第六話 初陣

[客観視点]

海沿いの、リーマン王国。

ここにはよく整備された、広大な塩田がある。

現在、この国は女王サラ・リーマンによって統治されている…といっても、王になったばかりのサラはまだ未熟なので、実際には彼女の部下たちが政治を担っているのだが。

リーマン王国は、自国で収穫した塩を自国で消費するのみならず、海に船を出して頻繁に外国との貿易を行っている。そうして地位を確立し、争いを避けているのだ。


…だが、その平和も終わりを迎えようとしていた。



モーター王国がリーマン王国を侵攻できない最大の理由は、リーマン王国の後ろ楯であった。貿易によって、海の向こうの国々を味方につけているのである。下手にリーマン王国に手を出せば、他の国とも戦争になりかねない、というリスクがあったのだ。

リニア・モーターは剣と体術においては右に出る者がほぼいないのだが、魔術がからっきし使えない。他の連中も、魔法薬に詳しい者は何人かいるものの、魔術となると明るくない。モーター王国には、戦えるほどの魔術師はいなかったのである。


ランドール・ノートンがスカウトされるまでは…。



リーマン王国は、モーター王国を少なからず警戒していた。陸続きであり、距離もそれほど遠くない。だから、砦を造って国を囲っている。この砦、貿易相手国のうちの一国から取り寄せた材料と技術で造られており、魔術なしでは破壊できず、そのうえ少しでも削れば狼煙が上がり、後ろの貿易相手国たちに気づかれてしまう仕組みとなっている。砦を一撃で突破し、その日のうちに国を制圧してしまわなければ、逆にモーター王国にとってまずい事態を招いてしまうのだ。


だがいまは、モーター王国には魔術師ランドールがいる。

無謀に思えた計画も、もう不可能ではないのだ。



日の出から三時間ほど経った頃。

リーマン王国をめざす、モーター騎士団。

ぞろぞろと列をなして進む馬。それぞれの背中に1人ずつ、黒い甲冑を纏った兵士が乗っている。

それらの馬どもの群れの真ん中には、ランドールとリニアを乗せた馬車が。

ルイージはついてきていない。リニアが留守にする間、国内に残ってやるべき仕事があるからだ。それに、リニアがいない間、目を光らせて国内を管理しておける人物といえば彼ぐらいしかいない、というのもある。



一時間もしないうちに、例の砦が見えてきた。

五メートルほどの高さで、リーマン王国の四方をぐるりと囲んで正方形に並んでいる。黒い大理石のようなものでできており、表面は滑らかだ。表面には白い紋章がいくつも刻まれており、これが狼煙のトラップとなっているらしい。


たとえ目前にあろうと、削ることさえ許されなかった、実体以上に大きく立ちはだかっていた壁。

その壁を破壊できるときが、ついに来たのだ。

その高揚感からか、リニアはおもわず口角を吊り上げ身震いした。


その隣で。


ランドールは、塩田を利用した下克上の計画を虎視眈々と頭の中で練り上げていた。



騎士団は砦沿いに整列した。

馬車を降りた、リニアとランドール。

「ね、頑丈そうでしょ?」

「こりゃ参ったな、果たして破壊できますかねえ?」

「そのためにあなたをここまで連れてきたのよ。この砦は他ならぬ私たちを警戒して造ってある。つまり、相応の魔術師でなければ突破できない」

「俺が、それだけの力を持っていると?」

「そうね、カラブとの戦いを見せてもらって確信したけど、それ以前から可能性が高いと思ってはいたわ。血液検査の結果といい、枷を簡単に外したあの魔法といい。カンヴェニエン・ディストラクションだっけ?あんな技、どこの国でも見たことがないわ」

そう、実はカンヴェニエン・ディストラクションは、書物にすら乗っていない魔術だったのだ。魔術師としての類い稀な素質をもつランドールだからこそ、できた芸当なのである。

「ああ、あれですか。この砦にも使えるといいんですがね」

そう言いながら、ランドールはその小さな手を砦の表面にピタリと当てがった。


「カンヴェニエン・ディストラクション!!」


砦はプスリ、と軽い音を立ててあっさり崩れ、ただの砂の山になってしまった。

狼煙が上がることはなかった。



[ランドール視点]

「全軍、列を組みなさい!!これからリーマン王国を植民地にしてやるわよ!!」

嬉々として声を張り上げると、リニアは腰のサーベルを引き抜いた。


よく見ると、正確にはサーベルではない。

というより、こっちの世界ではサーベルなのかもしれないが、なんか刃の部分が日本刀によく似ている。日光を反射し、ギラギラと光っている。

「これは我が愛刀、クチガポカンよ。正確には、モーター家に代々伝わる愛刀、つまり、武器でありながら同時に家宝でもあるわ」

リニアが勝手に説明を始めた。俺が刀をじっと見ているのに気づいたようだ。

クチガポカン…間抜けな名前だな。口がぽかん、と開いてるみてえじゃねえか。

「この刀は強度を最大限保ちつつ可能な限り軽量化し、反り具合や切っ先まで念入りに作り込まれた、殺傷にはもってこいの代物よ」

なんて物騒な家宝だ。

というか、姫騎士ってこんなにノリノリの戦闘狂なもんなのか?もっとこう、司令塔として指揮をとったり、作戦を立てたりはしそうなもんだが…。

「ランドールは新入りだから、とりあえず遠距離からの援護をお願いするわ。…少し脇にどいておいたほうがいいかも。馬に踏まれると痛いわよ?」

ひええ…。

さすが騎士団。だんじり祭以上に危ねえ。


リニアは、刀の柄の先を左手で持ち、鍔の後ろに右手を添え、体の前の中心で構えた。…いつの日か体育の授業で習った、剣道の構えにそっくりである。

「それじゃ、戦いの覚悟はいいわね。…全軍、突撃!!」


騎士団が、一斉に走り出す。


あろうことかリニアは、騎士団の先頭を、馬ではなく自分の足で、摺り足で突き進んでいく。

馬よりも速い!!

なんでだ。あいつほんとに人間か?


リニアの姿は、リーマン王国の建物の隙間を縫うように進んでいき、あっという間に見えなくなった。



[客観視点]

モーター騎士団の襲撃は、直ちにサラ女王に伝えられた。

「のろしはあがらなかったの!?」

「それが…モーター王国には謎の魔術師がおりまして!」

「そんな…」

「陛下!今は一刻も早く、お逃げください!!港には船を出し、部下を待機させてあります。サーモン王国に避難してください!」

「でもわたし、うみをわたったことなんて…」

「陛下!急いでください!」



あれよあれよという間にリーマン王国の町を制圧していく、モーター騎士団。

抵抗する者は腹や背中を引き裂かれ、首をはねられる。

降伏した者は荒縄で縛られ、足に枷をはめられる。

数十年、安息を保ってきたリーマン王国が、地獄に変わっていく。


それでも、殺されるでも捕まるでもなく、なんとか逃げてきた数十人の国民たち。


その目の前には、魔術師のローブを着て杖を持った、金髪にピンクの瞳の小柄な美少年。


「やれやれ、武器もなしで来やがって。これじゃあ戦い甲斐がないぜ」


ランドールは杖の水晶玉から炎の束を放出し、目の前の人々を焼き払った。



リーマン王の城に、数名の部下をつれて侵入したリニア。

「女王はどこかしら?手間をかけずにとっとと始末したいのだけれど」

「それが姫騎士の吐く言葉か?」

赤いドレスを来た金髪の若い女が姿を現す。

「あら、ひょっとしてあなたが女王かしら?」

「いかにも、私がサラ・リーマンだ」

よく見ると、女は手に魔術師の杖を持っている。

「挑発に乗ってのこのこ出てくるとは、警戒心が皆無のようね。おまけに部下も引き連れていないようだし」

「黙れ!!」

女は杖を振りかざし、火球を放った。



港では既に、リーマン王国の生き残り達を乗せた船が出発していた。

その船に背を向け、港に待機している兵士達。彼らは既に各々の死を覚悟しており、船を守る気でいるのだ。

彼らの目の前に、金色の翼を生やした金髪ピンク眼の少年が降り立つ。

「何者だ貴様!!」


「…ランドール・ノートン。モーター王国の魔術師だ!!」


「何!?すると防壁を貴様したのは…」


「この俺だよ!!」


チョキにした右手を前に突き出すランドール。


「スコーピオンズ・クロウ!!」


ランドールの指から飛び出した二本の赤い光の矢が、最も大柄な兵士の両目に突き刺さった。



次から次へと飛んでくる火球を躱し、相手へと間合いを詰めるリニア。

「こんな単調な攻撃で勝てると思うわけ?」

「くっ…」

至近距離までたどり着くと、リニアは刀を小さく振りながら同時に前に進み出た。

「ぐううっ!!?」

女は右手首を左手で押さえてうずくまった。深い切り傷から、血がボタボタと垂れている。リニアが斬ったのだ。



横一列に並んだ兵士達を、一気に焼き払ったランドール。

「やれやれ、こいつら木偶の坊ばっかりだな…おおっと!」

五、六発の火球が一斉に飛んできたのを躱し、空を見上げると。

金色の翼を生やした魔術師達が十人ほど、宙に浮いている。

「全員、かかれ!!」

魔術師達は、一斉に杖から稲妻を放出。

それを躱すと。

「スリーディメンショナル・フレイム!!」

ランドールは、炎のカーテンを敵どもに被せた。



「ランドールはどこ?今から女王の処刑だっていうのに」

リニアが、モーター軍の連中を見渡して言った。

サラ・リーマンを名乗った女は、上半身を荒縄で縛られ、両足を枷で繋がれ、地面に両膝を着かされている。

周囲にはモーター軍の兵士の群れと、捕虜にされたリーマン王国民らの姿が。

「我々の主君に何をする!!」

「そうよ!陛下を今すぐ解放して!!」

「うるさいっ!!」

モーター兵が、リーマン民の尻を蹴飛ばす。

「言い残すことはある?」

「さっさと殺せ!!見せ物にされるのは御免だ!!」

「お望みとあらば…」

リニアは刀を大きく振り上げ、女のうなじに振り下ろした。



港での戦いを終えたランドールは、塩田へと向かった。

「でけえ…」

正方形に区切られた塩田が、どこまでも広々と続いている。塩をかき出すためのT字型の木の道具が、あちこちに放置されている。どうやら塩を採取している途中だったようで、所々に高さ一メートルはあろうかという塩の山が。

「ここにいたのね!」

リニアが、ランドールを見つけて駆け寄ってきた。

「女王の処刑はもう終わってしまったわ。さ、とっとと帰りましょ」


「…そうはいかねえ」


「ランドール?」




「たったいまからこのランドール・ノートン様が、モーター王国の新しい国王だ!!」




「あっはははは、何を言い出すの?」

思わず笑いだすリニア。

「俺は本気だ!!」

「いい度胸ね。じゃあ、一戦交えてみる?」

「その必要はねえ…」

ランドールは、傍にある塩田の一画に向けて炎を放った。

塩の山が燃え、黒焦げになる。

「ちょっと!何するのよ!!」

「折角手に入れた塩田だ、全部燃やされてはそっちも困るだろう。この土地を台無しにされたくなかったら、俺の言う通りにしろ!!」




「はあ…わかったわ」

「随分あっさりと王座をくれるじゃないか」




「そうじゃなくて、塩田を明け渡すって言ってるのよ」




「へ?」




「台無しにされるくらいなら、リーマン王国はそっくりそのままあなたにあげる。私は部下を連れてさっさと引き上げるわ」




背を向けて、その場を立ち去るリニア。




「待てよ。おい、待てったら…」

焦って声が弱くなるランドール。彼にとって塩田はあくまでも人質。モーター王国を奪えなければ、謀反は失敗なのだ。

「塩田がなきゃお前は困るはずだぁ!!後悔することになる!!王の座と交換しろぉーっ!!」

ランドールの叫び声が、塩田に虚しく響き渡った。





[サラ視点]

リーマンおうこくをうばわれたわたしは、いきのこりたちといっしょにふねにのってにげている。

ぼうえきようのおおきなふねだけど、のっているのはわたしと、けらいがじゅうにんと、いっぱんのこくみんがにじゅうにんほど。ぼうえきあいてにさしだすしおを、ふねにつんでいるからだ。たすけてもらうには、とりひきしないといけない。リーマンおうこくは、いつもそうしてきた。


かえだまはやっぱりしんだのだろうか。

こくみんたちにもわたしのしょうたいはふせてある。いまも、ふねのなかのいっしつにとじこもって、けらいをさんにんずつこうたいでへやのそとにたたせ、いっぱんのものがはいってこないようみはらせている。このわたしサラ・リーマンのすがたをしっているのは、けらいだけなのだ。

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