第24話

 最初に入って来たのは、二人組の男女の『パーティー』だった。

 どちらも自分とそれほど変わらない、十代半ば、という年齢の、小綺麗ながらも安っぽい鎧に身を包んだ戦士風の少年と、こちらは誰かの形見か何かなのか、使い込まれた杖を持った、魔道士風の少女。

「こんにちはー」

 少年が朗らかに言う。その笑顔と愛想の良い口調は、一緒に『大迷宮』に挑もうと言ってくれた、あの二人組の『冒険者』を、何処と無く彷彿とさせた。だが……

 だが、あの二人では無い。二人はもう……

 もう、いないのだ。

 リタは目を閉じ、息を吐いた。

「お席にご案内します」

 既にこの一週間で、席の場所、最初に何処に案内するのか、そういう事も把握している。

 リタは二人組を案内し、席に着かせるとメニューを広げて見せた。

「メニューはこちらになります、ご注文が決まりましたらお呼びください」

 そのままリタは、次の客を迎えるべく、店の入り口に向かって小走りに走って行く。

 ドアベルが鳴り、次に入って来たのは人間、エルフ、ドワーフという珍しい組み合わせの『パーティー』だ、リタはその三人も、さっきの二人組と同じように席に案内してメニューを置いた、そのまま次の客を迎えようとしていた時、最初に案内した二人組のテーブルから声がする。

「いよいよ『大迷宮』だな?」

「すっごい宝物があるって噂よね、だけど……」

 どうやら『大迷宮』について話しているらしい、興奮しているのか、二人の声はどんどん大きくなっていった。

「大丈夫だって、どんな『魔物』がいたって、俺らが一緒にいれば……」

 戦士風の少年が興奮した様子で言う。リタはそれを聞きながら、自分と一緒にいたあの二人の顔が、頭に浮かんで来て悲しくなった。

 あの二人も、『大迷宮』に挑む時はそんな話をしていた、リタは、元々の内気な性格もあってあまり会話には加われなかったけれど、それでも二人が元気良く、そして楽しそうに話しているのを聞いて、何となく微笑ましい気持ちになり、二人を笑顔で見ていた。

 だけど……

 その二人は、あっさりと……

 あっさりと、あの中で……

 リタは目をぎゅっ、と閉じる。

 可能であれば耳も塞いでしまいたかった、あんなに楽しそうに、希望に燃えている人達が、かつてのリタの仲間の様に簡単に殺されてしまうかも知れない、そう思うといたたまれない。

 だが、それでは仕事が出来ない。リタはもう一度ゆっくりと息を吐いて、顔を上げる。

 またドアベルの音が鳴った、リタはそちらに向かってパタパタと走って行き、最初に入って来た客達と同じように、ぺこりと会釈して出迎える。

「いらっしゃいませ」

 リタは二人の顔を見る、こちらは二人組の少女だった、やはり小綺麗な鎧を着た少女と、魔道士風の少女、顔立ちが似ているから、もしかしたら姉妹なのかも知れない。

「……これから……」

 思わずリタは、口を開いていた。

「『大迷宮』ですか?」

 問いかける。客と余計な会話をするな、とブランには言われていたけれど、それでもリタは、声をかけずにはいられ無かった。

「ええ、そうですよ」

 女性戦士の方が、朗らかに笑って言う。

「……『大迷宮』は……」

 リタは、更に続けた。

「危険な『魔物』や罠が、沢山ある場所だって聞きますよ?」

 リタは、二人を見て言う。

 だが姉妹は、その言葉に顔を見合わせて、軽く笑う。

「大丈夫ですよ」

 言ったのは、魔道士風の少女。どちらが姉で、どちらが妹なのかは解らないけれど、多分こちらの魔道士風の少女は、しっかりとした性格なのだろう、とリタは思った。

「何があっても、私達姉妹なら、乗り越えてみせますから」

 姉妹はそう言って。

 リタに、優しく笑いかけた。


 やがて店内は、集まった『パーティー』で満席になっていた。

  リタはもう、誰にも話しかけなかったし、会話も聞いていなかった。そんな事をすれば彼らに感情移入してしまい、悲しくなって仕事の手が止まってしまう、それでは店にも迷惑がかかるだろう。

 それに何よりも、客が増えて忙しくなり、そんな余裕が無くなっていた、水が無くなれば新しいのを注ぎ、食べ終わった皿があれば手早く下げる、追加のメニューを注文されれば、すぐにブランに伝えに行き、出来上がったらすぐにそれを運んだ。

 やがて全てのテーブルに料理が運ばれる頃には、隣の席の『パーティー』同士で話をしたりする者達も出始めていた。


『何処のギルド所属なんだい?』

『『パーティー』を組んでどれくらい経つんだい?』

『『大迷宮』での冒険が終わったら、今度は別な場所を一緒に冒険しないか?』


 そんな会話が、あちこちから聞こえて来る。その風景はまるで『レストラン』というよりは、『冒険者』達の寄合所みたいだ、リタはそんな事を思いながら彼らの姿を見ていた。

 みんなが楽しそうに。

 そして、嬉しそうに笑い合う姿。

 ブランも、ひとまずは料理を作る手を止め、店内を見ていた。何処か……

 何処か、穏やかな表情で。

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