第18話

「さて」

 男は、じっとリタを見る。

「約束通り、お前には働いて貰うぞ」

 男が言う。

「……っ」

 リタは息を呑んだ。それはつまり……

 つまり……

「私、が……?」

 リタは男に問いかける。

「そうだ」

 男は頷いた。

「お前はさっき、『処女か?』という俺の問いかけに対して、『そうだ』と答えた」

「……っ」

 リタは息を呑む。こんな場所で、しかも目の前には『聖獣』と呼ばれるユニコーンがいるというのに、それでもリタは顔が赤くなるのを感じた。

「だからこそ、ここに連れて来た、さあ」

 男は、じっとリタを見る。

「働いて貰うぞ」

 男が言う。

 リタは、黙っていた。


 しばらくして……

 リタは、部屋の入り口に一人で立っていた、ユニコーンは、何もせずにただ部屋の真ん中に佇んでいた、こちらを警戒してはいないのだろう、相手は『テレポート』の『魔法』を扱えるのだ、例え武器を持った人間が襲いかかってきたとしても、こいつらは簡単に逃げられる。

 リタは、黙って……

 黙って、ユニコーンを見つめていた。

 そして。

 ユニコーンが、こちらを見る。

 リタは、びくっ、と身体を震わせた。

 そして……

 ユニコーンが、リタに向かってゆっくりと……

 ゆっくりと、近づいて来る。

 リタは、身体を震わせながら……

 無言で、ユニコーンを見ていた。


 どすっ、と。

 蹄が床の上にあたる音が響いた。

 リタは顔を上げてユニコーンを見る。大きい、白い肌に、金色の鬣、そして頭に生えた一本の大きな角、その目がこちらを真っ直ぐに見据えていた。リタは、ごくり、と唾を飲み込んだ。

 ユニコーンがいる、という事は、この『大迷宮』にも、神の加護がある、という事だろうか? 彼らがいるのは常に神々の加護がある聖地や神域だけだという話だが。

 神のご加護……

 リタは、それを考えて、思わず俯いていた。

 もし。

 本当に、この『大迷宮』に……

 ここに、本当に神々の……

 『至高神』の加護があるのだとしたら……

 リタの脳裏に浮かぶのは、あの時、リタを襲った無数のゴブリン達だった。

 ここに来る途中、あのゴブリン達に襲われた部屋を、リタは男と共にもう一度訪れていた。だけどそこには、もうゴブリンの姿も無く、男が殺したはずのゴブリンの死骸も、血痕も残されてはいなかった、そして……

 リタと共に、ゴブリン達に襲われたあの二人の姿も何処にもなかった。

 ただ一つ。

 部屋の隅の方に転がっていた、切り落とされた松明だけが、あの部屋で起きた出来事が事実である、という事を物語っていた。

 もし。

 本当に『至高神』の加護が、この『大迷宮』にもあるのだとしたら、何故……

 何故、『至高神』は、あの二人を助けてくれなかったのだろうか?

 そして。

 兄の事も……

「……っ」

 リタは、ぎりっ、と歯ぎしりしていた。そうだ。どうして……

 どうして彼らは、遺体すら残らない死に方を……

 リタは、項垂れる。

 だが。

 どすっ!! と、再び大きな音が響く。ユニコーンの蹄の音だ、リタは顔を上げる。目の前にいるのは、白い大きな馬、角が生えた、大きな白い馬でしかない。

 リタは、じっとそいつを睨み付けた。『至高神』に仕える『聖獣』? だというのならば、何故こんな場所にいて、人を傷つけようとするのか……リタは、そんな理不尽な怒りを思わず、目の前の『馬』に向けていた。

 そうだ。

 こいつは……

 こいつはただの『馬』ではないか、『馬』の姿をした『魔物』でしか無いではないか。

 『聖獣』なんて言いながら、この『大迷宮』に足を踏み入れた者を傷つける……

 ただの……

「……『魔物』でしか無い、じゃないの」

 リタは、顔を上げてはっきりと。

 はっきりと、ユニコーンに向かって言う。

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