第16話

「お願い、します……」

 リタは、頭を下げる。

 深々と、頭を下げる。

「『食材』を調達するのも……ウェイトレスでも、何でもやります、だから……」

 リタは、祈った。

 見習いとはいえ、『至高神』に仕える神官であった。

 それなのに、こんなに本気で祈った事など一度も無かった。頼むから、この願いは、この願いだけは聞き届けて欲しい。と、リタは本気で願い、祈った。

 その願いを聞き届けたのは、『至高神』であったのか。

 あるいは、以前に噂で聞いた、『大迷宮』の奥深くに潜み、人の魂を喰らうとされる『悪魔』であったのか。

 それは解らない。

 だけど。

 リタの耳にははっきりと……

 はっきりと、男が面倒そうにため息をつくのが聞こえた。

 リタは顔を上げて、男を見る。

 男は黙ったままで、調理台と逆の方向、皿やグラスが並んでいる棚に向かって歩き、その棚の右側に向かって手を伸ばす、そこには沢山の本が入っていた、様々な料理のレシピ本や食材についての本のようだった。

 だが男が棚から取り出したのは、それらの本のどれでも無い、一冊の古ぼけたノートだった。灰色の表紙のノート、その表紙には何も書かれていないが、随分と読み込まれている物らしく、やや表紙がくたびれているのが、離れた位置からでも解る。

 男は黙ってノートを広げ、ぱら、ぱら、とページを捲る、何が書かれているのか、残念ながらリタには解らない。

 ややあって……

 男は、あるページに視線を落とし、しばらくの間、じっとそのページを見つめていた。

 そして。

 男は、ゆっくりと。

 ゆっくりと顔を上げて、リタを見つめた。

「……良いだろう」

 男が言う。

「お前を『大迷宮』に連れて行ってやる」

 その言葉に、リタは快哉を叫びそうになった。だけど、それよりも早く、男がじろり、と鋭い目でリタを見据えた。

「その代わり、一つだけ質問に答えろ」

「……質問、ですか?」

 リタは尋ね返す。

「ああ」

 男は頷いた。

「念の為に言っておくが、嘘は付かずに正直に答えろよ? 嘘を付いても、いずれ必ずバレる事になる、そしてもしも、嘘だと解った時点で、俺はお前を捨てる、それが例え、あの『大迷宮』の中であったとしても、だ」

 男は、はっきりとした口調で告げた。

「は はい……」

 リタは、重々しく頷いた。一体……

 一体、どんな質問なのか。やや警戒しながら男の顔を見る。

 ややあって。

 男が口を開いた。

「お前」

 リタは、身体を強張らせる。

「処女か?」

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