第三話 野心
[ランドール視点]
目を覚ますと、既に朝日が昇っていて、地面に刻み込んでおいた防衛用の魔方陣は光を失い、ただの地上絵と化していた。
…迂闊だったな。危うく寝ているところを襲われるかもしれなかった。
敵といえる存在が誰も、もしくは何も通りがからなかったから、偶然助かったようなものだ。
…次からは、寝る前にはもうちょっと持続時間の長い魔術を仕掛けておくか。あるいは眠る時間を工夫するか。後者は具体的なアイデアが浮かばないので、前者のほうが確実だろう。
書物の“トリガートラップ・グラウンドクラッキング”のページをもう一度読み直すと、どうやらこの魔術は六時間睡眠を基準としたものらしい。もっと持続時間の長いものはないだろうか。ページをめくってはみたが、書かれていない。くそう。
いつまでも草原で野宿は危険すぎる。とっとと町を見つけたほうがいい。町なら一応は、野宿よりかは安全に寝泊まりできるだろうし、食料だって調達できる。うまくいけば金貨を稼いで増やせるかもしれないし、図書館でもあれば今持ってる書物以上の魔術だって学べるはずだ。
…そもそも俺は何をやっているんだ?
馬鹿馬鹿しい。ここは俺の明晰夢の世界なんだ。夢の中で眠るときのことを心配するとは。
何をガチることがある。良くも悪くも目が覚めるまでの架空のサバイバルなのだから、せいぜい楽しませてもらおうじゃないか。
[客観視点]
まだ自分が夢の中にいると勘違いしている、ランドール・ノートン。
荷物の支度を済ませ、試しに草原をまっすぐ歩き続けたが、一時間を過ぎても町らしきものは一向に見えてこない。
町を目指して歩こうにも、地図やコンパスがない。さてどうする?
彼は瞼を閉じた。
「ランドスケイプ・ストーキン!!」
目をつむったまま、辺りを見渡す。
暗闇の中、数十メートル離れたところに、三人分の赤い足跡の列が、うっすらとではあるが浮かび上がる。
ランドールは、その足跡達が続いている方角を確認すると、目を開けて再び歩き出した。
三十分足らずで、ランドールは針葉樹林に到達した。
再び“ランドスケイプ・ストーキン”で確認すると、足跡はちゃんと林の奥までずっと続いている。
その頃、林の奥では。
三人組の屈強で大柄な男たちが、地面に座り込んで各々のボトルに入った水を飲んでいた。彼らはかつてこの近辺の王国に家臣として使えていたのだが、数年前にある事件を起こして追放されてからは盗賊として行動している。ある村の人々を皆殺しにして金品を持ち去ったうえでここに来ていて、今ちょうど休憩しているところなのだ。
「なあ、折角だからここで一回、宝を均等に山分けし直さねえか?」
獅子の
「賛成だ。ちゃんと整理して同じ価値になるようにしようぜ」
答えながら、口の周りを輪っか状に一週する髭を生やした男が、さっそく宝の入った袋を一つ開ける。
「でもよお、均等な価値にしようったって、価値のはっきりわからねえ宝だってあるぜ?」
そう言って、ちょび髭を生やした男が別の袋から取り出したのは。
「これなんか、村のジジイが『かつてこの村を救った者が置いていった王冠』とか言ってたろ?」
透明の王冠。赤と青の宝石が交互に並んで嵌め込まれている。
「そいつは俺が被ってくぜ、さっき一番いい働きをしたのは俺なんだからな」と輪っか髭。
「はぁ?村の連中を一番多く殺ったのは俺なんだから、俺のもんだろ!」と獅子髭。
「いいや、作戦を立てたのは俺だ。つまり一番よくやったのは俺だ!」と輪っか髭。
「何言ってんだ、あの村で一番強い魔術師を殺ったのは俺だ。だから俺の手柄だ!」とちょび髭。
三人が仲間割れするかと思われた、そのとき。
「だったら俺が全部もらってやるよぉ!!」
その声のほうを三人が見ると。
火球が一発、飛んできて、
輪っか髭男の顔面に直撃した。
「ウゥゥグワアアア!!!??」
断末魔に近い声を漏らし、仰向けに倒れてガタガタともがく、輪っか髭の男。
顔面が焼き肉になり、香ばしい煙とジューシーな肉汁を発生させている。
口の周りにあった髭は焦げ、もはやどんな顔だったかもわからない。手足をじたばたさせながらフガフガと苦しそうに呻いている。
「な、何モンだあ!?」
サッと立ち上がって腰の鞘からソードを勢いよく引き抜き、身構える獅子髭。
彼のうなじに、二発目の火球が飛んできて命中。
「ウッ…」
それは断末魔と呼ぶにはあまりに短く小さい声であった。
仰向けに倒れる獅子髭。焼けたうなじから、やはり香ばしい煙と肉汁が溢れ出す。
「畜生!!俺だけは生き残ってやる!!こいつらと違ってなあ!!」
傍に置いていた魔法の杖を掴み、片膝を立てて戦闘体勢に入るちょび髭。
「おいおい、薄情なんだねえ盗賊というやつは。他の二人がもう死んだとは限らないだろうに」
ランドールが、ついにちょび髭の前に現れた。左右の手にそれぞれ一本ずつ、魔法の杖を握っている。
「て、てめえか!!とうとう姿を現したな!返り討ちにしてやる!!」
「…上等だ」
ランドールが右の杖から炎の束を走らせる。
「ライトニングバード!!」
ちょび髭は真上に飛び上がると、背中から一対の黄金の翼を拡張した。そのままバサバサと羽ばたくことで空中にとどまる。
「スリーディメンショナル・フレイム!!」
ランドールの左の杖の水晶玉から飛び出した炎が、巨大なカーテンのように広がり、相手を包み込まんと覆い被さる。
「ディスガイスド・ソード!!」
ちょび髭の杖全体が黄金に輝き、ソード型に変化した。
「オラアア!!」
その裂け目の向こうに立っているランドールめがけ、滑空しながら切っ先を突き出す。
「アイスバリア!!」
右の杖の水晶玉から氷の盾を出現させるランドール。
「無駄だ!そんな氷の盾なんざ、串刺しにしてやる!!」
切っ先が、盾を貫通して飛び出してくる。
…が、
「おう、だからこうしてるんだぜ」
ランドールが盾を右にずらすと、刺さっている剣も引っ張られ、ちょび髭の手からスルンと抜け出してしまった。
「何っ!?」
持ち主の手から離れたことで、剣がもとの杖の姿に戻る。
「ありがとよ!!…じゃあ俺も、ディスガイスド・ソード!!」
ランドールは左の杖を剣に変化させ、
切っ先を、相手の喉仏の位置に押し込んだ。
[ランドール視点]
盗賊三人組を血祭りに上げた俺は、宝の詰まった袋を三つ全部持って林を抜けることにした。
…宝が重てえ。
畜生、あいつら宝盗みすぎだろ。
ただでさえぎっしり詰まってるのに、そのうえ多くが金貨など、金属製のもの。
袋の中身を少しばかり置いていくか…。
立ち止まって、三つの袋を地面に置きしゃがむ。
袋を一つ開け、中身をジャラジャラと地面に流す。
…待てよ。
袋ごと置いてったほうがいいんじゃねえのか?
俺は途中まで中身を捨てた袋を地面に放置し、残りの二つの袋のうち一つだけを持って出発した。
真っ黒い鎧を身につけた人々の群れ。各々が、同じく黒の鎧を身に纏った茶色い馬を連れている。
「…騎士団?」
彼らは皆、ランドールから見て左を向き、片膝をついて整列している。
そして、一人だけ彼らと向かい合って立っているのは。
ストレートの青いロングヘア。
首から下のほとんどを覆う銀色の鎧。
腰につけた、黒い鞘に収まっているサーベル。
恐らく、あいつが騎士団のリーダーに違いねえ。
他の騎士に比べて華奢な体格からすると、どうやら女性だ。
風の音と距離のせいでよく聞こえないが、部下どもに向かって何か言ってるように見える。
こちらに気づいている様子はない。
…首をもぎ取るチャンスだ!
「…ライトニング…バード…」
小声でそう呟くと、肩甲骨が温かくなった。
両手の杖を前に構える。
翼を大きく羽ばたかせ、勢いよく騎士団のリーダーに向かって突撃する。
「ディスガイスド・ソード!!」
右手の杖をソードに変形させ、真っ直ぐ前に突き出す。
切っ先が、獲物のこめかみを捉える。
「やった!!」
俺は、騎士団のリーダー暗殺に成功した。
…はずだった。
現在、俺は上半身を縄で縛られ、両足首に鉄の枷をはめられて、騎士団の馬車に揺られている。
畜生、なんてこった!!
女騎士、強すぎだろ!くそう。まずなんで(表面の皮膚を除いて)側頭部に剣が刺さらねえんだよ。クリーンヒットしたとき、なんか、コンッ、て音がしたぞ。頭蓋骨合金か!それから、反撃がスピーディーすぎる。急に飛びついてきて、なんか柔道みたいな技かけてきやがった。背中砕けるかと思った!
で、そのクソ強い女騎士は、俺を押さえつけたまま部下に縄と枷を持ってこさせ、ご丁寧にリーダー自らの手で俺を縛り上げた、で現在に至る。しかもその女、今現在でも俺の隣に密着して座ってやがる。どこまで用心深いんだよクソッタレ!!
…さて、どうやって脱走するか。
魔術で縄を切れたとしても、枷はどうやってはずす?下手をしたら両足を怪我する可能性もある。だからって左右の足首が鎖で繋がったまま走ったりしたら転んでしまう。第一、よりによって強敵に見張られている以上、無鉄砲な行動に出るわけにはいかねえ。
とりあえず、相手に隙ができるのを待つか。
で、結局、王国らしき場所に到着し、城の前で馬車から降りるよう命令された。
城の奥の、フラスコなどの古い実験器具が並んだ部屋に連行され、血液を採取された。しかも採血方法ときたら、手術用のメスで腕に軽く切り傷をつける、という原始的なやり方だ。この世界には注射器もねえのか!
そのあとは縄は解かれたが、足枷はつけたまんまの状態で、牢屋に入れられた。壁も床も天井も全部石でできた、真っ暗な牢屋の中に。僅かな隙間から入ってくる月明かりがなければ、鼻を摘ままれてもわからないだろう。
牢屋には、俺の他に誰もいねえ。
沈黙が訪れた。
逃げるなら今か?
まず、足枷を外さないとな。
鍵はないが、魔術を使えば可能だろう。
今なら、誰も見張っていない。
足枷に掌をかざす。
二つの輪っかが砕けるのをイメージ。
…えーと、技名は…
「カンヴェニエン・ディストラクション!」
パキン、と音をたてて、拘束具はひび割れた。
指でつかんで引っ張ると、簡単に外れた。
「やったぜ!!」
…だが。
「やっぱり。さすがにその程度の拘束具じゃ、簡単に外せるわよね」
透き通った、若い女の声。
恐る恐る顔をあげると、
「うわあっ!!」
枷を壊すところを、よりによってこいつに見られた。牢屋の柵の隙間から、こちらをじっと見下ろしている。
終わった。
殺される。
…そう思ったとき。
「ねえキミ、この王国の参謀役として働いてみない?」
…へ?
「この国には優秀な魔術師がいないのよ。あなたは戦士としては未熟な気もするけど、潜在的な魔術の才能を持っているのは確実。だから勧誘しようと思って連れてきたんだけど…手荒すぎたかしら?」
なんだよ、スカウトかよ…
だがここで従っておいたら、一応は衣食住を確保できそうだし、上手くいけばまた暗殺のチャンスが巡ってくる。
「はあ、そ、そういうことなら…応じます…」
とりあえずここは、へりくだっておこう。
「よかった!…あ、そうそう、いい忘れてた。私の名はリニア・モーター。このモーター王国のプリンセスよ」
リニアモーターってなんだその電車みたいな名前…って、そうだそうだ、この世界は俺が見てる夢なんだから、記憶から名前が出てくるのはしょうがねえか。
…この世界、ほんとに俺の見てる夢だよな…?まさかマジの転生…いやいや、そんなアニメみてえなこと、あるはずがねえ。
「キミは、名前なんていうの?」
「ランドール・ノートン。それが俺の名前です」
どんぐり野郎がそう言ってたし、なんとなく記憶として頭に入ってるから、それがこの世界での俺の名前なんだろう、きっと。
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