第七話 同乗

[ランドール視点]

…まっっったく、なあんてこったい!!

俺の企てた塩田人質作戦は、あろうことかリニアのほうからの撤退宣言でパアになっちまった。

どうしたものか…

落ち着いて状況を整理しよう。

まず、モーター王国に力ずくで攻めいるのは無理だ。俺一人で軍隊を相手にするのはさすがに無茶だし、例え百人の兵士を葬ったところで、最後に待ち構えているのはよりによってあのリニアだ。馬より速い摺り足で突進されたらひとたまりもない。

かといって、口八丁で丸め込める相手でもなかろう。というか、さっき失敗した人質作戦こそ、そういう手段だったもんなあ。

力ずくでも、口車でも駄目。じゃあどうすりゃいい?


…そうだ、他の国を味方につけよう。


リーマン王国は塩の宝庫だが、さすがに塩だけ食って生きてるわけじゃないはず。貴重な塩がこんなにあるということは、強力な貿易相手だっているだろう。そういや確か、沿岸からでけえ船が出ていってたよな。兵士をあれだけ港に立たせて、まるで船を庇ってるみたいだった。

…じゃあなんで女王は処刑された?

普通なら、王様を真っ先に守るはず。逃げるとしたら、まず王族から優先的に船に乗せるだろう。

家来たちが、女王を置き去りにしてでも守りたいものっていったいなんだ?

まさか…

いや、考えすぎだろう。きっと国民や家来を一人でも多く守ろうとした、自己犠牲的な女王だったんだ。まったく、人がいいばっかりにリニアの餌食になるとは。

とりあえず、俺が次にすべきことは。

リーマン王国の生き残りの船にちゃっかり同乗して、貿易相手の懐にそれとなく入り込み、モーター王国をギャフンと言わせる、それだけだ。



港を出発し、魔術“ライトニングバード”を使って海の上を飛行する。


遠方に、大型船を見つけた。


俺はまっすぐその船に向かうと、甲板の上に降り立った。そして、

「ディスガイスド・ソード…」

光の剣で足元の甲板をこじ開け、船内に忍び込んだ。


船内は薄暗く、壁に等間隔で並んだ瓶の中から橙色の明かりが照らしているだけだ。どうやら、魔法薬をランプ代わりにしているらしい。壁にドアがいくつも並んでいるのを見ると、ここは廊下のようだ。


「だれ…?」


少女の声。

振り向くと、そこにいたのは。




ふんわりとしたドレスを着た少女。

ツインテールが肩まで降りている。

身長は俺と同じか、あるいはもう少し小柄かもしれない。

ドレスにしろ髪にしろ、こう薄暗いと色までははっきりしない。

ひょっとしたら王族かもしれん。俺はへりくだることにした。

「あなたは、しゅっぱつするときにはいなかったとおもうけど」

「お、俺は、その、たった一人で、宛もなく旅をしてた、一介の魔術師でして…」

「まじゅつし…?」

「その…一人じゃなにかと困るし、せっかくなら、どこかの国に協力して、雇ってもらおうかと…」

「リーマンおうこくはもうない。とちをうばわれた」

「ま、また再建すりゃあいいでしょうよ!!そのためにも、俺もお力添えしますぜ?塩田だって時間はかかっても、きっとまた復活させますとも!!」

「うーん…わかった」

よかった。なんとか騙せだぞ。

「で、あなたのなまえは?」

「な、名前?そうですね、えーと…」

目が泳ぐ。ランドール・ノートン、なんて名乗ったら、正体がバレるかもしれん。この際、別人を名乗っておくか…。

「ああ、そっか。ひとになまえをきくまえに、じぶんからなのるべきだったわ。



わたしはリーマンおうこくのじょおう、サラ・リーマン」




「やっぱり替え玉だったか!!」

思ってることがうっかり声に出てしまった。

「やっぱり?」

「いや、その…リーマン王国の女王が処刑されたって話を聞いたんです。一国の王がそう簡単に殺されるものかと、疑っていたので、つい…」

「じゃあ、かえだまはしんだんだ…」

サラの瞳が曇る。

「…立派な最期だったと思います。主君のために、命を差し出すなんて。並大抵の覚悟でできることじゃないので」

「でもおとうさまは、ぶかがあるじのためにいのちをおとすのはとうぜんだっていってたわ。というより、とうぜんだとおもわなきゃ、おうとしてやっていけないって」

マジかよ…毒親じゃねえか。

「そうそう、俺の名前、まだ言ってませんでしたよね。えーと…」

偽名、偽名…あんまり時間かかると、怪しまれる…

「俺の名前は、




…ジョニー・デップ」




船から連想される人の名前を咄嗟に使ってしまった。ジョニー・デップさんごめん。

「ジョニー・デップ?めずらしいなまえね。きいたことない」

こっちの世界の住民にとってはジョニー・デップって変な名前なのか。俺に言わせりゃリニアモーターだのルイージグリーンだのサラリーマンだののほうが…。



サラ曰く、リーマン王国の主な貿易相手は三ヶ国。一つは靴の仕立てや建築、料理や活版印刷、教育や芸術などなにかと技術に長けた“技術の国”。一つはワインやブランデーなどの果実酒造りのほか、食用の果実の生産も行っている“果実の国”。そして最後の一つは、ジャガイモや玉ねぎ、野菜や穀物といった農作物のほか、家畜を育てて食肉やバターを生産している“農業の国”。この三つの国は協力関係にあり、とりわけ技術の国は他の二つの国から食料や材料を大量に仕入れるかわりに、製品の提供や建築家・大工など技術者の派遣を行ったり、教育・医療などの機関を無償で使用させたりしている。しかし塩だけはどこの国でも取れず、リーマン王国に頼るほかない。最も、そのリーマン王国は事実上滅亡し、塩田はいまや俺の支配下にあるのだが…。それぞれの国には王のようなトップのリーダー格は存在せず、複数人の同格の大臣たちで政治を行っているという。国の名前が固有名詞ではないのもそれが理由らしい。…ただし、三つの国の中心には“ジャズマイスター卿”なる人物が邸宅を構えて住んでおり、大臣たちより格上の存在なのではないかと噂されているらしいのだが…。彼は公には“政治に口出しすることのない要人”とされている一方、噂では“三つの国を一つにまとめている真の統率者”とも言われている…。



二時間ほど船に揺られただろうか。

船を降りると、いきなり視界が明るくなって面食らった。思わず目を瞑る。

日差しは斜めに傾いてきているが、まだ赤くなってはいないので、おそらく今は午後の三時といったところだろう。おかげで、サラのドレスが白いのと、髪が赤紫で瞳が水色である、ということがわかった。

どうやら、お目当ての貿易相手国に到着したらしい。

港には、甲冑を身につけた数十人の兵士たちが横一列に並んで待ち構えていて、彼らの背後には等間隔で黄色い旗が並んでいる。

「“かじつのくに”のひとたちだわ。きいろいはたがたってるもの。あおがぎじゅつで、あかがのうぎょう。そうやってみわけるの」

ふーん、色分けなら遠くからでも目で確認できるから、便利っちゃあ便利だな。そういやモーター王国の旗はどんな色だっけか。

サラの家臣の一人が進み出ていって、一枚の黄ばんだ紙を兵士に見せた。

兵士の列が開き、何台もの馬車がぞろぞろと運ばれてきた。

「わたしたちはここではきゃくじんあつかいだから、ばしゃにのっていどうするの」

おそらく、さっきの紙は何かの許可証なのだろう。



[客観視点]

“果実の国”は広大な果樹園と、その一割に満たない広さの町で成り立っている。といっても、町の面積はモーター王国の土地のそれと対して変わらないぐらいには広いのだが。

町の中央には宮殿が存在し、その内部は一階がパーティー用の大広間で、二階が大臣たちの集まる会議室。この会議室で行われる政治というと、具体的には国民の状況管理、果実生産率の確認、トラブルへの対抗策の立案、そして貿易中心の外交政策の立案。基本的に、他の国の要人はこの宮殿に招かれ、会議室にて交渉を行うことになっている。現在、訪れたサラ達も例外ではない…はずなのだが。

「なぜにかいにあがらせてもらえないの?」

「この国の大臣である我々の判断だ。そもそもお前を交渉相手として扱うわけにはいかん」

茶色い背広を来た八の字髭の太った大臣が、代表してサラの問いに答える。

「わたしとあなたたちはあったことがある。びょうきのおとうさまといっしょにここにきたこともあった。つまり、あなたたちはわたしがいまのじょおうであることをしっている。それなのに、なぜ」

「まず子どもを王として向かえるなど言語道断。先代の王が亡くなったとはいえ、お前が成人するまでの間は代理人を立てるべきだった」

「そんなことしたら、そのだいりにんがうらぎってそのままおうでいつづけようとするかもしれない。おとうさまがそういってた」

「裏切りを防げずに失脚するような王家など、滅んだところで当然だろう。それから交渉できないもう一つの理由として、既にリーマン王国が存在しないことが挙げられる」

「とちはそんざいしなくても、おうはここにいるわ」

「土地がないということは、即ち塩田がないということ。つまり助けてやっても、塩が手に入るわけではない!」

「ふねにしおをたくさんつんできたわ!いまはそのしおをさしだすから、えんでんをとりかえすためにきょうりょくして!」

「あのモーター王国を相手に真っ向から戦えと?無茶だ!」

「そんなことない!やつらはまほうをつかえない!」

「だとしたらリーマン王国の砦が破壊されるはずがなかろう!モーター王国は専門の魔術師を手にいれた、もはやあの国に勝つすべはない!第一、あの砦を“技術の国”に建設させた真の理由を、お前は知らないと見た」

「…どういうこと?」

「砦が破壊されたとき、モーター王国に一流の魔術師が仲間として加わったと一目でわかる。つまり、お前たちはただの捨て駒だったのだよ」

「…わたしたちをみすてると、しおがてにはいらなくなる」

「なあに、モーター王国を新しい取引相手にすればよかろう。我々にとってはいままで通りだ」

ほくそ笑む大臣だったが。


「ええい、下手に出るからいいように扱われるんだ!!やっちまえ!!」

痺れを切らしたランドール。

彼の放った火球が、大臣の顔面にクリーンヒット!!

「モアアゴオオオオッ!!!!?」

ひっくり返る大臣。

「ジョニー!!なにをするの!?いまはこうしょうちゅうで」

「交渉ならとっくに終わっただろうが。そこの髭豚のせいで決裂したぁ!!顔面をチャーシューにしたってバチは当たらねえだろうよ!!」

大臣は、いつぞや同じ目に遭わされた盗賊と同じように、仰向けでフゴフゴと苦しそうにもがいている。顔からは炎と黒煙、そして肉汁が。

「曲者!!」

“果実の国”の兵士たちが、一斉にランドールを殺しにかかるも。

「ツーディメンショナル・フレイム!!」

炎の束が、兵士どもを焼き尽くす!!

「ギェェェアアアアア!!!」

「神様!!アアッ神様アァァァ!!!」

「助けてくれえええ!!!」

「畜生!!!」

「痛いよおおおお!!!」

地獄絵図である。

「ハーッハッハッハッハッハ!!」

高笑いするランドール。

こんどは上空から、彼めがけて“果実の国”の魔術師たちが一斉に稲妻を放ってくる。

「おおっと!!」

ランドールは身を翻すと、

「スリーディメンショナル・フレイム!!」

炎のカーテンで、敵の魔術師たちを包み込んだ。

…が。

さすがに相手も魔術師というべきか。各々が手に持っている杖を、光の剣や槍に変化させると、炎のカーテンを引き裂いて出てきた。

こんどは火球を放つランドール。

だが、敵たちは相手にするどころか、

「この魔術師は我々の手には負えん。ジャズマイスター卿に報告しよう」

あろうことか、尻尾を巻いて逃げ出した。

「ハーッハッハ、思い知ったか!!」

「ジョニー…」

「ん?」


「わたしも、まじゅつがつかえるようになりたい」


「おやおや、そんなに俺の戦いぶりは気に入っていただけましたかな?女王陛下」


「わたしはほんきよ。わたしはこうしょうにしっぱいしたけど、それはかくごがあまかったから。あなたをみていて、てきをちからでけしさることのたいせつさにきづいたわ。だから、まじゅつをおしえてほしい…というより、おしえて。これはおうとしての、あなたへのめいれいよ」

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