異世界転生して魔術師になった俺は国王になりたいから姫騎士を何度も裏切る

岩山角三

第一話 転生

[客観視点]


早朝、六時半。

緑と紺のチェック柄のシャツと白のパーカー、黒の綿パンを身につけた、細身の男が、薄暗い歩道を小刻みに歩いている。

鈴木すずき さとしは、アルバイトからの帰路をたどっていた。


公園の前を通りがかった、そのとき。


彼の背後に巨大な手が現れた。華奢な形をした白い女性の手だが、小指一本だけでも丸太に匹敵するサイズだ。


その手の持ち主は、鈴木に気づかれぬようそっと掌をかざす。


彼の背中の中央から、七色に光る宝玉のような球体が出てきて、背後の手の中に収まる。


彼は、糸が切れたマリオネットみたいにドサッと倒れ込んで、そのまま動かなくなった。



彼の背中から宝玉を引っこ抜いた者の正体は、ニスィマトゥーヤという名前の、美少女の姿をした神である。頭には白いウサギの耳が一対生えており、同じく真っ白いふわふわのロングヘアに、四つ葉のクローバーを髪留めがわりにつけている。身を包んでいるのは、深紅のワンピース。

このように彼女はかわいらしい容姿だが、サイズそのものは全体的にデカい。指だけで丸太レベルにデカいのだから、全身ともなればビルよりデカい。


ニスィマトゥーヤは“橋渡しの女神”である。

世界というものは実は複数存在し、我々の世界とよく似たものから、全く異なるものまで様々だ。神々のうち、命の誕生と終焉を司る者達は、新たな魂を作り出して送り込むこともあれば、ある世界で一生を終えた者の魂を引っ張り出し、作り直して別の世界で再利用したりもしている。

それぞれの世界に魂を送り込むとき、ミスが発生してしまうことがある。我々の身近なものでいうと、うっかり回収しそびれた魂がそのまま幽霊として居座ったり、回収した魂の前世の記憶を消去し忘れたまま次の世界に送ってしまったり、というのがそれだ。それらに比べると非常に稀なケースではあるものの、“本来送り込むはずだったのとは別の世界に送ってしまった”というケースもある。その場合、それぞれの世界の均衡を保って永続させるために、強引に軌道修正しなければならない。そういったトラブルがないか常に監視し、綻びを見つけ次第修正する、それが“橋渡しの女神”の役目だ。


「ランドール・ノートン。あなたは本当は時空Rで、鈴木聡として経済の発展に貢献する存在なのです。そして鈴木聡。あなたは本当は時空Dで、魔術師ランドール・ノートンとして伝説となる存在なのです。さあ、それぞれの世界に移りなさい」


こうして、二つの魂は取り替えられた。



[ランドール(転生前は聡だった)視点]


…何だ?


雲一つない青空。


暖かい風。


草のにおい。


日の光が顔に当たってウザい。


むくりと体を起こす。


ここは…草原?


どこだよ。ここ。


俺は確か、バイトから帰っている途中で気を失って…


ああそうか、きっと疲れかストレスのせいで倒れたんだろ。


これは夢だ。今頃、救急車で運ばれてるってとこかな?


じゃなきゃ、こんなところにいるはずがねえ。


頬をつねる。


痛いってほどじゃないが、まあ感覚はある。


今度は耳を掴んで二、三回ねじり上げてみる。


…いてえ。


しっかり、いてえ。


…ま、夢の中でも痛いことだってあるさ。


例えば、昏睡状態の人間が、注射針で刺されるとき。

俺も聞いた話でしか知らんが、体験者の証言だと、棺桶の中でムカデに刺されるような感覚らしい。


てことは、現実でもきっと誰かが頬を引っ張ったり、耳に何かしたんだろう。

だが棺桶の中みてえな苦しみもないから、昏睡ほどじゃなく、せいぜい気を失っただけか。


とりあえず、目が覚めるまでの間は、ちょっとだけこの夢の世界を楽しませてもらうとするか。

起きてしまったら、しがない二十四歳のフリーターに逆戻りだもんなあ。

…正確には大学生だが、金がないせいでほぼ中退が決まってる以上、どっちも似たようなもんだろう。


で、この明晰夢を扱うにあたって、まず自分のキャラを確認しないとな。

鏡がないから自分の姿を確認できないが、手足を見るにガキみたいにちっこくなってしまっているらしい。

着ているものは赤茶色のローブや緩めの白いズボン、赤のブーツなど、いかにもゲームや漫画の魔術師を思わせるアイテムばかり。

俺の右隣に、てっぺんに水晶玉のついた杖が転がっている。どうやら、これが俺の武器。

左隣には、灰色のナップサック。中に入っている物を確かめる。水が入った金属製のボトル、ちっぽけなパンとジャガイモが一つずつ、金貨が三枚、そして一冊の分厚い、青い表紙の書物。こんな少ない荷物で旅をしようとは、無謀すぎないか?まあ町までいけばなんとかなるのかもしれんが。一瞬焦りかけたが、どのみち夢の中のできごと。マジになる必要はねえ。

とりあえず情報が欲しいので、書物を手に取って読み始める。見たこともない文字ばかりだが、夢である故か、ありがたいことになぜかスラスラ読める。

書物には、魔法に使う呪文をはじめ、基礎的な原理から応用術まで記されている。そのうち各呪文の基本戦術について書かれたページはそこそこ皺がついてクタッとなっているが、原理を理屈っぽく一から十まで解説したページも、応用レベルまで解説されているページも、新品と思えるほどサラサラしていて、ほぼ読まれていた形跡がない。

俺は受験数学を勉強するとき、まず定義の意味や公式の導出を一通り調べてから、基本的解法パターンを習得し、応用レベルを仕上げるようにしていた。

魔法でも、この書物を使って同じことができるはず。ましてやこの世界は俺が見ている明晰夢。不可能なはずがない。

俺は原理について書かれたページから、精読し始めた。



一時間ほど経過しただろうか。

俺はついに、書物に書かれているかぎりの原理を理解した。


まずこの世界における魔法というものは魔術・魔法薬学の二種類存在し、さらに魔術は直線放出攻撃型・範囲放出攻撃型・隣接攻撃型・回復型に分かれる。

直線放出攻撃型は、至ってシンプルなビーム系の魔術。火力が高いうえに初心者でも使いやすい一方、実戦レベルまで極めて使うには素質と鍛錬を要する。

範囲放出攻撃型は、全方位または一定の方位を、広く浅く撃つための魔術。威力は直線型に劣るが、こちらは命中率に優れる。平面型と立体型の二種類にわかれる…座標軸やベクトルの問題と似てるなあ。

隣接攻撃型は、魔力で一時的に疑似武装してあたかも接近戦のように使えることからこう命名された。具体的には、魔力で剣を創り出して相手を斬ったりする。といってもあとから発見された応用術には、弓矢など飛び道具のように扱うものもあってややこしい…結構、大雑把。

回復型には、体力の回復はもちろん、傷を塞ぐための処置の術や、解毒術なども含まれる。意外なことに自分の能力の底上げや、相手への状態異常なども含む。要は他の三つに対する“その他の魔術”…やっぱり大雑把。

ちなみに空を飛んだり地中を移動したりという芸当については、先ほど挙げた四種類の魔術を少しばかり応用することでできる。

また、魔術を使いすぎると魔力切れを起こし、一時的にではあるが技が使えなくなってしまう。回復するには少なくとも丸一日待つか、魔力吸収用の魔術もしくは魔法薬を使う必要がある。


意外なことに、この世界においては“属性相性”なるものは存在しない。というのも、属性として区分するには境界が曖昧であったり、使い方次第であっさり逆転してしまうからだ。

例えば、一般的なイメージとして“水属性は火属性に強い”というものがあるが、それは“火を消すのには水をかけるから”という人間の勝手なこじつけに過ぎず、実際は“水を火で加熱すると沸騰し、水の量や加熱時間次第ではやがて蒸発して消える”という逆転現象も普通なので、結局そこに優劣などない。それが、この世界の理屈なのだ。


そしてこれまた意外なのだが、この世界の魔術には血液型が関与している。というのも、ぶっちゃけ“本人の体質が生まれ持った魔力を左右するから”という、当たり前と言えば当たり前の理屈である。

魔法など存在しない現実世界においては、血液型が重要とされるのは輸血のときぐらいでしかなく、あとはせいぜい日本人が大好きな眉唾物の迷信占いで話題になる程度なのだが、こっちの世界ではA抗原が魔力の容量を、B抗原が魔術一回あたりの火力を高め、その代償として前者は持久力を、後者は腕力を減少させる。

つまりここではAB型が最も魔術師向きの体質(言い換えれば、物理的戦闘力にデバフのかかった体質)で、O型は魔術師向きではない、ということになる。ただし、この世界においても血液型が職務や人生まで限定するほど影響力を持つわけではなく、O型の中にはその医者レベルの体力を学問に活かして魔法薬学の道を切り開く研究者や、魔法薬でドーピングをしてまで魔術を使う者もいるし、AB型であっても必死で筋肉を鍛えて強靭なボディを手に入れる者や、回復魔術の一種を使うことで一時的にとはいえムキムキになったりする者もいる…らしい。まあ実際会ってみたらさほど違いは感じないかもしれんが、しかしこの魔法世界の基準としてそういう法則がある、とでも解釈しておけばいいだろう。

A型とB型に関しては、AA型とBB型が魔術師向きであり、OA型とOB型はあまり魔術師向きではない、ということになる。そしてA型が魔力を連続して使い続けるのを得意としているのに対し、B型は高い火力を活かした短期決戦に持ち込むのを主流としている。物理的戦闘では逆に、前者はパワータイプで後者は持久型。

なお、こっちの世界でも血液型が性格やオツムの出来に関わってくることはなく、それなのに他者の人物像までもを血液型で判断する愚か者がいて問題になることもあるという…夢でも現実でもブラハラって発生するのか。

ちなみに相手の魔術を食らったときの耐久力については、基本的には免疫力や体力などが関与するものの、攻撃魔術を応用して防御に使うことも可能なので、実戦では一概に言えない。


さて、実際に魔術を使ってみるとするか。

傍に横たわっている魔法の杖を手に取る。

この道具、実は絶対に必要なわけではなく、あくまでも初心者が魔術を使うための補助や、魔力・火力の増幅用に使われる。魔術の使い方に慣れてくると、場合によっては杖を手放して素手だけで魔術を使う猛者もいるが、まあ便利といえば便利な道具だからと、熟練者でも使用していることが多い。…まあ、この夢が覚めるまでの限られた間に、そいつらと顔を合わせることになるかはわからねえが。


では、どうやって魔術を使うのか。

書物によると、使いたい魔術をできる限り鮮明にイメージしながら杖及び手をかざして技名を叫ぶ、とある(その際、標的の位置まで意識すると尚よし、とか、また使い慣れた技の名はいちいち声に出さなくても頭の中で唱えればよろし、とのこと)。

熟練者ともなれば概念的でオリジナリティに富んだ魔術も使えるが、初心者はまず炎や氷などのイメージしやすい魔術を使ってみて、ちょっと慣れてきたら次は回復・能力変化・防御なども覚えるように、とこの書物には記されている。

俺はまず、書物に記された基本戦術のうち最初の魔術、直線放出攻撃型の“ワンディメンショナル・フレイム”から試すことにした。

獲物は…目の前に立っている一本の木。これにしよう、動かないから素人の実験台にはちょうどいい。


杖のてっぺんの水晶玉を前にかざし、精神を統一する。


全身の血の巡り。


鼓動。


水晶玉から炎が前方に向かって飛び出し、木に命中するのをイメージ。




「ワンディメンショナル・フレイム!!」




水晶玉が一瞬、七色に光って、それからサッカーボールくらいの大きさの火球を前方に吐き出す。




火球は、ちょうど木にぶつかって、

ジュッ

と生々しい音を立てて引火。

さっきまで青々と葉を繁らせていた獲物それは、緋色の炎に憑依され、幹と枝だけの黒々としたシルエットに姿を変える。


漆黒の煙が立ち上がり、向かい風にのって焦げ臭さが俺のところまで漂ってきた。

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