第10話

 男は、リタがスープを飲み終えたのを確認してから、皿を持ってテーブルから立ち上がると、そのまま厨房へと向かった。

「あの……」

 リタは、その後ろを慌てて追いながら問いかける。

「あそこには、私の他に二人いたんです、その二人は……」

 リタは、男に向かって問いかける。

 男は黙って、厨房のシンクの中に皿を入れ、そのまま洗い始める。

「……あの!!」

 リタは、少し大きな声で言う。

 男はその声に、軽く息を吐いた。

「あの場で……」

 男が言う。

「生き残っていたのは、お前一人だけだ」

「っ」

 リタは、息を呑んだ。

「……それ、は……」

 リタは、呻く様に言う。

 男は何も言わないで、皿を洗っていた。

 つまり……

 つまり、あの二人は……

 リタは、脱力したように、近くの椅子にゆっくりと……

 ゆっくりと、腰を下ろした。

「……どうして……」

 リタは、呟く。

 あの二人は、あんなにも明るくて。

 そして、真っ直ぐな二人だった。確かに『冒険者』としては未熟かも知れないが、これからきっとどんどん強くなって、いずれは……

 いずれは必ず、あの『大迷宮』を踏破出来る。

 そう信じていた。

 それなのに……

 リタの目から、ぽろぽろと涙が零れる。

 だけど。

「いちいち泣くな」

 男が言う。

「……でも」

 リタは、顔を上げて男の背中を見る。

「あそこは、そういう場所だ」

 男は言う。

「……っ」

 リタは息を呑む。

「どんな夢も希望も、『あそこ』では通用しない、『あそこ』で生き残る為には……」

 男はリタを振り返る。

「『力』だけが、全てなんだ」

「……っ」

 リタは、黙り込んだ。


「さて」

 皿を洗い終え、男はゆっくりとした足取りで、まだ椅子に座っているリタに歩み寄る。

「お前は、これからどうするんだ?」

「……私、は……」

 リタは呟く。

 そうだ。

 これから……

 これから、どうすれば良いのだろう?

 兄を、探したい。

 その気持ちは変わっていない。だけど……

 だけど。

 その為に、また……

 また、誰かを……

「……うっ……」

 リタは、口を手で押さえた。

 どうして……

 どうして、こんな事に……?

 自分はただ……

 ただ、大好きな兄と……

 もう一度、会いたかっただけなのに。それなのに……

 こんな……

 リタは、涙が溢れるのを抑えられなかった。あの二人は、自分のせいで……

 自分のせいで……

「おい」

 男の声。

「いつまで泣いてるんだ? 早く決めろ」

「……?」

 リタは顔を上げる。

「街に戻るというのなら、まあ、馬車くらいは呼んでやる」

 男が言う。

 リタは、何も言わずに男を見ていた。

「『大迷宮』に、また挑むというのならば、さっさと行け」

 男は、冷ややかに言う。

「どちらにしても、この店にお前の居場所は無いんだ、さっきのスープの代金はサービスにしておいてやるから、早く決めて出て行け」

 男の声を聞きながら。

 リタは、項垂れた。

 神官服の裾を、ぎゅっ、と握りしめる。

 どうすれば……

 どうすれば、良いのだろう?

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