッコの両掌から赤や青、黄色、緑に紫など様々な色の宝石が大量に飛び出し、ムクドリの群れのようにこちらへ向かってくる。くそう、数が多すぎてとても避けられねえ!!
「…アイス・バリア!!」
俺は氷の盾を出現させ、宝石をどうにか弾くことに成功。ふと左を見ると、カチカチと音を立てながらリニアが宝石の群れを剣で捌いている。
「これで仕留めにかかったつもり?」
「フハハハハ、それでこそモーター王国の跡継ぎだ!!」
リニアにしろザッコにしろ、まだ余裕が残っているらしい。こいつらほんとに人間か?
「ジョウ・スターリン!!」
再び宝石を放ってくるザッコ。
俺は氷の盾で群れを防いだ…つもりだった。
「ぐおっ!?」
俺は真後ろに突き飛ばされ、背中に地面が当たる衝撃を感じた。
氷の盾を見ると、大きなヒビが入っている。
「ぐぅっ…」
リニアの声のほうを見る。どうやらバランスを崩し転倒したようで、地面に尻餅をついている。
地面に散らばった宝石の中に埋まっている岩を見て、俺はザッコの使った搦め手を理解した。まず宝石の群れを差し向け、直後に岩を発射したのである!!なるほど、ばらまいた宝石で目眩ましをすることによって、本命の一撃を当てやすくしたってわけか。
「もう一発食らえ!!」
またしても宝石の群れが襲ってくる。
…一か八か。
「スリーディメンショナル・フレイム!!」
俺は炎のカーテンを、宝石どもに向けて放った。
所詮、宝石は化学的に構築された結晶。上手くいけば、熱で溶かせるかもしれねえ!
…だが。
「嘘だろ!?」
宝石は炎のカーテンを通過し、スピードこそ落ちたものの、こちらへ向かって来やがった!!何てこった、融点高いのかよ!!
「ハッチャアアア!!?」
熱された宝石がパラパラとぶつかってきて、火傷しそうになる。そういやサファイアは耐熱性・熱伝導性に優れていると、予備校で化学のセンコーが言ってたっけか。
「ざまあないな、ランドール・ノートン。それではこれで終わりにしよう」
「あら、私を忘れてもらっては困るわ」
リニアが突進し、ザッコの左肩を切りつけた!!
「ぬうう…小癪な」
ザッコの左肩には切り傷ができ、僅かにではあるが出血している。
「筋肉が邪魔ね。普通の人間ならもっと血が出て、致命傷にもなりうるのに」
「ミリタリー・プラント!!」
即座に、俺は地面から灰色の木の根を出現させた。
「うぉっ!?」
ザッコは足を滑らせ転倒!!
「コールド・スネーク!!」
ダメ押しとして、木の根を凍らせる。ザッコの手と足も一緒に凍る。
「無駄だとわかりきっておろうが!!」
氷から手と足を引き抜き、立ち上がるザッコ。
その足元をめがけ、
「ワンディメンショナル・フレイム!!」
火球が、凍った地面に直撃。
ドオオオオオオオッ
急激な温度変化により、爆風が発生!!
「ふおおおおっ!!!?」
ザッコの巨体が、仰向けにひっくり返る。
「勝負あったわね」
照準を揃えるように、刀の切っ先をザッコの顔に向けるリニア。
「まだだ…こっちには切り札がある!」
ザッコは、一枚の紙を取り出した。
「こいつはな、カラブ・ドーエンが置いていったんだよ。お前らの国を襲撃するのを、手伝えってな…!!」
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