第3話 事件の真相

「お、お前! なんてことをしたんじゃ! 門番が来訪者を殺すなど、前代未聞じゃぞ!」


 スライムのモリルが驚愕の声を上げる。


 エルフ少女のリリアに至っては、両手で自身を抱きしめるようにして体を震わせていた。


「こんな門番、即刻死刑じゃ! わしが今から国に入って、皆に知らせてやる! 精々残り短い余生を楽しむがいい! ――さあお前、早くわしを中に入れろ!」


 モリルが僕に向かって触手をピンと伸ばし、そう主張する。


「何か勘違いされているようですね、モリル様」


 淡々とそう告げる僕に、モリルは不穏な気配を感じ取ったのか、


「な、何を言っておるのじゃ。は、早く通さんか!」


 と、言葉を詰まらせて言う。


 僕は槍の先を指先でなぞりながら、


「僕たち門番には、危険と判断した人物をその場で処刑する権限が与えられているのです。だから、あなた方のような入国希望者を殺してしまっても、僕たちが法で裁かれることは決してないのです」


「そ、そんな馬鹿げた法があってたまるか! 門番ごときにそんな大層な権限が与えられているはずがなかろう! わしをからかおうとしたって、そうはいかんぞ!」


 モリルは憤慨した風にそう言った。


「ガルの言ってることは本当だっての。何で今日は、こうも聞き分けの悪い奴ばっかり来るかな」


 レオンが槍を片手で回しながら欠伸をする。


 そんなときだった。


「グガガガァァ――グガガガァァ――」


 思わず背筋がぞっとする音が、森から聞こえてきた。


 ……まさか、このタイミングで現れるとはな。


 体をうねうねと動かしながら木々の合間を蛇行して向かってくるそれは、巨大な黒いナメクジを思わせる。


 ――黒影。


 体はすべてが黒く、頭と尻の区別もはっきりしない。目も鼻も口もない。不気味さを体現したような生き物である。


 モリルは悲鳴に近い声を上げると、


「お、おい! 逃げるんじゃ!」


 リリアの横顔を触手でバシバシと叩く。


 黒影は、並の冒険者では太刀打ちできないほどに強い。黒影の臨時討伐隊が組まれる場合も、手練れの冒険者が一人はパーティに入って戦うのが一般的とされる。


 モリルが逃げようとするのも頷ける。


 だが、そんな必要は、今は全くない。


 ここには、圧倒的な戦闘能力を持つ門番がいるからだ。


「じゃ、ちょっと風穴開けてくるわ」


 レオンは飄々とした調子でそう言うと、大きく跳躍し、迫りくる黒影の前に立ちふさがった。


 黒影はレオンを頭から丸呑みしようと、彼の目の前で体を大きく反らせた。


 黒影の体長は、レオンの背丈の三倍以上はあった。


 しかし、レオンは全く物怖じせず、槍を構える。


 黒影がレオンの眼前に迫った瞬間――、


 はたから見れば、レオンがただ槍を構えているようにしか見えなかっただろう。


 だが、槍の攻撃は放たれ、確かに黒影を貫いていた。


 ――ドゴンッ!


 と、大きな音とともに、黒影の巨大な体に大穴が開いた。


「必殺〈無視むしとつ〉」


 視覚では捉えきれないほどの超高速で槍を突き、そして引く――ただそれだけの技なのだが、威力は絶大である。相手は気づかぬ間に、体に大穴を開けられることになるのだから。


 黒影の巨体が倒れ、勢いよく砂煙が舞った。


 僕は砂が目に入らないように目を細め、腕で顔を覆った。


 リリアはその場でしゃがみ込み、目をつむっている。


 モリルは風で吹き飛ばされないよう、リリアの頭にしがみつくようにして触手を絡ませていた。


「いや~、久しぶりにいい運動だったわ~」


 砂煙の中から姿を見せたレオンは、そう言って肩を回しながら、こちらに戻ってきた。


 黒影を一撃で倒したレオンの強さに、抵抗は無駄だと悟ったのか、


「わ、分かったのじゃ。わしはもうこれ以上何も言うまい。じゃから、さっさとわしを通してくれんか」


 モリルは触手を伸ばすと、両手を上げて降参のポーズをとった。


「モリス様。あなたをこの国に入国させるわけにはいきません」


「はあ? ガル、何を言ってるんだ? 確かにこのスライムは偉そうで、鼻持ちならねえ奴だってのは認めるけどよ。それでも入国不可にするのは、ちょいと可哀想じゃねえか」


 どうやらレオンは、モリルたちの悪事に気づいていないようだった。


「レオン、正義のヒーローは好きですか?」


「ん? そりゃ大好きさ。弱きを助け強きを挫く――それこそがヒーロー。ヒーローは生き様なんだ。俺はどんなときだってヒーローでありたいと思ってるぜ」


「そのエルフの女の子を見て、何とも思わなかったのですか?」


「そりゃあ可愛いとは思ったけどよ。だからどうしたってんだ?」


 リリアがほんのりと頬を染めた。可愛いと言われて、恥ずかしくなったのだろう。


 それにしても、ここまで言ってもレオンには伝わらないらしい。


 レオンは戦闘能力がずば抜けて高く、腕力で大抵のことを何でも解決できてしまう。それこそ頭を使ってあれこれ考える必要がないほどに。頭を使わない癖がついてしまったのは、強すぎるが故の弊害と言えるのかもしれない。


「このスライムは、さっきのオークと結託して、エルフの少女に無理やり言うことを聞かせていたのです」


 出会ったときにリリアの手が震えていたのは、モリルやオークに脅され、従えと強制されていたからに違いない。


 モリルとリリアの持ち物がやけに少なかったのも、大きな鞄を持っていたオークと一緒に旅をしていたと考えれば説明がつく。


 レオンが射殺すような目つきをモリルに向け、槍の先をモリルの目の前に突き出した。


「おい、どういうことだ?」


 底冷えするような声で問うレオンに、モリルが慌てた風に答える。


「わ、わしも被害者なんじゃ。あのオークに脅されての。嫌々ながらも奴の言うことを聞くしかなかったんじゃ」


「嘘ですね」


 僕はモリルの話を言下に否定した。


「もし先ほどのオークだけが首謀者なら、彼が死んだ直後にそのことを打ち明けてもよかったはずです。ですがあなたは、そうしなかった。僕たちに嘘をつき続け、入国しようとした。オークだけでなく、あなたも首謀者だったと考えるのが妥当でしょう。どうですか? 何か反論はありますか?」


 モリルは黙っている。


「ガル。こいつ、殺しちまってもいいか? じゃないと、俺の腹の虫がおさまらねえ」


「もう少し待ってください。まだ答え合わせしたいことがあります」


 モリルがもぞもぞと落ち着きがなさそうに、リリアの頭の上で身じろぎする。


「あなた、ずっと少女の頭の上にいますよね。少し下りてもらえませんか?」


 スライムの反応は早かった。すぐさまリリアに「逃げろ!」と命令した。


 リリアは困ったように視線を泳がせたが、身を翻して森のほうへと走り出す。


「レオン!」


 レオンが、追いかけてもいいか、と目で問うてくる。


「拘束してください。彼女を傷つけないように」


「分かってるって!」


 レオンが後を追う。


 エルフとは言ってもまだ子どもだ。レオンの足の速さから逃げ切れるはずがなく、ものの数秒で彼女は掴まった。


「この間抜けが! 本当に役立たずだな!」


 彼女の頭に乗っていたモリルはそう吐き捨てると、飛び降りて一人逃げ出そうとする。そのとき、リリアの頭の上から大量の硬貨が零れ落ちた。


 足元に転がってきた硬貨を一枚拾い上げる。ヴァルガ王国で最も価値の高い、マユラ金貨である。


「――十三枚」


 金貨に描かれたガリルの樹の葉っぱの数は、十四枚ではなく十三枚だった。


 つまり、このマユラ金貨は偽物である。


 モリルは体の下で包み隠すようにして、大量の偽の金貨を持ち運んでいたのだ。


 オークとモリルは偽のマユラ金貨をヴァルガ王国に持ち込み、一儲けしようとでも考えていたのだろう。オークが順番抜かしや卑怯などの話を持ち出して、頑なにモリルの後に入国審査を受けようとしていたのも、偽の金貨を持つモリルを確実に入国させるためだったのだ。


 悪事がバレたモリルは、地面を飛び跳ね、森の中へと逃げようとした。


 だが、レオンがそれを許すはずがなかった。


「オラァァァ!」


 投げた槍がモリルに命中する。


 スライムの核が砕け、モリルの体がぐにゃりと潰れた。


 一撃でスライムの核を破壊するとは、さすがレオンである。


 彼に連れられて、こちらに向かって来るリリアは、ひどく怯えているようだった。


 無理もないか。レオンの驚異的な力を目の当たりにし、それがこの後自分にも向けられるかもしれないと思っているのだろう。


 だが、彼女は単に操られていただけだ。彼女に全く罪がないと言えば嘘になるが、罪があると断言するのもまた違うだろう。


「あなたに危害を加えることはありませんよ」


 僕は、怯える彼女と目の高さを合わせてそう告げた。


「……ほんと?」


 鈴が鳴るような声だった。


 僕は頷く。


 彼女がパッと笑みを浮かべた。


「くうぅぅぅ! メッチャ可愛いじゃん!」


「レオン、落ち着いて下さい。少女が怯えています」


「でもさ、でもさ。可愛いんだから仕方ねえだろ。可愛いは正義だ。俺は正義が大好きなんだ」


「分かりましたから――」


 そんな僕たちのやり取りのどこが面白かったのか、少女が目に涙を浮かべて笑いだす。


 僕とレオンは顔を見合わせ、互いに肩をすくめた。


「お名前は、リリアさんでよかったですか?」


 そう尋ねると、彼女は首を横に振ってから、元気いっぱいに答えた。


「アリア!」


 どうやらモリルは彼女に偽名を名乗らせていたらしい。足がつかないように、場所を変えるたびに名前も変えさせていたのだろう。


「アリアちゃんかぁ。名前もメッチャ可愛いじゃん。アリアちゃん! 俺はレオンだ。レオンお兄ちゃんって呼んでくれ」


 ぐいぐいと来るレオンが恐いのか、アリアは僕の背に身を隠す。


「おいガル! いくらお前でもアリアちゃんを独り占めするのは許さねえぞ!」


「ガルお兄ちゃんをいじめないで!」


 少女が僕の背中から高い声で言う。


「が、る、お兄ちゃん、だって?」


 レオンは絶望の表情を浮かべると、その場で膝をついた。


「俺が一番に呼んでもらうはずだったのに! 何でガルなんだよ! この前だって、俺が入国審査でむさくるしい男性冒険者に『兄ちゃん、いい体してるな』なんて言われてるときに、ガルは冒険者の美人お姉さんに『ガルくん、可愛い顔してるじゃない』なんて言ってもらってたし! なんで俺ばっかり貧乏くじ引いてんだよ! じいちゃんが、この世は平等だって言ってたのに! 全然そんなことないじゃねえか! 不平等も不平等! じいちゃんの嘘つき!」


 レオンは地面に繰り返し拳を打ち付けながら、泣き喚いている。


 そんな彼を、アリアが冷めた目で見つめている。


 レオン、ますますアリアからの好感度が下がっているよ……。


 次の入国希望者がいつやって来るとも限らない。レオンをいつまでも放っておくわけにはいかなかった。


「レオン、今は仕事中ですよ。あなたの憧れる正義のヒーローは、仕事をさぼるような人間ですか?」


「バッカやろう。んなわけあるかよ」


 レオンは立ち上がると、袖で涙を拭い、さっき投げた槍を拾いに行った。


 レオンとは幼い頃からの付き合いだ。僕たちの住むヴァルガ王国は小国家ということもあって、国内にある学校は、ヴァルガ学園ただ一校だけ。ヴァルガ王国で学ぶ子供たちは、勉学を共にすることになる。僕はあまり人づきあいが得意じゃなくて、学校で友達は少なかった。その数少ない友達の一人が、レオンだった。


 レオンは知り合った頃から正義のヒーローを目指していて、可愛いモノが好きだった。僕の知らないところで彼の考え方や感じ方も、時間とともに少しずつ変わっているのかもしれないけれど、それでも彼の変わっていない部分を見つけると、無性に嬉しくなるのはなぜだろう。


 レオンを目で追っていると、袖を引っ張られる感覚があった。


「どうしましたか、アリアさん?」


 アリアが上目遣いに僕を見て、


「なんで分かったの?」


 と、訊いてくる。


 何の話だろうと思っていると、彼女は続けて言う。


「頭の上に、本物じゃないお金を隠してること」


 ああ、そのことか。


 別に隠している物が偽の硬貨であるとまでは分かっていなかった。ただ、モリルが体の下に何かを隠しているとは思った。いくつか不審な動きはあったが、一番は、黒影が現れたときの彼の行動だった。


 彼はアリアに「逃げろ」と命令したのだ。


 これは変だぞ、と思った。


 どうして彼は自分だけで逃げようとしなかったのだろうかと。


 彼にとって、アリアは言わば駒だ。偽の金貨をその頭の上に乗せるためだけの道具としてしか、モリルは彼女を見ていなかっただろう。


 だが、彼は自分だけ逃げることはしなかった。


 いや、そもそも逃げられなかったのだ。


 彼が逃げようとすれば、さっきみたいに、隠していた金貨が落ちてしまう。


 そういうわけで、モリルは最後までアリアの頭の上から動こうとしなかった。


 僕はアリアの頭を撫でながら、「何となく、ですね」と答えた。


 真実を話せば、彼女を傷つけてしまうかもしれないと思ったからだ。


 今回の金貨の運び方を思いついたのは、おそらくモリルだろう。彼には口八丁なところがあった。頭の回転も早そうだった。


 アリアの頭の上に乗って金貨を隠すという手段は、中々に賢い手だったと認めざるを得ない。入国審査で調べられる鞄に偽の金貨を隠すのは危険だし、服のポケットに大量の硬貨を隠せば、膨らみで気づかれてしまうかもしれない。


 黒影の一件がなければ、僕もまんまと騙されて、彼らを入国させてしまうところだった。


 門番として、もっと慎重に考えて行動しないとな。


「おい、これ見てみろよ!」


 槍を拾いに行った先で、レオンが何か見つけたみたいだった。


 アリアと一緒に向かうと、レオンが木の根元を指差してテンション高く言う。


「これだよ、これ。メッチャ可愛いよな⁉」


 一輪の小さな花が咲いていた。


 花弁は空のように透き通った青色で、風に揺れている。


 ほんのりと甘い香りが漂ってくる。


「ほんとだぁ!」


 アリアが目を輝かせる。彼女は花のそばで膝を揃えてしゃがむと、


「一、二――」


 と、花弁を数え始めた。


 花弁の数は少なく、あっという間に数え終わってしまったようで、


「三枚!」


 と、彼女は元気よくこちらを振り返って言う。


「正解ですね」


 僕は彼女の頭をそっと撫でる。


 レオンもアリアの頭を撫でたいのか、彼女の頭に向かってそろそろと手を伸ばしていたが、手が頭に触れるよりも早く、彼女が勢いよく立ち上がった。


「アリアたちと一緒だね!」


 アリアはそう言って、僕、レオン、そして彼女自身を順に指差して、三本の指を立てた。


 レオンは残念そうにしていたが、すぐに立ち直ると、


「だな!」


 彼もまた、指を三本立ててそう言った。


 アリアとレオンが、笑顔で僕のほうを見てくる。


 レオンだけなら無視して門番の仕事に戻るところだが、アリアの純真無垢な眼差しに抗える気がしなかった。


「そうですね」


 僕も三本の指を立てる。


 アリアが「えへへ」と嬉しそうに笑う。


 それを見たレオンが「可愛いぃぃぃ!」と感極まった声を上げる。


 ――こんな日も、悪くないか。


 僕は頭上を見上げる。


 空は青く、どこまでも透き通っていた。

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二人の門番は、謎を解き国を守る まにゅあ @novel_no_bell

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