第九話 難題

[客観視点]

裏切りに失敗し、再びモーター王国の城に戻ってきたランドール。

とりあえず、その日はすぐに部屋に戻って休むことになった。リニア曰く、憤慨したルイージに出くわすと危険だから、とのことである。彼を怒らせた張本人にはもちろん、場合によっては周囲の無関係な者にまで怪我をさせることがあるらしい。ただし一晩経つと冷静になり、忘れこそしないもののイヤミを言う程度で済ませるようだ。



翌朝、リニアに呼ばれたランドールは会議室に向かった。

おそるおそる、ドアの隙間から顔を覗かせると。

「ノックは三回、が常識だろう。裏切り者」

ルイージが、座ったままちらりと横目でランドールを見ながら軽く毒を吐いた。

「あっ、す、すんません…」

「いいじゃない、細かいことは。私だってよくノックしないで部屋に入ることあるし」

「フッ…あなたはノックを忘れるどころか、ピッキングで鍵を開けて入ってきますからな」

ルイージのその皮肉を聞いて、ランドールは自分が初めてこの国で迎えた朝を思い出した。そういえば確かに、鍵をかけたはずのドアを開けてリニアは部屋に入ってきていた。

「あれピッキングだったんですか?てっきりマスターキーか何かかと」

「針金一本あれば簡単にできるの。あなたも練習してみたら?」

「本題に入りましょう。我々は雑談をするために集まったわけではないんです」

「そぉーねっ。悪いんだけどランドール、ドアを閉めてこっちに来てくれる?ルイージは忙しいから、いつまでも会議に付き合ってはいられないのよ」

「ああ、はい…」

言われた通りランドールがドアを閉めてソファに座ると、ルイージが地図を広げた。


「次に私たちが狙うのは、ここよ」

リニアが、地図上の一点を指差した。



[サラ視点]

かえってきたジャズマイスターきょうから、ジョニーがほんとうはランドール・ノートンというなまえだということと、かれがリーマンおうこくのかべをはかいしたちょうほんにんだということをつたえられた。

がっかりしちゃいけない。これぐらいのことできずつくのは、こころのよわいばか。わたしはおうだから、おとうさまのように、なにがあってもれいせいに、あたまだけでかんがえないといけない。こころにさゆうされてまちがいをおかすわけにはいかないのだ。

「残念ながら、彼は私の見た通り、大嘘つきでしたなあ、ハハッ」

「どうでもいいわ。うそつきでもてきでも、どうぐとしてりようできればそれでいい。かれのかわりはいくらでもいる」

「なんと誇り高い!さすがは女王陛下!」

「わたしはただ、おとうさまのおしえをまもっているだけ。ほこりたかいのは、おとうさまのしつけだけよ」

「謙虚な姿勢まで心得ていらっしゃる。あなた様が治める限り、国は安泰ですなあ」

うそだ。ジャズマイスターきょうだって、どうせわたしをほめてあやつろうとしているだけ。でも、いまはとりあえずいうことをきいて、およがせておこう。そのかわり、あやしいうごきがないかつねにみはっておく。そうやっておたがいはらをさぐりあうのが、けんりょくしゃのありかたなのだ。



[ランドール視点]

リニアが次に狙いを定めた標的は、ヒョロリー王国というなんとも情けない名前の国。

「ヒョロリー王国はね、魔法薬に使える薬草をたくさん栽培しているの」

「はあ…しかし、塩と違って魔法薬はここにもありますよね?」

「確かに、魔法薬の在庫は蓄えているわ。けど、それは戦争に勝って手にいれた一時的なもの。だから、そろそろ畑が欲しいと思ったってわけ」

「いまある分だと、五年後には使いきってしまう計算だ。俺としても、掃除ができなくなるのは御免だ。体を清潔に保つにも、汚れを除去するにも、魔法薬は欠かせんからな」

「そうですか…でも、こっちには塩がある。わざわざ戦わなくても」

「貿易しようって言うのか?甘いな。ヒョロリー王国には取り引き相手はいくらでもいる。塩だけでは応じないだろう。それに、こっちはまだ塩田を手にいれただけで、それを扱う人材が育っていない」

「幸い、リーマン王国の捕虜のうち何人かは、塩田の管理についてあれこれ教えてくれるそうよ。条件として、他の奴隷より待遇をよくしなきゃいけないけど」

「お前が余計なことをしなけりゃ、もう少し早く塩田を使えたんだがなあ」

「すんませんっ!」

「謝って済むのは、俺の機嫌がいいからだと思え」

「聞き捨てならないわねルイージ。ランドールをどう扱うかは私が決めるのよ?彼はあなたの部下ではないわ」

「フッ、どうやら姫様はよほどこの金髪コウモリが気に入ったと見える。だがいいかコウモリ野郎、階級はお前より俺のほうが上だ。忘れるな」

「はい…」

「話を戻すわよ。えっと…どこまで話たっけ」

「ヒョロリー王国を相手に貿易はできない、それをこいつに説明していたところでしょうが」

「そ、そうだったわね。ありがとうルイージ。残念ながらヒョロリー王国は、貿易を拒否するに違いないわ。仮に応じてもらえたとしても、不利な条件になるはずだし」

「というと?」

「正確には、値段をつり上げられる。向こうは貿易に困っていないから、不当に高値で押しつけてくるだろうな」

「なるほど…じゃあ、とっととそのヒョロリー王国を潰しましょう!」

「その意気よランドール!」

「だが油断するなよ。何しろサラ・リーマンと違ってザッコは」

「こら、余計なことは言わない。今朝の約束を忘れたの?」

「チッ…」

「なんです?約束って」

「な、なんでもないわ。こっちの話だから」


次の相手はザッコ・ヒョロリーか。名前からして楽勝だぜ。



[カラブ視点]

サソリーナの報告でリーマン王国の崩壊を知った俺は、ヒョロリー王国に向かった。次にリニア・モーターが狙うとしたら、おそらくあの国だ。



ヒョロリー王国に到着した俺は、俺の名前とスコーピオンズ・キングダムの名前、ザッコに用がある旨を彼の部下に伝えた。その部下が奥に引っ込んでから、一分もしないうちにザッコ本人が出てきた。

「カラブ・ドーエンか…スコーピオンズ・キングダムの王が、我が国に一体何の用だ?」

「単刀直入に言おう。モーター王国がこの国を狙っている。力を貸したい」

「それは結構だが、そちらにメリットはあるのか?」

「我々も、モーター王国は脅威だと感じている。強くなりすぎる前に潰しておきたい」

「確かにモーター王国は侮れないが、なぜいまになってわざわざ潰そうと?」

「あの国の軍事力に進展があった。まず新しい戦力として、強力な魔術師がいる。それから、リーマン王国が植民地になった。女王も処刑されたらしい。さらにまずいことに、モーター王国は手に入れた塩田を使って、ジャズマイスターと貿易まで」

「放っておけ、我々には何の関係もない」

「リニア・モーターが、この国に目をつけないと思うか!?あの女は父親にも勝る野心家だ!その上、背後にジャズマイスターまでつこうもんなら」

「ジャズマイスター卿は馬鹿ではない。無駄な争いは避けるだろう。リニア・モーターもな。あの二人は計算高いから、寧ろ我々とは友好関係が築けるはずだ」

「お前は希望的観測に賭けるというのか!?」

「お前を信用できないだけだよ、カラブ・ドーエン。土地を持たずにうろうろしている国の王が、何を企んでいるやら」

「俺はただ、先手を打って危険な勢力を片付けたいと」

「モーター王国に新人が加わり、リーマン王国が滅び、お次はジャズマイスター卿?それだけの動きがあったというなら、とっくに我の耳に入っているはずだ」

「ここ数日間で起こったんだ!!」

バンッ

思わずテーブルを叩いてしまった。

ザッコが目を見開く。

「…すまん、つい感情的になってしまった。ただ俺はモーター王国を潰したい。ゆくゆくはジャズマイスターも。なんなら我が国とそちらが手を組んで、モーター王国に攻めいることも考えている」

「なぜそこまで目の敵にする?何を企んでいる?真の目的は何だ?」

「そこまで言うなら仕方ない。だがいいか?お前たちとモーター軍は必ず戦うことになる。そのときになっても手は貸さんぞ」

俺は仕方なく、引き上げることにした。


だが全てを諦めたわけではない。


協力してもらえないなら、こちらで勝手に動くだけだ。



[客観視点]

会議が終わったあと、ランドールは杖と書物を持って、モーター王国の壁の外に出た。

技のバリエーションを増やすためだ。

他の魔術師が放っていた稲妻はもちろん、氷や植物などを駆使する魔術も使えたほうがいい。そういった基本的な技の数々は、自分で名前をいちいち考えるより、本に載っているのを拝借したほうが手っ取り早い。そのうえで、応用戦術を自分で考える。受験勉強と同じプロセスを、ランドールは活用するつもりでいるのだ。

一本の木の前に立ち、杖の上端の水晶玉を向ける。慣れない技を練習するには、動かない標的を狙うのが一番いい。

まずは稲妻の技のうち、最も簡単そうなシンプルなものから。

「クラック・イン・フロント・スペース!!」

目の前の空間をほとばしった紅色の稲妻が、標的の木にまっすぐ命中。木は一瞬で黒焦げに。

「コールド・スネーク!!」

こんどは、冷気が地面の上を走っていく。ランドールの目の前の地面から焦げた木までの地面が、一直線に凍りつく。

「ミリタリー・プラント!!」

地面の凍りついた部分だけをなぞるように、地中から灰色の木の根が出現。ただし、この根は本来のそれと違い、生命を持たない。



“果実の国”の宮殿二階に位置する会議室は、モーター王国の会議室の少なくとも十倍は広い。四方の壁は真っ白い大理石でできており、床を覆う紅色のカーペットには、金の刺繍が施されている。壁と同じ大理石でできた正方形のテーブルは、部屋の三分の一を占めるほど大きく、部屋の中央に置かれている。そしてそのテーブルを囲んでいるのは、茶色い革のソファ。

「この国の大臣はやたらに贅沢をしたがるからねえ…私はもうちょっと扱いやすいほうがいいと思うんだが」

部屋の内装を眺めながらそう言って、ソファに腰を下ろすジャズマイスター卿。

隣に、ちょこん、と座るサラ。しかし王の威厳を損なうまいと、咄嗟に背筋を伸ばす。

「わたしをここによんだということは、なにかようがあるはず」

「お気づきですか!さすがはリーマン王国の正統な王位継承者だ、ハハッ。まあ用件といいましても、そう急ぐことではありませんがね。あなたが魔術を使って戦えるようになってから、の話ですので」

「すると、たたかいのはなし?」




「…陛下は、カラブ・ドーエンという男をご存知ですかな?」




「カラブ・ドーエン?たしか…おとうさまからそんななまえをきいたことが…いどうするくにのおうじ…だったはず」

「そうですとも!正確にはかつて王子で、いまは王になっていますがね」

「そう…ところでそのカラブ・ドーエンが、わたしとなんのかんけいが?」




それまで穏やかな笑みを浮かべていたジャズマイスター卿は、急に真剣な顔つきになった。




「あの男は危険です」




「そうね。きほんてきにすべてのけんりょくしゃはあぶないわ。かれもきっとおなじ」

「私は一般論ではなく、カラブ・ドーエンについて話しているのです!…確かにあなたの言う通り、権力を持つ者はそれ相応に野心も計画性もある。だからこそ、冷静になって取り引きができるじゃありませんか。しかしカラブは違う。…彼は、戦争を引き起こすこと自体を目的にしている。つまり、貿易や交渉などといった平和的な考えが、通用しないのです」

相変わらずそこまで抑揚はないものの、ゆったりとした口調の奥底から必死さが伝わってくる。年を取っているゆえか、少し息が辛そうにも見えるが。

「なぜそういえるの?」

「スコーピオンズ・キングダムの本質がそうだからです。あれは移動国だから、自分の土地を持たない。つまり何も生産していない。彼らが繁栄する一番の方法は、戦って軍事力を誇示すること。先代の王はその風潮を変えるため、土地を持つことも考えた。しかしカラブは、本来の移動国を取り戻そうと計画している。彼はいままさに、他の国に押しかけ、それぞれを煽って対立させようとしている、その途中なのです…!」



ヒョロリー王国をあとにした、スコーピオンズ・キングダム。

「ザッコの強力なしでモーター王国は倒せません。いまいちど、ザッコとの交渉を」

ドクバールが進言するも。


「交渉には失敗したが、ザッコも少しは身構えるだろう。そしてリニアは、必ずランドールを率いてヒョロリー王国を襲う。そのときがチャンス!がら空きになったモーター王国を、我々が襲撃するのだ!!」


真剣な表情でそう答えたカラブは、馬の手綱をぎゅっと握りしめた。

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