第11話

「……あの」

 リタは、男の顔を見る。

 男は振り返りもしないで、皿を洗っていた。

「お お願い、したい事があるんです……」

 リタは言う。

「私と、一緒に……」

 男は振り返らない。

 それでもリタは言う。

「『大迷宮』に、行ってくれませんか?」

「……俺は」

 男が言う。

 相変わらず振り返りもせず。

 淡々とした口調で。

「『冒険者』じゃない、まあ、かつては確かに『冒険者』だったがね、今は引退して、単なるレストランの店主でしか無い人間だ、『大迷宮』に挑むつもりも無いし、あそこを踏破したいとも思わない」

 男は、そう言って水を止める。

 そして。

「それに何より……」

 男は、じろり、とリタの方を見る。

「『似非(えせ)冒険者』なんかとは関わりたく無いんでね」

「え……」

 リタは言う。

「似非、冒険者……?」

 リタは、思わず問いかけていた。

「ああ」

 男は頷く。

「わ 私は、ちゃんと冒険者として、あの『大迷宮』に……」

 リタは言う。

 だけど。

「だったら」

 男は言いながら、ゆっくりとした足取りで厨房から出、カウンターの端に置かれた小さい箪笥の、一番上の引き出しを開けた。

 そして。

 こちらに歩み寄って来る男の手には、きらり、と輝くものが握られていた。

 男はそれを、ちゃり、とリタの目の前に置いた。

 リタはそれを見る。

 それは、小さいネックレスの様な物だった、真ん中に、薄く輝く、小さい金属のプレートが付いている。

 そして。

 そこには……


 『剣士:ランクS』


 そういう文字が刻印されている。

「……こ これは……?」

 リタは顔を上げて男を見る。

 男は、そのリタの顔を見て、ふうう、と息を吐いた。

「これは、何処の街であろうとも、『冒険者ギルド』に正式に『冒険者』として認められ、ライセンスを得た物に与えられる『タグ』だ」

「……っ」

 リタは、言葉を失う。

 そんな物があるなんて、リタはもちろん知らなかった。

 あの二人も、こんな物は持っていなかった。

「『冒険者ギルド』に所属する『冒険者』には、これが必ず支給される、そしてここには、所属する『冒険者ギルド』の名前が書かれているんだ、お前が『冒険者』だと言うのなら、当然持っているだろう?」

「そ それは……」

 リタは口ごもる。

 だけど。

「そ そう、ゴブリン……」

 リタは顔を上げた。

「あ あそこにいたゴブリン達に、服を破られた時に引き千切られてしまったんです」

 咄嗟に言い訳をしたけれど、男はふん、と鼻を鳴らした。

「良く見ろ」

 男は言いながら、その『タグ』を指差して見る。

 リタは、じっと『タグ』を見た。

 きらきらと、不思議な輝きを放つその『タグ』、金色だけれど、金とは何かが違う、別な金属で造られているのだろうか?

「この『タグ』は、『冒険者』達の身分の証である、と同時に、旅先で命を落としたりした場合、これを、ここに書かれている所属ギルドに届ける事で、ギルドから、遺族達に死んだ事が伝えられる」

 男が言う。

 リタは、黙っていた。

「そしてギルドからは見舞金として金が支払われ、届けた相手にも、ギルドからは『礼金』が支払われる、という仕組みになっている」

 男が言う。

 無論リタは、そんな仕組みのことなど知らない。

「つまりこれは、身分証、というだけでは無く、死んだ後、その死を遺族達に伝える、という大事な役割も持っている、それ故に、簡単に千切れたり、壊れたりしないように、『ミスリル』という特殊な金属で造られているんだ」

 男は告げた。

「まあ、ランクごとに、使われる『ミスリル』の純度も変わって来るがね、だが、たとえ一番低いランクの『タグ』であったとしても、『ミスリル』である事に変わりは無い、ゴブリン風情では、何十匹集まったところで、引き千切るなんて事は不可能だろうな」

 リタは、拳を握りしめる。

「それを知らないし、持ってもいない、という事で、お前の話は嘘だ、という事が解る、という事だ」

 リタは、俯いた。

「解ったのなら、さっさと帰る事だ」

 男は冷ややかに言う。

「『似非冒険者』」

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