第6話

「っ!!」

 リタは弾かれた様に、そちらに向かって走った。

 まだ未熟な二人、ほとんど会話した事だって無いし、名前以外は知らない二人組だった。

 それでも……

 それでも……

 兄を探す。

 その為に『大迷宮』に挑むのだ。

 だが仲間も見つからずに、一人で途方に暮れていた時。

 あの二人が、優しく声をかけてくれたのだ、若い女性で、しかもろくに戦う力も無い自分が一人でいるのは危険で、放っておけなかった、とも言ってくれた二人。

 そんな二人が……

 そんな二人が今、沢山のゴブリン達に襲われている。

 救わないと。

 助け無いと。

 守らないと。

 自分が……

 自分が、あの二人を……

「離れなさいっ!! 離れて!!」

 リタは金切り声をあげながら、ゴブリン達の群れに飛び込むと、腕をめちゃくちゃに振り回して近くにいるゴブリン達を殴りつけた。

 だが、ゴブリン共はその程度の事ではびくともしない、鬱陶しげに一匹が振り返り、リタの身体をどんっ、と突き飛ばした。

「きゃっ……!!」

 リタは声を上げ、その場に尻餅をついた。神官服に汚れが付いたけれど、そんな事を気にしてはいられない。

 リタは立ち上がり、そのまま再びゴブリンの群れに向かおうとした。

 だけど。


「ぎーっ!!」


 近くで響くゴブリンの声。

 そして。

 背後から、ゴブリンが飛びついて来る。

「っ!!」

 リタは息を呑んだ。

 そのままゴブリンにのしかかられ、リタはその場に俯せに倒れる。

「は 離して!!」

 リタは叫んで身をよじるが、ぎゅうう、としがみついて来るゴブリンは、まるで生きた拘束具の様だった、リタは身体を無理に仰向けにして、床との間に挟んでやろうとした。

 だけど。

 すぐに別なゴブリンが組み付いて来て、リタの身体を身動き出来ないように抑え込んだ。

「くっ……こ このっ!!」

 リタは叫んで、足をジタバタと動かして、近くのゴブリンを蹴り飛ばそうとするが、その足首もゴブリン達に掴まれてしまった。

 そして。

 背中に組み付いていたゴブリンが、いつの間にか離れていた。

 リタの身体は、そのまま仰向けにひっくり返される。

「は 離しなさいっ!!」

 リタは叫び、そのまま手を伸ばしてゴブリン達を殴ろうとする。

 だが、ゴブリン共はそのリタの小さい抵抗すら楽しんでいる様に、ゆっくりとリタに近づいて来て、手首を握りしめて床の上に押さえ付けた。

 そして。

 びりっ、と音がして、神官服の足の部分が引き千切られる。

「っ!!」

 リタは息を呑んだ。

 これから何をされるのか、一瞬にして理解出来たからだ、確かにこいつらは、異種族の若い女性を、自分達の子孫を増やす為に利用する、と聞いた事があるが……

「や 止めて、離してっ!!」

 リタは叫ぶ。

 だが、その口の中に、くしゃくしゃに丸められた布の様な物が押し込まれた。

「……っ」

 それが、さっき破かれた神官服の一部である、という事には気づいたけれど、そんな事が解ったところで何の意味も無い。

 そして。

 神官服がビリビリと破かれる。その下には、あの二人の忠告に従って鎖帷子を着ていたけれど、それが無かったら、自分はそのまますぐに……

「っ!! っ!! っ!!」

 リタは、声にならない声で叫んだ。

 兄の顔を思い浮かべる。

 あの二人の顔を思い浮かべる。

 ここは……『大迷宮』。

 どんな夢も希望も、そして……

 どんなに大切な人間の存在でも。

 あっという間に、闇の中に飲み込んでしまう。

 そういう場所なのだ。

 その事実が、今更になって。

 今更になって、リタの中に潜り込んでくる。

 自分は……

 自分は、その事を忘れ……

 ただ……

 ただ、『兄に会う』という、自分の感情だけを優先してしまい、何の知識も無いままに、この『大迷宮』に挑もうとした。

 その短絡的な考えが、あの二人を……

 こんな自分に優しくしてくれた、あの二人の若い冒険者を。

 そして……

 そして今。

 リタ自身をも……

「……っ」

 リタは、気がつけば抵抗する力を抜いていた。

 これは……

 これはきっと……

 自分に与えられた『罰』なのだろう。

 至高神が、自分が受けるべき『罰』として与えた物なのだ。

 兄に会いたい。

 その感情だけで行動し、他人を犠牲にした。

 そんな甘い考えの、リタに対して。

 ならば……

 ならばそれを……

 自分は……

 自分は……

 受け入れよう。

 リタは、何処か……

 何処か、諦めた感情の中で。

 そう、思った。

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