第19話

 『聖獣』を侮辱する様な、リタの不遜な言葉が理解出来た、という訳では無いだろうが。

 相手のユニコーンは、大きな声で嘶いた。

 そして。

 ユニコーンが、リタに向けて頭を傾け、角の先端をこちらに向ける。つまりは威嚇しているのだ、リタは処女のはずだが、どうやら何かしらの理由で、リタの事を敵と認めたらしい。

 構うものか。

 リタは、心の中で呟いた。『至高神』も、それに仕える『聖獣』であるこいつも、兄も、そしてリタの仲間達も救ってくれなかった。結局、この世の中で……

 特にこの『大迷宮』の中では、誰であろうと、自分の身は自分で守るしか無い、という事だ。ならば……

 ならば。

「私は、貴方の前で膝を折らない」

 リタは、はっきりと告げた。

 そして。

 ユニコーンが、その蹄で床を蹴った。


 蹄の音と共に、ユニコーンが突進して来る、噂によればユニコーンの角は、どんな金属でも貫くほどに固い、と言われている。

 だがそのユニコーンの角に、ひとたび触れた者は、たちまちのうちにどんな病気も治るのだと言う、その真偽は不明だが、だからこそ地上では、ユニコーンに出会いたいと考える者は後を絶たない。

 彼らは皆、自分の病を治すため、処女を伴ってユニコーンを探しに行き、そして出会えた場合は、その角で身体を突いて貰うのだという、そして病から解放された者達が、ユニコーンの偉大さを伝承する。

 地上では、そうして崇められるユニコーン、『聖獣』と言われるこの存在が今。

 むき出しの敵意と共に、リタに迫って来る。

 リタは、いっそ睨み付ける様に、その白い姿を見ていた。

 来い。

 来るなら来て見ろ。

 自分は、例えあの角で貫かれても。

 絶対に、もう……

 もう……

「貴方を、『聖獣』とは思わないわ」

 リタは、言い放つ。

 そして。

 ユニコーンの角が、リタの喉元まで迫った。

 その瞬間だった。


 びしっ!!


 皮膚に、何かが打ち付けられる音。

 リタは、はっとしてその音がする方を見る。

 それは、ロープだった、太くて丈夫そうなロープ、それが、輪の形を作ってユニコーンの首に絡みついている。

 ロープを投げた『誰か』が、そのままぐいっ、とロープを引く。その瞬間、皿にロープが食い込んで、ユニコーンの白い肌から血がだらり、と垂れ落ちる。


 ひ……

 ひひぃぃいいいいいんっ!!


 ユニコーンが嘶く。

 その瞬間に、その角の先端に光が灯った。

「……っ」

 リタは息を呑む。ユニコーンがその『テレポート』の力を使用するところは始めて見たが、ああして、角に魔力を込め、そして『テレポート』の『魔法』を発動するらしい。

 だけど。

 食い込んだロープが、さらに引っ張られる。

 ぐいっ、と首を横に引かれて、ユニコーンはまた嘶いた。

 角の先端に集まっていた光が、ふっ、と消える。すぐにまた、そいつは意識を集中させたが、その都度またロープを引かれて、首を引っ張られては光が消える。

「……そうか」

 リタは、呟いていた。

 例え人間の『魔道士』が使おうが、ユニコーンが使おうが、『テレポート』も所詮は『魔法』だ。

 そして、『魔法』を使うときの鉄則は変わらない、意識を集中させ、『魔力』を高め、そして一気に『魔法』として発動させる。

 だが。

 ロープで首を引かれ、集中を乱されれば、いかにユニコーンといえども、上手く『テレポート』を発動させられない、という事か。

 やがて、何度もロープを引かれ、その都度首を絞められ続けて力尽きたのか……

 ユニコーンは、口からあぶくを吐きながら、その場に前脚を曲げてしゃがみ込んだ。

 それを待っていたかの様に……

 首を絞め付けていたロープが緩む。だが相手のユニコーンは既に、その隙に逃げる、という事すら考えられ無いほどに疲弊しているらしい、足を曲げて座ったまま、大人しいものだ。

 そして。

 ざ、と。

 石造りの床を、靴の底で擦る音と共に。

 男が、ユニコーンの横に立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る