第25話

 やがて食事を終え、各『パーティー』は、それぞれ席を立ち始める。その頃になれば、リタはまた、食事代の精算などで忙しくなる。ブランも厨房で食器を洗ったりしているから、帰りの客達の相手をするのはリタだけだ。

 人間、エルフ、ドワーフの三人の『パーティー』が、料理の味が最高だったと言い、メンバーの一人であるドワーフが、今度は酒を呑みたいと言ったので、『大迷宮』を出たら呑みに来て下さい、とリタは朗らかに伝えた。


 あの姉妹の『パーティー』の、どうやら世話好きらしい姉の方は、リタの髪が乱れている事に気づいてさっ、と直してくれたし、噂好きらしい妹は、姉が最近、地元の『冒険者ギルド』に所属する先輩の『冒険者』に入れ込んでいる事を教えてくれたりもした、姉の恋路が上手く行ったら、結婚式はここでやりたい、とも言っていた。

 リタは、その時は見習いとは言え、かつては神官だったのだから、自分が立会人となろう、と約束した。姉はそんな話をしている妹の頭を、真っ赤になってはたいた後、抗議の声を上げる妹と、喧しく口喧嘩をしながら出て行った。


 そして最後に残っていたのは、あの男女二人組の『パーティー』だった。

「また来るよ」

 『パーティー』の戦士である少年が、明るい笑顔で言う。

「ええ」

 リタは、穏やかに笑って頷く。

「リタちゃんも、お仕事頑張ってね」

 魔道士の少女が、明るく言ってくれる。その笑顔も、口調も、かつてのリタの仲間とそっくりだ。

「……ありがとうございます」

 リタは、ぺこりと頭を下げる。

 その拍子に、二人の胸元にかけられている例の『タグ』が、一瞬視界に入る。


『剣士:ランクD』


『魔道士:ランクD』


 そう書かれている。

 ブランのランクは『S』。

 そんな彼でさえ、あの『大迷宮』に行くのには、入念な準備をし、とにかく危険を回避しなければ生き残れない、と言うのだ。『D』ランクの『冒険者』が、あんな場所に行ったら……

 リタは、目を伏せそうになる。だが……

 だが、自分はウェイトレスなのだ。客の前で暗い表情をする訳にはいかない、そんな事をすれば、ブランにも怒られるだろうし、それに……

 それに、これから『大迷宮』に挑む彼らに対し……

 自分が……

 自分が、不安を与えてはいけないのだ。

「……あ あの……」

 リタは、じっと……

 じっと、二人の顔を見る。

「そ その……お二人とも……」

 リタは、じっと……

 じっと、二人の顔を見る。

 二人は、きょとん、とした様子でリタを見ていた。

 リタは、二人の顔を見ながら、何を……

 何を言えば良いのか、解らなかった。

 リタは、ゆっくりと……

 ゆっくりと、息を吐いた。

「また、来て下さいね」

 リタはそう言って……

 そう言って、二人に向かって笑いかける。

 その言葉に。

 二人は、ほんの一瞬顔を見合わせ、そして……

「ああ」

 剣士の少年が言う。

「もう一度、ここに来るからさ、そん時ゃ、でっけー肉を用意しといてくれよ」

 剣士の少年がそう言って笑った。

「食べ過ぎはダメよ、貴方、それで無くても大食いなんだからさ」

 魔道士の少女がそう言って笑う。

「なんだよー、良いじゃ無いか……」

 剣士の少年は、口を尖らせて言う。

 二人はそのまま、穏やかに笑う。リタもそれを見て、少しだけ笑う。そして……

「お二人とも、お気を付けて」

 リタはそう二人に言う。

「ああ」

「きっとまた、すぐに会えるわよ、『大迷宮』を踏破……とまではいかなくても、あそこから戻って来たって事でね」

 ふふ、と。

 魔道士の少女が笑う。

 そして……

 二人はそのまま、ゆっくりと店を出て行く。

 リタは……

 リタは、黙ってその背中を見ていた。

 今日、ここにいた『パーティー』の皆。

 彼らが『大迷宮』を無事に踏破出来るか、或いは途中で逃げ帰るか、それとも……

 解らない。だけど……

 だけど。

 リタは、目を閉じる。

 せめて……

 せめて、彼ら一人一人の顔を、しっかりと覚えておこう。彼らが何を話していたのか、この店で何を注文したのか、最後に何を言って出て行ったのか。もしもまた彼らがここに来たのならば、その時、すぐに彼らの事を思い出せるし、もしも……

 もしも、彼らがもう二度とこの店を訪れる事が無いとしても……

 決して忘れずに。

 覚えておこう。

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