第四話 歓迎

[客観視点]

リニアに案内され、廊下を歩いていくランドール。

壁に等間隔に並んだ蝋燭には明かりが灯っていて、それでも薄暗くて廊下の先までは見えない。

「本当ならもっと紹介したい部屋もたくさんあるんだけど…今日はもう遅いから、あなたの部屋だけにするわね。食事、メイドに持ってこさせるから」



ランドールは六畳ほどの広さの一室に案内され、そこで待機することになった。

リニアが、マッチを擦って机の上のキャンドルに日をつける。

「私は魔法なんて全く使えないから、こうやって明かりを灯すの」

そう言ってクスッと笑うと、リニアは部屋を出ていった。

ランドールはベッドの上に腰かけた。キャンドルしか明かりがないせいで、部屋の中のあらゆる物がオレンジと茶色と黒にしか見えない。

ドアが開き、台車を押しながらメイドが入ってきた。涼しげな顔立ちで、身長はリニアより頭一つ高い。年は二十代後半だろうか。

「お夕食です。食器はあとで回収しますので、召し上がりましたら部屋の外の、廊下の隅に台車ごと寄せておいてください。では、ごゆっくりどうぞ」

落ち着いた声でそう言うと、夕食の乗った台車を置いて、メイドは部屋を出ていった。


台車の上に乗っているものを目で見て確認するランドール。

スライスされた五切れのフランスパンとバター。キャベツとニンジンの千切りの上に、見たことのない黒く丸い実が五つ乗った野菜サラダ。そしてこれまたなんだか見たことのないプルプルした肉料理。それと、小さなガラスの器に入った、一口サイズの四角いケーキ。それと、飲み物としてガラスコップに入っているのは白っぽい飲み物。恐らく牛乳か何かだろう。

得体の知れないのも混ざってはいるが、とりあえず全部食えるものではあるようだ。


夢の世界なんだから、変な食べ物だって出てくるだろう


と、ランドールはとりあえず彼自信を納得させた(夢ではなく、本当に転生させられてしまっているのだが、彼がそのことに気づく手段は今のところない)。

実際、食べてみると、サラダに乗ってる実はプチトマトから青臭さを取り除いて甘味を強くしたような味がするし、肉も旨味の強い肉汁とほどよい歯応えがある。そこまで変なものではないようだ。飲み物は牛乳ではなく、もう少し濃度の高い、杏仁豆腐みたいな香りと味のする液体であるが、やはりそこまで奇をてらったものではない。


全て平らげ、空の食器が乗った台車を部屋の外に運びだし、廊下の壁にくっつける。

ふいに、尿意がこみ上げてきた。外にいたときはそれとなく立ちションしていたが、さすがに屋内ではまずい。だが、どの部屋かわからない。彼が廊下でモジモジしているところへ、さっきのメイドが食器を回収しに来た。

「あ、あの、トイレってどこに?」

「トイレ…とは一体?」

「いや、その…ちょっと、尿が」

「ああ、排泄部屋ですか」

案内された部屋には、大きな青いツボが一つと、瓶の並んだ棚があるだけ。

「えっと、これは一体…どうやって」

「あれ、ご存じありませんか?」

「ちょっと慣れてなくて…」

メイドは一瞬、笑いそうになったが、無理にこらえた。

「…こちらの壺の中に排泄していただくだけですが」

「手はどこで洗えば?」

「洗う、というと?」

「なんかこう、水で手の汚れを流すっていう」

「プフフフフッ」

とうとうメイドは吹き出してしまった。彼女の目には、ランドールが“トイレのやり方をまったく知らないアホ”のように映っているのだ(例えば、トイレットペーパーを指して“この紙はなんのために使うのですか”と訊いているようなもの)。

「し、失礼しました。そちらの棚にある魔法薬を手に塗っていただくと、汚れは綺麗に取れます」


用を足し終え、部屋に戻ってきたランドール。扉を閉め、鍵をかける。

空腹を満たしたことで、睡魔が襲ってくる。

危なくないようにキャンドルの火を消すと、窓から月明かりが部屋に入っているのに気づいた。


だがそんなことはどうでもいい、今はとりあえず寝る…夢の中で寝るってのも変な話だが。


ランドールはベッドに潜り込むと、二秒もしないうちに眠りについた。



[ランドール視点]

目を覚ました瞬間、心臓が止まるかと思った。

リニアが、真上からじっと覗きこんでいたのである。

部屋の鍵、かけたのに!!


「あなた、魔術特化体質でしょ?」

「え?…な、何ですかそれ」

「あれ、違う?特化体質だと思ったんだけどなあ。じゃあ、年はいくつ?」

「25…だと思います」

「じゃあ、やっぱり特化体質だわ!!」リニアはオレンジ色の瞳を輝かせ、パンッ、と手を叩いた。「噂には聞いてたけど、実在するのね!」

「はあ…しかし、恥ずかしながら、私はその特化体質なるものを存じ上げてはいません」

「ああ、そうか、噂は一部の貴族しか知らないものね。特化体質っていうのは、人並み外れた魔術の素質を持つがゆえに、体の成長が10歳程度で止まってしまう体質のことをいうのよ。見た目は小さくてかわいらしいけど、魔術師としては異様なまでに強いの!」


リニアにそう言われてはじめて、俺はこっちの世界の自分がどんな姿をしているのか気になった。


金色のふちに収まった、ノートぐらいの大きさの四角い鏡が、壁に掛かっているのに気づく。

その鏡を覗くと。


大きな両目に収まっているピンクの瞳。


金のボブカット。


中性的な童顔ゆえに、ぱっと見だと少女にすら見えなくもない。


なかなかの美少年が、そこに映っていた。



リニアはどうやら用事を思い出したらしく、時間になったらまた呼びに来る、とだけ言うと部屋を去った。入れ違いで昨日と同じメイドが入ってきて、昨日の夕食と同じように朝食の乗った台車を置いていった。

パンと飲み物、サラダは昨日と同じ。昨日と異なっているのは、プルプル肉とプチケーキがない代わりに、薫製肉と少量のフルーツが追加されている点である。薫製肉は見た目はハムの輪切りに似ているが、味は鶏肉に、食感はビフテキに近い。フルーツは昨日のケーキと同じ小ぶりな器に入っていて、小さくカットされたリンゴとキウイ、そしてなぜか果肉が真っ黒いオレンジ、それらが一つずつ入っている。オレンジは普通のものと違って、黒蜜っぽい味。

それらを全て平らげたあと、昨日と同じく台車ごと廊下の壁に寄せておいた。


さて、どうするか。

リニアの指示通りに待ちぼうけってだけじゃあ、時間の無駄遣いだ。かといって、室内で魔術の練習をしたら、場合によっては大惨事。

うーむ…




謀反、企てるか。


ここまで至れり尽くせりしてもらって反逆というのは罰当たりな気もする。が、この待遇には必ず理由があるはずだ。あのリニアって女は一国の最上級たる者、会ったばかりの魔術師に、そう簡単に心を開くほどアホなわけがねえ。きっと何か裏がある。…まあ、それでも信用できそうな相手なら、謀反は計画だけしておいて、様子を見ておく、って手もあるが。とにかく、実行するしないを置いといて計画するだけなら損はなかろう。

…ところで、紙とペンはどこにある?せっかく企てた計画を忘れないよう、メモしておきたいのだが。魔術書のあの感じだと、活版印刷の技術はそれなりに進んでいるはず。ましてや字を書く道具がない、なんてことはなかろう。

この部屋にはベッドと、引き出しのついた小ぶりな机、壁に掛かった鏡と、そしてクローゼットがそれぞれ一つずつ。読み書きの道具が入ってそうなのは机の引き出しだ。開けて中を確認するが、鉛筆一本見当たらない。くそう、これじゃいいアイデアを思いついても書き記しておけないじゃないか。


「ランドール・ノートンさん」

ふいに、ドアのところからしっとりとした声が聞こえた。見ると、食事を運びに来たのとは別のメイドが部屋の出入口に立っている。

「姫様がお呼びです。案内しますのでこちらへどうぞ」

あれ、リニア本人が呼びに来るわけじゃないのか…ま、一国の姫ともあろう人物は、そこまで暇じゃないのだろう。

とりあえずついていく。

メイドは周囲を気にしているらしく、できるだけ顔を背けたり、人のいない廊下を選んで歩いていく。

大丈夫か?こいつ。



[客観視点]

ランドールを連れて、どうにか城の外まで出てきたメイド。城の外をぐるりとレンガ塀が取り囲んでいる。

「姫様は、お城の敷地の外でお待ちです」

そう言うと、さらにレンガ塀の外までランドールを連れ出した。

そして敷地を離れ、肉屋や青果店を歩いて通り過ぎる。

靴屋の前まで来たときだった。

「こちらです」

メイドは、ランドールを細い路地へと案内しようとする。


メイドの左腕を、火球が掠める。


放ったのはランドールだ。


「お前、リニア姫の部下ではないな?」

「なぜです?」

「まず目的地がはっきりしてないのがおかしい。『姫様は敷地の外でお待ちです』だ?具体的にどこなのかはっきりしてないじゃないか」

「それは…誰が盗み聞きしているかわからないから」

「じゃあなんで馬車を出さない?なぜ護衛をつけない?俺たちたった二人だけで人の少ないところを歩こうだなんて、逆に危険だと思うが?」

「くっ…」

「そういえば、城の中を歩いてるときから挙動不審だったよなあ。顔を見られまいとして、なんだかコソコソしっぱなしだった」

「で、でも、それだけじゃ証拠が不十分だわ!!」

「別にかまわないぜ?ここで騒ぎが起これば、お前の正体がバレるのは時間の問題だろうよ。城の中で戦ったりしたらえらいことになるだろうが、ここならそんな心配はねえ!!」

「黙れ!!貴様だってあの女の命を奪おうとしたくせに!!」

「ほう?なぜそのことを知っている?だいたい姫君のことを『あの女』って…恨みでもあるのか?」

「ええい、うるさいッ!!」

メイドは懐から短剣を取り出すと、ランドールに飛びかかってきた。そして、切りつけようと短剣を振りかざした。

「ライトニングバード!!」

金色の翼を広げ、攻撃を躱すと同時に宙に浮くランドール。

「卑怯だぞ!!降りてこい!!」

「うるせえ!!切りつけられるとわかっててわざわざ降りるものか!!悔しかったら撃ち落としてみろってんだ!!」

「上等だ!!」あろうことか、メイドは短剣を投げてきた。だがナイフはランドールのところまで届かず、ただ短い放物線を描いて落下し、石畳にコトン、と音を立てて着地した。

「ハッハッハ、避けるまでもねえ!!」

高笑いするランドール。

だが、彼の背後で何か発砲するような音がした。

「ぐおっ!?」

間一髪躱すも、二本一組で飛んできた青い光の矢が右腕を掠める。

「いってえ…」

上腕に、二列の浅い切り傷が。

「もう一人いてやがったか!」

光の矢の飛んできたほうには。


「俺が相手だ」


少し離れた店の屋根の上で、一人の男が片膝をついてランドールを睨んでいる。色黒でベース顔の、はっきりした濃い目鼻立ちの若々しいハンサムだが、少々眉毛が太い。髪は空色で、全体的には短めのマッシュだがだけ肩まで長くまっすぐ伸びている。群青のゆったりとした長袖・長裾の衣装には紅色の刺繍と銀の飾りがちりばめられていて、アラビアの王族をイメージさせる。

「カラブ様!!」

メイドが思わず声を上げる。どうやら男は“カラブ”という名前らしい。

「てめえ…返り討ちにしてやる!」

ランドールが火球を放つ。

が、カラブは攻撃を躱すと同時に、別の屋根に飛び移った。

屋根が砕け散り、店が燃える。黒煙が空高く舞い上がる。

「おい!!うちの店に何してくれてんだ!!火事になっちまったじゃねえか!!」

白いエプロンを着けた中年のご主人が出てきて怒鳴り声を上げる。

「うるせえ!!今、敵と戦ってるところだ!!」

言い返すランドール。

「スコーピオンズ・クロウ!!」

カラブは右手をチョキにして前に突き出し、その二本の指先から光の矢を放った。

「アイスバリア!!」

氷の盾で矢を防ぐランドール。盾と矢は相打ちになって砕けて消えた。

ふわりと着地するランドール。

すると今度は、カラブは屋根から屋根へと飛び移りながらランドールのいるほうへ向かっていき、

「スコーピオンズ・スピア!!おらあああっ!!」

青い光の槍を出現させ、屋根の上から飛びかかってきた。

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