第7話

 ゴブリン達の叫声が聞こえる。

 いつの間にか、倒れたリタはすっかりゴブリン達に囲まれていた。

 もしかして、この部屋にいる全てのゴブリンが、自分に群がっているのでは無いか? と、そんな事を一瞬考える。もしもそうなら、少なくとも二人が助かる可能性は……

 リタがそんな事を考えている間にも、数匹のゴブリン達が、リタの身体に群がり、神官服の下に着込んだ鎖帷子を、強引に引っ張り始めた。

 頑丈なはずの鎖帷子は、小柄ながらも思ったよりも力のあるゴブリン達によって、少しずつ、だけど確実に破壊され、ばち、ばち、と鎖が外れていく、それが完全に無くなれば、もうリタの全身を守る物は何も無い。

 後は……

 後はただ、生きたままゴブリン達に蹂躙されるだけだ。

 リタ自身に『そういう』経験は無いが、それでも……

 それでも、何をされるのかは想像が出来た。

 だが……

 だがそれも……

 それも……

 神が与えた、罰なのかも知れない。

 リタは、目を閉じたまま、至高神への祈りの言葉を唱えた。もちろん口を塞がれていては、それは声にもならない、だけど。

「ぎぎっ!!」

 目を閉じて、微かに口を動かしている自分を見て、ゴブリンの一匹が叫んだ。

 この状態でも、もしかして神に祈りを捧げる事によって起こせる『奇跡』、つまりは神官達が扱う『神聖魔法』を唱えようとしている、とでも思ったのかも知れない。

 確かに、熟練の神官の中には、胸の中で唱えるだけで様々な『神聖魔法』を行使する者もいる、と聞いた事はあるが、それはリタの様な未熟者では無く、もっと優秀な神官だけが出来る技だ。

 まあ、そんな事はゴブリン達には理解出来ないのだろう、声を上げたゴブリンが、手に持っていた小剣(ショートソード)をぶんっ、と振り上げる。

 そして。

 床の上に押さえ付けられているリタの二の腕に、その刃がぶすり、と突き刺さった。

「っ!!」

 リタは、口を塞がれたままで声にならない声で叫んだ。

 腕の中に、熱い塊が食い込む感触、次いで傷口が、まるで焼け火串でも押し当てられたかの様に熱くなる。これは……

 これは……

 腕から血が噴き出し、しかも力が抜けて行く、これは……一体……ただ刺されたにしては、明らかに妙な感覚だ。

 全身が熱くなる、喉の奥から何かがこみ上げて来る。既に抵抗は止めていたけれど、それでも力を込めていた両足から、蝋燭の火が消える様に力が抜けた。

 何かが……

 何かが、おかしい。

 一体……

 何を……

 解らない。

 だけど……

 これで……自分は……

 自分は……終わりだ。

 リタは、そう思った。

 だけど。

 その時。


 かつん。


「……?」

 聞こえたのは、微かな音。


 かつん。


「……?」

 また、その音が響く。

 そして。


 かつん。

 かつん。

 かつん。


 その音は、次第に規則的に聞こえる様になってきていた。それも……

 最初の時より、ずっと……

 ずっと、はっきりと聞こえる様になっていた。

 それは……

 足音、だ。

 そして。


 かつん。

 かつん。

 かつん。


 響いていた足音が。

 途中で、止まる。

 考えるまでも無い。

 誰かが……この部屋に入って来たのだ。

 ゴブリンの仲間か、それとも……

 そして。

 大柄な影が、部屋の入り口に姿を現した。


「……ほう」

 男の声がする。

 呆れた様な。

 半ば楽しんでいる様な。

 そんな声だった。

「随分と多いな」

 その声に、近くにいたゴブリンが振り返る。せっかくの自分達の『お楽しみ』を邪魔された事に対して怒っているのか、ぎぎっ、と叫ぶとそのまま小剣を手に、その声がした方に向かって走り出す。

 だけど。

 その男は、いつの間にか手に剣を持っていた。

 ゴブリンが、そいつに斬りかかるよりも早く。

 男の手にした長剣(ロングソード)が、ゴブリンの首を跳ね飛ばしていた。

 血をぶちまけながら、そのゴブリンの首が吹き飛び、部屋の何処かにどさり、と落ちる。

 その音に、さすがにリタの周囲にいるゴブリン達も、異変に気づいたのだろう、リタから手を離して振り返る。

 リタも、そちらを見る。

 ここからでは、大柄な影としか見えない。だけど……

 どうやらその声からして男性だろう、剣を手に持ち、妙に歪な形なのは多分、鎧を身につけているからだ。

 そして。

「……これだけいれば、まあ十分だろうな」

 その大柄な影が。

 男が、低い声で言う。

 十分。

 その言葉の意味を、リタが理解するよりも早く。

 男は、剣を構え、だっ、とゴブリン達に向かって飛び込んで行く。

 銀色の光が一戦する。

 近くにいたゴブリン達の首が跳ね飛ばされる。

「ぎーっ!!」

 ゴブリンの一匹が叫ぶ。

 部屋の中央付近にいたゴブリン達が、その声に反応して男に向かって突っ込んで行く。

 だけど。

 男は、動じた様子も無く、剣を構えてゴブリン達を見ていた。

 リタは……

 ぼんやりとする意識の中で、その男を見ていた。


 そして。

 男に、一匹のゴブリンが剣を構えて突進する。

 男は、何も言わずにそのゴブリンを斬り捨てた。

 リタが見た光景は……

 それが……

 それが、最後だった。

 だけど……


 ……兄さん。


 リタは、胸の中で小さく呟いた。

 そんな事は無い。

 それは解っている。だけど……

 あれは……

 あれはまさか……

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