第二話 初戦

[客観視点]

“ワンディメンショナル・フレイム”の威力を目の当たりにしたランドール・ノートン。

味を占めた彼は、続いて範囲放出攻撃型の“ツーディメンショナル・フレイム”と“スリーディメンショナル・フレイム”を習得した。前者は燃え盛る炎の束が地面を前方へと勢いよく突き進む技で、一ヶ所あたりの威力はワンに劣る一方、横幅があるので命中しやすい。後者は立体的に巨大な炎が広がっていく技で、相手に与えるダメージはツーにすら劣るが、さらに当たりやすくなる。使い分けとしては主力のワン、地面を素早く走る相手へのツー、空中を移動する相手へのスリー、といったところだ。ランドールが実際に使ってみたところ、ツーは目の前の草むらを焼きはらうことで威力を示したが、スリーは対象がないのでただ上空に広がっただけであった。鳥とか虫とか、何かしら空を飛ぶ獲物がいれば試せたのだが…。


一度使ってみたぐらいではいざというとき実用できないからと、覚えた三つの技を何発も空中に放つランドール。


ふと、彼が放った火球に、別の誰かの放った火球が横からぶつかってきた。


「ヘッ、誰が無駄撃ちしてるのかと思えばランドール・ノートンじゃねえか」


声の主は中肉中背の、丸刈りと無精髭が特徴の男。どんぐりみたいな輪郭の顔の中に、意地悪そうな細い目が二つ収まっている。手持ちの杖と服装はランドールと似た魔術師のそれだが、ローブが黄土色でズボンが茶、ブーツが黒という色違い仕様だ。


「あん?誰だてめえ」


それは転生したばかりのランドールとしては当たり前の一言だったのだが、逆に相手にとっては無視というか挑発に近い言葉として受け取られてしまった。


「誰だてめえ、だと…?ざけんなあああッ!!」

言うが早いが、杖を振りかざして火球を放ってくる丸刈り。

「うおっ!?」

間一髪、躱すランドール。自分も火球を撃ち出して応戦。

「ほう…?お前、わざわざ呪文を唱えなくとも撃てるようにはなったんだな」

そう言ってニタニタ笑うどんぐり野郎。

ランドールは更に炎の束をお見舞いする。

「…だが!アイスバリア!」

どんぐりは杖の上端の水晶玉を前に向け、直径一メートル厚さ十センチほどの氷の盾を張った。炎を受け止めたせいで盾自体は溶けて地面にボタボタと落ちてしまったものの、炎の束を相殺した。

「なっ…」

「やっぱり俺のほうが、一枚上手うわてだな」

「こんちくしょう!!」

更に火球を放つランドール。が、三発ほど放ったところで急に撃てなくなってしまった。

「ああっ…ど、どうなってんだ!?」

「バーカ、魔力の容量が尽きたんだよ!!」

そうほざくと、どんぐりは炎の束をランドールにぶちかました。

「うおおっ!?」

躱すも、ローブの端に火が燃え移る。

慌ててローブを上下に振りかざし、なんとか火を消す。が、そうしている間にも火球が一発、飛んでくる。

「うわああああああああっ!!!」

直撃こそ免れたものの爆風に弾かれ、ランドールの小さな体が草むらに叩きつけられた。

「これでよぉーくわかったろ?お前は、よわぁい」

倒れたランドールの傍に転がっているナップサックを見つけると、歩み寄って拾い上げ、開けて中を確認する。

「中身は食料と金貨、そして書物か。食料も金もたいした量じゃないが、まあもらわないよりはマシだな…本はまあ、売れば少しは金になるだろ…じゃあ、こいつらはありがたくもらってくぜ、あばよ」



[ランドール視点]

…ちくしょう。

あいつ、俺の荷物を持って行きやがった。

しかも杖まで。

俺を殺す気か!?

冗談じゃねえ。

顔は覚えたからな。

必ず見つけ出し、息の根をとめてやる。


しかし、杖も書物も奪われた今、一体どうすりゃ…


確か書物には、

杖は補助用の道具でしかなく、それを使わずとも魔術の使用は可能である

…的なことが書いてあったはず。


だが、そのやり方を試そうにも、まずは魔力を回復しねえと。


丸一日なんて、待っていられねえ。

夜になったら危ないし、さっきのやつが俺の荷物を持ったままいけしゃあしゃあと遠くへ逃げおおせてしまう。


やっとこさ立ち上がって、まずいことに気づいた。

一人で技の練習をしてたときより、足元の影が若干長く伸びてきてやがる!

太陽の位置が低くなっているのだ!

少なく見積もっても、さっき戦ったときから一時間は経過してる!

まだ空の色は青いが、ぼさっとしてると夕焼けになっちまう。

それまでに奴に追いつき、荷物を取り返さねえと。

考えろ。考えるんだ…。




…魔術を逆利用して魔力を吸収できないだろうか?




技名は…

マイナスディメンショナル・フレイム

にしよう。

こんな技が存在するかどうかはわからんが。


幸い、周囲の草むらの一部に、まだ火が燃え移ったまま残っている。


右の掌を火に向けてかざす。


火が魔力に変換され、掌に吸い込まれるのをイメージ。




「マイナスディメンショナル・フレイム!!」



火が、一瞬で七色の光の塊へと姿を変え、掌に吸い込まれる。

掌が感じた熱は、腕を伝って腹の底へ降りていく。


やったぜ。


周囲に残っている火をほぼ全て魔力に変えて吸い取る。


魔力の補給はできた。

さて、次は泥棒を探さねえと。

足跡は…残念ながら見当たらねえ。


しゃあねえ、ちともったいねえがさっき吸った魔力を少しばかり利用するか。


目をつむる。


奴の足跡が浮かび上がるのをイメージ。


「ランドスケイプ・ストーキン!!」


視界の右下が、赤く光る。

目をつむったまま、光のほうへ顔を向ける。

暗闇の中、まっすぐ続いている赤い足跡。


俺は目を開け、足跡のあるほうへ走り出した。



[客観視点]

泥棒の足元に、ランドールの放つ火球が後ろから飛んでくる。

「うおおおおっ!!?」

間一髪避ける泥棒。が、爆風に吹き飛ばされ転倒。

「卑怯だぞてめえ!!後ろから不意打ちしやがって!!」

「うるせえ!!先に不意打ちしたのはてめえだろうがあ!!奪った物を返しやがれ!!」

「しつこい雑魚野郎め…もう一度叩きのめしてやる!!」

立ち上がり、反撃に出る泥棒。

左右の手に一本ずつ持った杖の上端をランドールに向け、水晶玉から炎の束を吐き出させる。

草むらを走ってくる、二頭の炎。

が、ランドールは掌を前に向け両腕を突き出すと

「マイナスディメンショナル・フレイム!!!!」

炎を七色の光の束に変換し、掌で吸い込んでしまった。

「お前…そんな技、さっきは使えなかったくせに!!」

どんぐり野郎は歯を食いしばり、今度は火球を飛ばしてくる。


そのとき。

ランドールは、二時間前に相手が使った技を思い出した。

炎の束を塞いだ、氷の盾を。


「アイスバリア!!」

左の掌を前にかざし、直径一メートルの氷の盾を張るランドール。

だが。

「バーカ、その技はツーまでしか防げねえよお!!」

「あっ…」

そういえば、確かにワンとツーでは、ディメンショナル・フレイムの威力に少なからず差がある。ツーの時点できっちり相殺していたということは、より威力の高いワンが相手では…。

「くっ…」

火球が、氷の盾の真ん中に突き刺さった。


爆風に突き飛ばされるランドール。

彼のブーツの裏が

ズザザザザッ

と地面をこする。


ランドールは倒れなかった。

二本の足でしっかりと立っている。

「いってえ…」

顔をしかめ、左手を確認するランドール。掌がわずかに赤くなっている。軽く火傷したようだ。

「なっ…」

どんぐりの頭の中が真っ白になった。


このとき両者は気がついていなかったが。

実はランドールの“アイスバリア”は厚さが二十センチの盾となって現れていた。つまりどんぐりの作ったそれより一回り強度が高かったのである。それに加え、実は泥棒の放った火球も、ランドールが放つそれに比べて威力が若干、劣っていた。

二人のに差があったのである。

両者の血液型は、ランドールがABでどんぐりがOAである。つまり同じ魔術を比較した場合、体質的にランドールのほうが高い効果を発揮するのだ(なお、この世界でも血液型が性格・知能など人物像に関わっているわけではない。輸血と同じく、あくまでも“体質”に関与しているのみである)。


「今度はこっちの番だ…」

右の掌をかざしたランドール。

火球を打ち出そうとして、ふと我に返る。

泥棒は、そいつ自身のナップサックと、ランドールのそれを左右それぞれの肩にかけている。


俺はこいつから荷物を取り返しに来たんだ。

こいつごと攻撃したら、俺の荷物まで黒焦げになっちまうんじゃねえか?


その一瞬の隙を突いて、背を向けて逃げ出す泥棒。


「あ、こら!待て!」


ランドールは荷物を巻き込まないように、泥棒の両足を狙って火球を命中させた。



[ランドール視点]

日暮れ前に、なんとか荷物と杖を取り返すことができた。

目の前のこいつは、四肢を火傷して動けなくなっている。両足に火球をお見舞いしたついでに、両腕にも同じものを一発ずつ撃ち込んでおいたから当然だ。さらに念には念を入れて、火傷したばかりの両足にもう一発ずつ火球。これでしばらくこいつは立ち上がれないだろう。


せっかくだから、俺のを取り返したついでにこいつのナップサックも持って行くとしようか。それに杖も。

どんぐり野郎から奪ったナップサックの中身は、ウォーターボトル、わりと大きめのパンとジャガイモ、そして干し肉が五枚…こいつ俺より食料持ってんじゃねえか。俺から奪う必要あったのか?

…それと、金貨が八枚。俺が持ってるのと同じ書物。

そして、薬品らしき液体の入った小ぶりな瓶が三つ。それぞれ擦り傷・切り傷用、毒用、そして火傷用。どうやら魔法薬のようだ。試しに左の掌に火傷用を使ってみる。ラベルに書いてあるとおりに数滴、瓶の中の青い液体を患部に垂らす。たちまちヒリヒリした感触も赤みも引いて、手は無傷な状態になった。


そしてもう一つ、ナップサックには面白い道具が入っていた。


一本の短刀。


その切っ先が、夕日を反射してキラリと光る。



俺はその短刀を使って、どんぐり野郎の着ている物を剥ぎ、丸裸にしてやった。

かわいそうに、どんぐり野郎はうずくまったまま真っ赤に火ぶくれした両手で股間を隠し、四肢の火傷の痛みと寒さでプルプル震えてやがる。

剥ぎ取った服は、臭わない綺麗な部分だけ切り取って毛布代わりにでもしよう。この付近に村や町はなさそうだから、毛布は必要になるだろう。下着とか、臭かったり汚い部分は、燃やして暖を取るのに使えばいい。


さて、荷物はまとまったし、もう少し歩くとしようか。


「待ってくれ…」


どんぐり野郎の弱々しい声が、背後から聞こえる。


「…せめて、せめて杖だけでも置いてってくれ!それがないと、戦えない!」

「そうか…じゃあ、尚のこと持って行かないとな。あとでお前が仕返しに来たら俺が困る」

「じゃ、じゃあ、食料を少し、少しだけでいい、返してくれ!!それか、書物だけでもいい!この際下着だけでも構わん!頼む、何か一つ、置いてってくれ!!」




「やぁーだね」




振り向かずに答えてやると、背後で悲痛な叫び声が絞り出された。



俺は振り返ってもどんぐり野郎の姿が見えないほど離れた場所まで歩いたあと、魔術で火をおこし、の下着を燃やして暖を取った。

それから自分用のボトルで喉を潤したあと、パンと干し肉をそれぞれ一つずつ頬張った。


寝込みを襲われたらまずいから、セキュリティは張っておこう。

たき火を明かりにして書物をめくって調べ、防衛トラップ術の一つである“トリガートラップ・グラウンドクラッキング”を採用して周囲に仕掛けた。自分以外の誰かが近づくと発動する、夜が明けるまでは有効な防衛システムだ。

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