第4話

 祠の中に、ゆっくりと足を踏み入れる。

 祠、と言っても、実際には何も祀られたりはしておらず、ただ真っ直ぐな石造りの通路が延びているだけだ。

 そしてその奥にある分厚い鉄製の扉、ここを超えれば、いよいよ『大迷宮』だ。

「……行くぞ」

 少年が、低い声で言い、扉に手をかける。

「まずは、五階まで潜ろうと思う、その程度なら、あまり強い魔物もいないって言うし」

 少年が言う。

「そうね」

 少女も頷いた。彼女も魔法使いとして、ある程度の魔法を使えるはずだが、リタと同様、まだ『見習い』という立場らしい、それは少年も同じだ。

 リタは目を閉じる。出来ればすぐにでも、兄の行方の手がかりを知る為、もっと奥まで進みたいと思ってはいる、だが、この『大迷宮』はかなり広大なのだそうだ、自分達の様な未熟者では、簡単に命を落としてしまうだろう、とも言われている。

 だからこそまずは低い場所で、自分を鍛える必要がある。

 それはパーティーを結成するときに、予め三人で決めた約束だった。

「それで、良いと思います」

 リタも、二人に頷きかけた。

「よし」

 少年はもう一度頷いて、扉をゆっくりと開く。

 ぎぃい……と、重々しい音が響いた。


 扉を開ければ、すぐ目の前に階段があった。

 そこを下りきれば、いよいよそこが『大迷宮』の第一階層だ、三人はゆっくりと階段を下りる。

 階段を降りた先には、どうやら広い部屋があるらしい、そこに近づくに連れて、何やら得体の知れない幕のようなものが、自分の身体に纏わり付いてくるような、何とも言えない奇妙な感覚をリタは覚えた。

 そして。

 階段を下り、リタは顔を正面に向けた。

 ひゅうう、と。

 地下のはずなのに、生温い風が吹いた様な感覚。

 そして。

 三人の前には、広い部屋があった。

「……ここが……」

 リタは呟く。

 危険な場所だ。

 そういう風に聞いている。

 何が起きてもおかしくない場所だ。

 そんな事も言われた。

 入ってすぐの場所で、命を落とす者もいる。

 その覚悟も、決めてきた。

 少なくとも、そのつもりだった。

 だが……

「……『大迷宮』……」

 リタは呟いた。

 ここは……違う。

 外のあの森も、危険な場所ではあった、『大迷宮』から何かしらの方法で外に出た魔物達が繁殖しているのだ、という噂があり、実際リタ達は、何匹かの魔物に遭遇し、戦って追い払ったり逃げたりして来た、狼や熊などの、危険な野獣も見かけた。

 常に何かがこちらを狙う感覚、それをあの森ではずっと感じていた。

 だが……

 この『大迷宮』は、違う。

 あの森など、まだここと比べれば安全な場所だ。

 ここはまるで、墓の下だ、死の気配以外は何も感じられない、ここに入った時点で、いつ何処で、何が原因で死んでもおかしくない、そんな場所だ、既に入った時点で、自分達は死神の鎌を喉に突きつけられている、そんな感覚だ。

「……っ」

 吐き気がする。

 リタは思わず俯いていた、身体から力が抜け、足が震えて立っていられない。

「ちょっと」

 リタの様子に気づいたらしい少女が、背中を軽くさすってくれた。

「大丈夫?」

 手の感触は温かい、だけどリタは、まったく気分が良くならなかった。

 それでも……

「だ 大丈夫、です……」

 リタは、顔を上げて言う。

 そうだ。

 へこたれている場合じゃ無い、兄を……

 兄を、見つけるんだ。

 リタは自分に言い聞かせる様に、足を前に踏み出す。

 周囲を見回す。

 広い部屋だ、石造りの壁が、ぐるりと自分達を囲んでいる、まるで大きな棺の中にいる様な気分がしたけれど、何の事は無い、単なる壁だ。

 灯りのつもりなのか、壁には縄でくくりつけられた松明が、四方に一つずつ吊されている、ここに先に来た冒険者が残した物なのか、それとも他の誰か、例えばこの迷宮を造った人物が……

 解らない。

 だが、あまりここに長居をしても意味は無さそうだ、部屋には何も無いし、床の上にも何も落ちていない、リタ達三人の正面には、先へ進む為の通路が見える。

「行きましょう」

 リタは、そう言って歩き出した。

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