第五話 味方

[客観視点]

青い光の槍を構え、屋根の上から飛びかかってくるカラブ。

「スリーディメンショナル・フレイム!!」

炎のカーテンが、カラブを包み込む。

「やったぜ!」


…だが。

炎の幕を横一文字に切り裂き、その裂け目からカラブが現われ、地面に降り立った。

「ツーディメンショナル・フレイム!!…あっ」

魔術が出ない。魔力切れだ。

「勝負あったな…」

「くそう…」

「まあ、俺はただ味方を救出しに来ただけだ。とどめまで刺す必要はなかろう。帰るぞ、サソリーナ」

「はい!」

メイドが元気よく答える。


…だがランドールは、カラブに視線を合わせたまま、頭の中ではさっき燃えた店を思い浮かべていた。

「…マイナスディメンショナル・フレイム」

店を乗っ取っていた炎が光の束に変形し。ランドールの掌に吸い込まれる。

「何!?」

うっかりよそ見をしていたカラブが、咄嗟にランドールに視線を戻す。

ランドールは、チョキにした右手をまっすぐ前に向けて、ぞっとするような笑みを浮かべた。

「スコーピオンズ・クロウ!!」

二本の指先から赤い光の矢が、カラブめがけて発射される。

「カラブ様!!」

サソリーナの顔が真っ青になる。


…だが。

「おらあああっ!!」

カラブはくるりと身を翻し、矢を躱した。

「くそう…」

「残念だったな。相手の魔術を真似るのは見事だが、実践における使い手としてはこっちのほうが上だ」

「だったら使い慣れた技で勝負してやるよぉ!!」

右の掌から炎の束を放つランドール。

しかし横に飛び退いて回避するカラブ。

「おらあああっ!!」

反撃として、光の矢を飛ばしてくる。

それをランドールは避け、

「ええい、こうなったら貴様の仲間を攻撃してやる!!」

卑怯にも、サソリーナに向けて火球を発砲。

「…ッ!!」

いきなり自分に飛んできた攻撃を前に、メイドは動くことができない。


「…おらあああっ!!」

火球が直撃する寸前。

カラブが、サソリーナを突き飛ばした。

メイドを仕留め損なった火球はカラブの左腕を掠め、後ろの壁に当たって爆発。

「ぐあっ!?」

「カラブ様!!」

カラブの袖に、火が燃え移っている。

「くっ…大丈夫だ」

袖を強く振って火を消すカラブ。

「ハッ、部下を庇って負傷とは。それがお前の弱点か!!」

二発目を撃つべく身構えるランドール。


「なんの騒ぎ?」

声がしたほうにランドールが振り向くと、姫騎士が腕を組んで仁王立ちしていた。

「げっ、リニア様!?いつの間に…」

「これはどういうことなの?ランドール。町が目茶苦茶になってるみたいだけど?」

「こ、こいつらが悪いんです!敵です!とっととやっつけないと!!」

カラブとサソリーナを指差すランドール。

「あら、カラブ・ドーエンが私の国に一体なんの用?」

「知ってるんですか!?」

ランドールが目を丸くした。

「悪いんだけど、今日はおとなしく出ていってもらえる?国内で暴れてもらうと困るのよ」

「断ると言ったら?」




「そのときは、私の手でお前の首を跳ねる」




カチャリ




リニアが、腰のサーベルの抦に手をかけた。




「…我々は端から引き上げるつもりだった。帰れと言うなら喜んで甘んじよう」

カラブはサソリーナをお姫様抱っこし、忍者のように素早く立ち去った。



[ランドール視点]

腕の傷は、魔法薬をかけるとあっさり治った。

それより、あのカラブって男は何者だ。

「リニア様、一体あのカラブという男は…」

「カラブ・ドーエン。またの名を“群青の蠍”…スコーピオンズ・キングダムの王、と言っても、その王国は存在しないわ。彼らは旅をしながら生きているから、その人々の集まり自体が王国なのよ」

ふーん、つまり遊牧民みたいなものか。

「彼らがなぜ、このモーター王国に現れたのかはわからないけど、少なくとも遊びに来たわけではなさそうね。大方、魔術師であるあなたをもぎ取りに来たってところかしら」

「狙いは俺だったと?そんな馬鹿な!」

「あのね、ランドール。このモーター王国において、戦力になれるほどの魔術師はあなた以外にいないの。要人なのよ。拉致されたり、場合によっては命を狙われてもおかしくないわ。そのことを踏まえて暮らすことにしなさい」

「は、はあ…」

心配して言ってくれてるのか?やはり、謀反は見送ったほうがいいようだ…。



[カラブ視点]

サソリーナを連れて、俺は旅団に戻ってきた。

「カラブ様!!ご無事ですか!?」

執事のドクバールが慌てて駆け寄ってくる。

「カラブ様は、私を庇ってお怪我を!!」

「なんですと!?」

「なあに、敵をからかって油断したら反撃され、挙げ句サソリーナが巻き添えを食らいかけたってところだ。だから俺は自分の失敗を精算した。矛盾はなかろう」

「カラブ様…我々国民を大切になさるのは大変ご立派ですが」

ドクバールの両目から涙が滴り、白い八の字髭へと吸い込まれていく。

「あなた様はたった一人しかいないのです!もし、何かあったらと思うと!」

「では訊くが、このスコーピオンズ・キングダムに俺より強いやつはいるか?」

「それは…」

「無駄に犠牲を出すぐらいなら、俺は自分の身は自分で守る。今回も、怪我はしたが大事には至らなかったしな。こんな日常レベルの擦り傷よりも、次にどうするかが問題だ」

サソリーナの潜入作戦は失敗、そしてリニアに体よく追い払われてしまった。第一あのランドールとかいう魔術師、只者ではない。俺の術を真似しようとするやつは五万といたが、誰も皆威力不足だったり、狙いを外していた。完璧に近い形で撃ってきたのは、やつがはじめてだ。

モーター王国、恐るべし。



[ランドール視点]

リニアに連れられて城に戻ると、そのまま会議室へと案内された。

大きな窓から外の光が降り注いでいて、明かりなしでも充分に部屋の中が見渡せる。天井には直径五十センチ程度のシャンデリアが一つ、ぶら下がっている。床一面は茶色いカーペットで、木製の四角いテーブルを囲むように一人用の黒いソファが四つ並んでいる。他には特にこれといって家具らしきものはなく、わりとシンプルな内装だ。

「ルイージが来るまで、座って待ってなさい」

「ああ、はい…」

俺が指示に従うと、リニアも俺と同様にソファに腰かけた。

「あの…一つ気になったのですが。この窓、外から丸見えじゃありませんかね?」

「そうね。でも、こっちからも向こうは丸見えよ。そのほうが、敵が覗き見してたら気づけるわ。それに、磨りガラスやカーテンで遮っても、敵はどんな手段で盗み聞きに来るかわからない。だったら最初から、外部の敵をある程度は覚悟して警戒しておくほうが、逆に安心できるわ」

「しかし、じゃあ秘密の話はどうやって」

「そこは聞こえないようにコソコソ話せばいいのよ。周りに人がいるときみたいにね」

「そう…ですか。ところで、ルイージというのは」

「ああ、そういえば紹介してなかったわね。ルイージ・グリーン。この国の内政を主に管理している、優秀な秘書官よ。頼りになるけど、ちょっと怒りっぽくて神経質だから、そこだけ気をつけてね」

ルイージ・グリーンって。なんつう名前。

さすがは夢の中。現実世界を連想させる言葉がチラチラ出てきやがる。

「ところで、今度は私からあなたについて、二、三質問いいかしら?」

「はあ…なんでしょうか」

「まずあなたの戦闘能力について。戦いにおいては、どのような魔術を使っているのかしら?大体でいいんだけど」

「ええと、まず攻撃としては炎の放出型魔術が三つ。それと、隣接型が一つ、いや二つか。攻撃以外では、魔力の吸収とか、防御とか。空も少しぐらいは飛べます」

「じゃあ、並の兵士なら倒せるわね。では次に、あなたがどうやって魔術を学んだか、教えてもらえる?誰かに学んだとか、それとも我流とか」

「えっと…書物を読んで練習していたんです。そしたら敵が戦いを挑んできたりして、その敵を倒したりしているうちに、また魔術のバリエーションが増えたりとか」

「じゃあ、旅の途中で必要に応じて、実践的に身についていった、と」

「まあ、そういうことになります」

「あとは…今のところ訊かなきゃいけないことはないわ。血液型はこっちで調べたし」

「血液型!?あんた、そんなもので人を」

「そんなもの?血液型はを知るための要素の一つよ」

「あ、そういえばそうでした…」

書物にも書いてあったな。火力と、魔力容量だっけか。確か、火力と体力、容量と持久力が反比例してるんだよな。

「てっきり、性格を決めつける気かと…」

「あー、そういう鬱陶しい風潮もあるわね。あれには私も反対よ。というより、相手にするのも馬鹿馬鹿しいから放置してるわ。私はO型だけど、国民からは“AB型っぽい”とかなんとか言われてるみたいだし、もっと言うとルイージはB型だけど、彼の部下ですら“あの人A型じゃないの?”とか噂してるらしいし。因みにこの王国には、あなたを除いてAB型の人物はいないわ。O型とB型がおよそ四十五パーセントずつ、A型が残りの十パーセント」


トントントン


リニアの話を遮るように、ノックの音がした。


「入りますよ」

掠れた低い声。


ドアを開けて入ってきたのは。


長い手足。


逆三角形の胴体。


執事を思わせる服装。


鮮やかな緑色のメンズミディアムヘア。


細い銀ぶちの眼鏡。


悔しいが、かなりキリッとした顔立ちの二枚目。




「紹介するわ。彼がルイージ・グリーンよ」




俺の想像してたルイージ・グリーンじゃねええええええええ!!!!!

想像してたのはもっとこう、髭を生やした地味な…

「彼がランドール・ノートンですか。話には聞いていたが、ほんとにガキみたいな見てくれだ」

んだとお!?

「信用できますか?」

「そうね、少なくとも魔術師としては使えるんじゃない?」

「さて…本題に移りましょうか。会ったばかりの新入りの前で、話すのもどうかと思いますが」

くそう…こいつ完全に俺のこと疑ってるだろ。


「ランドールにもすぐわかるように説明するわ。これから私たちが行うのは、作戦会議よ」


会ったばかりの新入りの前で話すようなことじゃねえなあ確かに!!

…いやまあその新入りって俺だけど。


「まず大まかに言うと、」

ルイージが無言で地図を広げ、その中の一カ所をリニアが指さす。

「私たちは、この土地を奪いたいの」

「…海の近く、ですか?」

「いいところに気がついたわね。早い話が、塩田えんでんを横取りしようってわけ」

「塩田?わざわざ塩を横取りするために戦争しようってんですか?」

「わざわざ?」

「お前、塩の価値をわかってないのか?」

ああ、そうか、この世界は未発達だから、塩が貴重品なのか。現実世界でも、たかがスパイス目当てにドンパチやってる時代もあったみたいだしな。

「いえ…ただ俺は、わざわざ戦わなくても、貿易とかそういう平和的な手段がないものかと提案しただけで」

「それは不可能だな。モーター王国には、大量の塩と等価交換できそうなほどの貴重な資源はない」

「あったとしても、国民が納得しないわね。モーター王国には軍事力があるんだから、何かを差し出すぐらいなら一方的に強奪しろ、そのほうが効率がいいだろって苦情が来る。下手をすれば反乱されるリスクだってあるわ」

「じゃあ、海沿いに新しく土地を開いたりとかは」

「開拓にかかる時間が多すぎる。それに人手も足りない」

「それに、勝手にそんなことをしたら他の国にバレて、結局戦争になるわ」

「魔法を使って塩を発生させるとかは?」

「それも考えたんだけど、粉末状の物質は魔力に負けてしまうのよ。作りだしても、焦げて使えなくなってしまう」

「ぬう…」

調味料が欲しけりゃ戦うしかないとは…。

…あれ?でも確か、

「あの、一つ思い出したんですけど」

「何かしら?」

「俺がここでいただいた食事には、塩味があったと思うんです。ドレッシングとか、肉料理とか」

「ああ、あれはね」

「知らない方がいい。あんなもの、俺はとても食うきになれん」

「なんですか?何を使ったってんですか?」

「教えてあげたほうがいいんじゃない?もう国民にもバレちゃってるし」




「…この国ではな、人間の汗を精製して塩不足を補ってる」




「え?」




ええええええええ!!!?




「俺は反対した!!そんな気持ち悪いものを食うぐらいなら、味が薄いほうがマシだってな!!だが…塩分が足りないと体に悪影響がどうとか、医者連中が…」

「仕方ないでしょ?ないものはないんだから」




ざけんな!!やっぱり謀反起こしてやる!!

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