第21話

 目の前に置かれた大きな皿の上。

 そこに、花びらのように並べられた薄桃色の肉。食欲をそそる色だったし、胃袋が空腹を訴えてもいる、だが……

 だが、これはユニコーン、神に仕える聖獣の肉なのだ、既にあの肉団子のスープを飲んだ今だから、肉食に抵抗はあまり無いけれど、それでも聖獣を食べるなんて。

 ついさっき、『ユニコーンなど大きな馬だ』と思ったばかりだというのに、ここに戻って来て、落ち着いてテーブルに着いたら、やはりまた、自分はとんでも無い事をしようとしている、とんでも無いものを食そうとしている、という罪悪感が戻って来た。

「どうした?」

 声がする。

 あの男だ。

「早く食べて、きちんと休んだ方が良いぞ」

 男が言う。

「明日は、客が来るからな」

「……客」

 リタは呟いた。

「ああ」

 男は頷く。

 リタは顔を上げて、男を見る。確かに、ここはレストラン、当然客が来るだろう、だが、それが……

 それが一体、自分と何の関係が……

「お前が言ったんだろう?」

 その言葉に、リタはきょとん、とした顔になるが、男は二つ目の肉を口に放り込んで、相も変わらずの愛想の無い口調で言う。

 リタは、しばらくの間男の顔を見ていた、けれど……

「っ」

 そこで、微かに息を呑む。

 そうだ。

 思い出した。

 自分は確かに……

 確かに、言ったのだ、この男に。『大迷宮』に連れて行って欲しい、と、そして……

 そして、その見返りとして……


『『食材』を調達するのも……ウェイトレスでも、何でもやります』


 そう、確かに言ったのだ。

「思い出したみたいだな?」

 男が淡々とした口調で言う。

 そのまま男は、三つ目の肉を口に放り込んだ。

「これは所詮たったの『一頭分』だ、数日はもつかも知れないが、いずれ必ず足りなくなる、そうなったら、また『調達』に行かねばならない、ああそれから……」

 男は、そこで思い出した様に言う。

「お前がさっき食べたスープに入っていた肉団子の『食材』もな」

「はい……」

 リタは頷いた。

 そうだ。

 言ってしまった異常はやるしか無い。『至高神』の教えでは、言った言葉を曲げる事、つまりは嘘をつくことは許されない。

 否。

 そもそもそんな教義など関係なしに、この男は自分がそうしなければ、容赦無くここから自分を追い出すだろう。

「そういう訳だ」

 男が、まるでリタの心を読んだ様に言う。

「それを食べたら、今夜は早く寝ろ、明日はとりあえず『食材』の『調達』は無しだ、その代わりお前には店で働いて貰う、朝起きたら掃除だ、キッチンから始めて貰うぞ」

 リタは、何も言わない。

 もう、やるしか無い。

 兄を探す為。

 『これ』が……

 『これ』が、自分の選んだ道なのだ。

「解りました」

 リタは頷いて、手元にあったフォークを手に取り、肉を一切れ刺して口に放り込む、塩辛い、けれど嫌な味は全然しなかった。

「美味しい……」

 リタは、呟いてもう一切れ肉を口に含んだ。

「当然だ」

 男は頷いて、ゆっくりと立ち上がり、キッチンへと向かう。

「残りは食べて良い、食べたら今日は休め、休む場所は、また椅子の上だ、良いな? ウェイトレス」

 男のその言葉に、リタは食べる手を止めて、男の顔を見る。

「私は『ウェイトレス』じゃありません」

 リタは、男の目を見る。

「私の名前は、リタ、です」

 その言葉に。

 男は、しばらくの間リタの顔を見ていた。けれど……

 ややあって。

「そうか」

 男は頷いた。相変わらずの愛想の無い、淡々とした口調ではあったけれど、それでも……

 それでも、その時のその男からは……何処か……

 何処か、優しげな雰囲気が漂っていた。

「だったら、リタ、解ったな?」

「はい、よろしくお願いします」

 リタは言いながら、男に頭を下げ、そこでふと、ある事を思い出す。

「あの……」

 リタは、じっと。

 じっと、男の目を見る。

「そういえば私、まだ、貴方のお名前を聞いていません、それからこのお店の名前も……」

「ああ」

 男は、その言葉に頷く。

「この店の名前は、『迷宮の入り口』亭だ」

 『迷宮の入り口』。確かに、先ほど『大迷宮』に向かう為に外に出た時、この店は『大迷宮』がある、あの大森林の、ちょうど入り口近くにあった、だからこそ、そのような名前が付けられたのだろう。

「俺の名は、ブランだ」

 男。

 ブランが言う。

「ブラン、さん……」

 リタは、男の顔を見て言う。

「……『さん』は要らない、ただのブランで良い」

 ブランはそう言って、そのままくるりとキッチンの方を向き、そちらに歩いて行った。

「自己紹介も終わったのなら、早く食べろ、リタ、皿は自分で片付けておけよ」

「はい」

 リタは、はっきりと。

 元気良く、返事をした。

「ブラン店長」

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