第5話

 通路の先に踏み出した時、リタは奇妙な違和感を感じた。

 何かが……今までいた部屋とは違う。

 何が、とは言えないが、明らかに何かが……

 何か……

「……?」

 リタは、眉を寄せた。

 そうだ。

「……暗い……」

 リタは呟いた。

 そうだ。

 周囲が、暗いのだ。今までいた部屋からの灯りのおかげで、まだ辛うじて近くは見えるが、どうしてこの通路はこんなに……

 リタは、じっと正面を見る。目の前には真っ黒な通路が延びている、曲がり道などは無い、ただの真っ直ぐな通路、その向こうにも部屋があるようだが、こちらも何故か真っ暗で何も見えない。

 だけど……

「……?」

 リタは、じっと部屋を見た。

 その部屋の中で、一瞬何かが……

 何かが、小さく動いた。

 それはまるで……

 まるで、子供みたいな小柄な人影。

 子供が、こんな場所に?

 否。

 そんな事は無い、こんな場所に子供がいる訳が無い。

 すると……

 するとあれは……

「……まさか……」

 リタは呟いた。

「どうした?」

 少年が問いかけながら、リタの肩越しに通路の先の部屋を見る。

「なんであの部屋あんなに暗いの?」

 少女も、背後から部屋を見て言う。

 二人の声が、壁に反響していくのが解る、きっと部屋の中にまではっきりと聞こえただろう。

 それと同時に。

 部屋の中にいた小柄な影がいくつか、微かに動き、そして……

「戻って!!」

 リタが叫ぶ。

 それと、ほとんど同時だった。

 小柄な影が、一斉に通路に殺到した。


 押し合いへし合いしながら、通路を通ろうと部屋の入り口に溜まっている小柄な影に背を向け、三人はさっきの明るい広い部屋へと戻ってきた。

 少年は剣を、少女は既に杖を構えている。リタも神殿から持って来た錫杖を、しっかりと構えていた。

 ややあって。

「ぎーっ!!」

 声と共に、小柄な影が一匹部屋の中に飛び込んで来る。

 それはリタの予想通りの、緑色の肌の醜悪な小鬼、ゴブリンだ。

 ゴブリンが、手に持った小剣(ショートソード)を振り回して三人に突っ込んで来る。

「そらっ!!」

 少年が気合いと共に剣を振り下ろし、そのゴブリンの額に先端を突きたてた。

 ぶしゅうう、と血が噴き出す。

「へんっ!!」

 少年が鼻で笑った。

「この程度の雑魚なら、どうって事無いぜ」

 少年が言うと同時に、部屋の入り口から再び声がする。

 ゴブリンが二匹、部屋に入って来る。

「はあっ!!」

 少女が杖を正面に突き出す。

 その瞬間、杖から放たれた火炎弾が、ゴブリンの一匹に直撃した。

 爆発音と共に、そのゴブリンが炎に包まれ、そのままどう、と床の上に崩れ落ちた。もう一匹にも火の粉が飛んでいったが、そいつは動じた様子も無く、だっ、と素早く走り出して三人に駆け寄って来た。

「このっ!!」

 少年が、自分の正面に来たゴブリンに剣を振り下ろしたけれど、ゴブリンはネズミの様な俊敏さで少年の剣を回避し、後ろにいるリタに向かって突っ込んで来た。

「っ!!」

 リタは、手にしていた錫杖をぶんっ、と振り下ろす。

 錫杖が直撃し、ゴブリンの額から血がびゅっ、と噴き出した、もんどり打って倒れたゴブリンの手から、手にしていた小剣が転がり落ちた。

 打ち所が悪かったのか、そのままそいつは動かない。リタは目を閉じ、この目の前のゴブリンの魂が浄化される事を至高神に祈った。

 だが。

「ぎーっ!!」

「ぎっ!! ぎっ!!」

「ぎぎーっ!!」

 声が、いくつも響く。

 そして。

 ぶちっ、と。

 何かが千切れる様な音。

 そして。

 がしゃん、と、何かが床に落ちる音が響いた。

「っ!?」

 リタは、ぎょっとしてそちらを見る。

 部屋の壁にくくりつけられていた松明が、床の上に落ちていた。ブスブスと火がまだ燻っていたけれど、いつの間に集まっていたのか、数匹のゴブリン達が次々に上から火を踏みつけたせいで、それは簡単に消えてしまった。

 次いで。

 がしゃん、がしゃんっ、と音がする。松明をくくりつけているロープを、ゴブリン達が次々と切断しているのだ、松明は、部屋の端の方にあと一つ、既に大分部屋は暗くなっている、このまま部屋全体が暗くなれば、夜目の効くゴブリン達の方が有利になってしまう。

 何とかして、最後の松明だけは守らないと。

 リタはそう思って、松明に向かって走った。

 だが、そのリタの目の前に、一匹のゴブリンが立ち塞がる。

「っ」

 リタは息を呑んで、再び錫杖を振り上げる。

 だけど。

「ぎぎっ!!」

 声がする。

 目の前のゴブリンとは、別なゴブリンの声。

 リタは一瞬、そちらを見る。

 それが、いけなかった。

 だっ、と。

 目の前のゴブリンが、リタに駆け寄ると、錫杖をがしっ、と握りしめた。

「っ!!」

 リタは大慌てで手を引いたが、小柄な体型の割にゴブリンは力が強く、ぐいっ、と錫杖を引かれ、前につんのめってしまった。

「っ!! は 離しなさい!! これは至高神からの授かり物で……」

 リタは怒鳴り付けるが、ゴブリンは呆気なくリタの手から錫杖を引ったくり、そのまま明後日の方向に放り投げてしまった。

 がしゃっ、とまたしても音がした。

 松明の明かりが、ふっ、と消えてしまう。

 リタは部屋の中を見る。

 そして……愕然とした。

 暗くても、はっきりと解る。

 部屋一杯に、黒い小柄な影がいくつも蠢いていた。

 そして。

 部屋の中央辺りに、一際多くの影が蠢いている。

 そこに何が。

 否。

 誰がいるのか、リタは今になってようやく思い出した。

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