第八話 交渉

[客観視点]

サラから、魔術を教えるよう乞われたランドール。

「別に構いませんけど、基本的なことしか教えられませんよ?」

「きほんはだいじ。おとうさまもそういってた。こまかいことやむずかしいことはじぶんでべんきょうするから、それいぜんのひつようなことについて、おしえてほしい」

「なるほど、まずは本質を掴みたいってことですね。でしたらまずはこれを手に持ってください」

魔法の杖を手渡す。

「杖がなくても魔術は使えるっちゃ使えるんですが、なにしろあったほうが便利なもんでして。それに、初心者は杖がないとなかなかコツが掴めませんし」

「わかった」

言われた通り、杖の真ん中を掴んで、水晶玉を上に向けて持つサラ。

「かんさつしてたんだけど、まじゅつしのひとたちは、みんなこんなかんじでもってたとおもう」

「おっ、よく見てますねえ!観察眼は大事ですよ、相手の技を盗めますから」

「ありがとう」

ずっと張りつめていたサラの表情が、少し穏やかに緩む。

ランドールは内心、決まり悪くなって、眉を八の字にしてちょっぴり申し訳なさそうに笑った。いくらランドール・ノートンといえども、よりによって“俺があんたの国をぶっ壊して国民どもを血祭りにあげた元凶だ”などとはとても言えない。

「じゃあ、次は試しに、火球を放ってみましょうか。ええと…的にな、り、そ、う、な、も、の、は」

キョロキョロと周囲を見渡す。別に何を的にしてもいいのだが、建造物やら像やら色々ありすぎて、逆に困る。

「できれば、にんげんでためしたい」

「ええっ!?」

サラのおぞましい一言に、ランドールはぎょっとした。

「ごかいしないで。べつにあなたをまとにするとはいってないから。そこにたおれている“かじつのくに”のへいしたちでためしてみたい」

「し、しかし、俺だって別に最初から人で試したわけじゃ…」

「わかってる、ほんとはだんかいをふむべきだって。でも、わたしにはじかんがない。いつてきにおそわれるかわからないし、みかたによるうらぎりだってかくごしないといけない。だったらせめて、じぶんのみはじぶんでまもれるようになっておきたい」

「それは…そうですが」

「それに、いまのわたしにたりないのは、まじゅつだけじゃない。まだわたしは、ひとをころしたことがないの。でもこくおうには、ひじょうになるかくごがひつよう。おとうさまもそういってた。だからまずは、てきをころすことになれておかないと」

「そこまでおっしゃるのなら…」

ランドールは倒れている兵士の一人をズルズルと引きずって、白い大理石の柱に縄で縛りつけた。

「それではこいつに向かって、火球を投げつけてみましょうか。まずはその杖の水晶玉を、標的に向けてください」

言われた通り、水晶玉を兵士に向けるサラ。

「次は目を瞑って意識を集中、火球が相手に向かって飛んでいくのをイメージ。で、技の名前を叫ぶ。“ワンディメンショナル・フレイム”と叫んでください」

「ワンディメンショナル・フレイム!!」

水晶玉から、消しゴムぐらいの大きさの火の玉が飛び出し、兵士の左肩を掠めた。

兵士は目を覚まし、しかし自分が置かれている状況を理解できず、ジタバタともがく。

「しっぱい?」

「いえ、最初はそんなものです。慣れればもっとうまく撃てますよ。それに、使い慣れた技は目を閉じなくても、声に出さなくても、意識だけで使うことが可能になります。次はもっと大きな火球をイメージしましょう」

再び目を閉じるサラ。

「なんだよ…何をしようってんだ…拷問か何かか?」

兵士が真っ青になる。

「ワンディメンショナル・フレイム!!」

こんどは握りこぶしぐらいの火球が飛び出す。

「おい、やめろよ!!やめてくれって!!」

懇願する兵士を捉え損なった火球は、後ろの壁に命中。壁に穴が開き、炎と黒煙が立ち上がる。

兵士は汗だくになって、ハァ、ハァと荒い呼吸をする。

「はずしたわ…」

「じゃあ、次は顔を狙ってみましょう。狙いがはっきりしていると当たりやすいので」

「おい、もう勘弁してくれよ…頼むって…俺には家族がいる!あんたらを襲撃したのは、上の命令だ!!頼むよ、解放してくれ…」


「ワンディメンショナル…」


「へ、兵士なら、そこにもたくさん転がってる!!なんで俺なんだよ!!」


「フレイム!!」


火球が、兵士の顔めがけて、まっすぐ飛んでいく。




もう駄目だ、と兵士が目と口をぎゅっと閉じた、そのとき。




別の火球が横から飛んできて、サラの放った火球にぶつかり、相殺して消えた。




「技の練習を邪魔して申し訳ない。だが、そこの下っ端どもには何かと世話になってるんでね」

抑揚は少ないが、紳士的な落ち着いた声。


ランドールとサラが、その声のしたほうを見ると。




「私はジャズマイスター。三つの国の相談役だよ。それとも参謀と言ったほうがいいかな?ハハッ」



[ランドール視点]

このオッサンがジャズマイスター卿か。

見たところ、五、六十代のジジイといった感じだが、背筋がまっすぐ伸びているからか、想像してたのより若々しい。ぶっちゃけ、サラから話を聞いたときはもっとヨボヨボのジジイかと思ってたからな。

ダブルボタンのグレーのスーツと、同じくグレーの小ぶりなハット。全体的に清潔感があり、髭もきれいに剃られている。銀縁に黒いレンズの眼鏡をかけていて、どんな目をしているのか確認できない。

ジャズマイスター卿はハットを取ると軽く頭を下げた。白髪が多いせいで髪は灰色に見えるが、さっぱりと短く刈られていて、やはり清潔感がある。

「お偉いさんが一体何の用だ?」

俺が食ってかかると。

「あれ?さっき言ったはずだよ。そこの兵士どもを解放してやってくれ」

「断ったらどうする?」


「そのときは、こっちも覚悟を決めないとねえ」

ニヤリと笑い、杖の水晶玉を撫でるジャズマイスター。


…こいつは一体何を企んでる?


「第一、それを判断するべきは君ではなく、女王陛下のはずだよ?どうなさいます?陛下」


「わたしは…わざのれんしゅうはいったんやめる」


おいサラ、こんなやつ信用して大丈夫かよ?そりゃ大物には間違いなさそうだが、だからこそ嫌な予感がする。


「そうしていただけて何よりです。ハハッ、練習相手なら、あとで用意しますとも。そうだ、それともう一つ、女王陛下に頼みたいことがありまして




…この“果実の国”の、新しい大臣になってもらえませんかね?」




「絶対に信用するな、サラ!!そんなムシのいい話があるわけ」

「君には訊いていない。悪いが下がっていてくれ」

ちくしょう…。

「わるいけどジャズマイスター、わたしはジョニーのいうとおりだとおもう。だってあなたにりえきがないもの。このはなしにはうらがある」

「私の利益というより、これは国の問題です。だってそこに転がっている大臣は、もう使えないでしょう?」

「たしかに。しんだにんげんにはせいじはできない」

「ね?欠員が一人出ているのだから、新しく補充するのは当然。間違っていますか?」

「それはそうだけど、なぜわたしを?わたしはまだせいじができるほどのねんれいではない。ちからになれないとおもうけど」

「ハハッ、実際に仕事をしろとは言いませんよ。あなたはただ、権力を貸してくれたらいい。リーマン王国の正当な王なら、その名前こそが政治に使えますからね」


「…わかったわ。じょうけんをのむ」

「おいサラ!!信用するな!!」

「わかってる。あやしいはなしだって。けど、ことわったとしてもわたしにはメリットがない。だから、あやしいのをかくごのうえでじょうけんだけはうけいれることにする」

「サラ…」

そうか、あんたには帰る場所がないもんな。…いやまあそうなったのは俺のせいでもあるんだが。

「いやぁ~ありがたい!!今日の私はとことんついてるなあ、ハハッ!それでは交渉がうまくいったところで、そこの魔術師くん、君に話を移そうか」

「え、俺?」

急に?

「君は何者かね?女王陛下とはどういう関係かな?」

そんな、急に言われても…

「かれはジョニー・デップ。ひとりでたびをするのはかこくだから、いっしょにきたいって」

ちょ、サラ、勝手にいろいろ言うなよ…

「ほう、つまり経歴には謎が多いと」

んなっ!?

「生まれた場所は?家族は?友人は?」

うっ…正直俺もよくわかってないんだよな。だってこの世界においては記憶がないし。まあ、所詮は俺が見てる明晰夢。目が覚めるまでの辛抱、なんとかなんだろ。

「…信用できないのは、寧ろ君のほうじゃないのかい?」

「何ぃ…?」

「…ま、現時点では敵対することもないか、ハハッ。そうだ、君にはモーター王国との交渉を頼もう」

「ゲッ、モーター王国!?」

そりゃやばいって!!こちとら裏切り者だぞ!?

「リーマン王国の塩田は、いまやモーター王国のものになっている。だったら、貿易相手は当然…だろ?」

なんだよ…ただ塩が欲しいだけか。

「へへっ、安心しな。塩ならモーター王国に頼まなくても…あっ!?」

しまった!!口が滑った!!

ジャズマイスター卿から反らした俺の目線が、サラと合ってしまう。

「ジョニー?どうかしたの?」

「い、いいや、なんでもないです女王陛下殿!!も、モーター王国ですね?行ってきまーす!!」





…で、俺が飛んでいった先で見たものは。


塩田に等間隔に並んだ、藍色の旗。

せっせと塩の収穫に励む人々。




「あら、お帰りなさいランドール。塩田を私たちにくれてありがとう」




リニアアアアアアアアアアア!!!!!

ざけんな!!他人ひとの留守中に土地奪ってんじゃねえ!!ダイナミックな空き巣か!!

「な、なんてこった…俺の土地が…」

「そうがっかりしないの」

リニアは俺の肩に手を回し、軽くポンポンっと叩いた。

「謀反はなかったことにしてあげるから」

…まったく、寛大なんだか腹黒いんだか。

「ただ…ルイージには気をつけないとね。私は怒ってないけど、彼はカンカンだったから」

マジかよ…そういやあいつ神経質そうだったもんなあ。トホホ…これじゃリニアの傘下に戻っても安心して眠れるかわからねえ。

「さてと、これで三つの国とも交渉できるわ。リーマン王家と違って、ジャズマイスター卿は融通が効くから楽だわ。…あら、もう海の向こうから船がやって来ているじゃない」

え?

「モーター軍、念のために警戒しなさい!でもこっちから仕掛けてはいけないわ!まずは話をするから、私が命令するまで攻撃しないこと!いいわね!?」


…ほんとだ。

やっべえ!!貿易船だ!!

俺がサラにくっついてたのがバレる!!


そして、船から降りてきたのは。


「やあ、モーター王国の諸君!私だ、ジャズマイスターだよ!安心したまえ、敵対するつもりはない。貿易の話をしようと思ってね。お姫様はどこかな?」

「ようこそジャズマイスター卿。私がこのモーター王国のプリンセス、リニア・モーター。ちょうど私も貿易のことについてお話ししたいと思っていたところよ」

「おおっ、円滑に話が進みそうで助かります!!」

「こちらこそ!この日をどれだけ待ち望んだことかしら!」

「喜んでいただけて何よりです。では、詳しい話は後日行うとして、今日はこちらの簡易契約書にサインを」

ジャズマイスター卿が差し出した紙に、嬉々として署名するリニア。

俺は蚊帳の外。…いや、いまは寧ろそのほうがいいか。目立たずにこの場から離れよう。


…と思って立ち去ろうとした瞬間。

「ランドールもありがとう!!これはあなたの手柄を起点にして始まったのよ!!」

「ぎくぅ!!?」

リニア!!余計なこと言うんじゃねえ!!

「ランドール?」

「ええ。ランドール・ノートン。最近拾った魔術師よ。彼、とっても使えるの!」

「すると、リーマン王国の壁を破壊したのは…」

「ええ、ランドールよ」

リニアアアアアアアアア!!!!!

「そうですか。…君、私の前ではいろいろと嘘八百を並べてくれたねえ」

「ひぃっ!?」

「ハッハッハ、大したものさ!私もてっきり騙されたよ。ま、嘘も使いようさ。今日は結果オーライ、恨みっこなし!ハーッハッハッハ!!」

「やるじゃない、ランドール。あなた、口の才能もあるのね」

「いや、まあ、なんというか、その…」

「彼には一本とられたよ、まったく。いやー変な名前だとは思っていたが、まさか偽名とは」

「あら、彼は一体どんな偽名を?」

「ジョニー・デップ…だってさ」

「ジョニー・デップぅ!!?ぶふふぅ!!」

シャワーのごとく吹き出すリニア。

「な、なにその名前…フフフ、変な名前…ヒヒヒヒ、聞いたことない…ホッホッヒャッハッハ!!」

ツボるんじゃねえ!!こっちの世界じゃ変な名前かもしれんが、現実世界じゃ大スターと同じかっこいい名前なんだよお!!てめらの物差しで笑うな!!

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