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「ほら、おみやげも持ってきたのよ。この石、すてきでしょう? みんなただの石だって言うんだけど、わたしはこれ翡翠だと思うの。だって緑色で、きれいでしょう? だからね、あなたにあげる。あなたの歌とってもきれいだったから、似合うかなって思ったの──ほら、やっぱりきれいだわ。あなたが着けてくれたのが嬉しくて、石が輝いているみたい」

 アリン・チタは困惑していた。「現身さま」と担がれてからこのかた、自分の部屋に入り込んでくる者などなかったから。邸宅を訪ねる者はいたが、彼らはみな、お飾りの偶像である自分ではなく祖母に会いに来ていた。眼前の少女に害意がないのは分かる。こんな真っ直ぐに好意をぶつけてくれるなら悪い気もしない。小さな子供が忍び込んできただけだ。たぶん自分は、つむじ風のような彼女の勢いに気圧けおされてしまっているのだろうと思った。

「君は、よく喋るんだね」

 そう言ったのが良くなかった。いや、どう言っても同じだったろうけれど。少女はきらきらと瞳を輝かせてまくしたてる。

「ええ。よくしゃべるし、よく歌うわ。わたし楽しいことときれいなものが大好きなの。お家はお父さまもお母さまも、お兄さまたちも無口なひとばっかりだから、つまらないのよ。でもおしゃべり以外にも楽しいことはいっぱいあるから今まではそれでガマンしていたんだけれど。でもねでもね、あなたのことを見たとたんガマンできなくなっちゃった。あなたとお話できたらどんなに楽しくて嬉しいんだろうなぁって。だから、ね、ね、お話ししましょうよ」

 まんざらでもないのだけれど、どこか居心地が悪かった。その後ろめたさの正体を捉えるためにしばらく考えてから、アリン・チタは口を開く。

「たぶん僕は君が考えているほど面白いやつじゃないよ?」

「そんなことないわ。ほら、わたしあなたの声を聞くたびにこんなにどきどきしてるんだもの。楽しくないはずないわ。ね、ね、あなたが今日歌ってた歌を教えてほしいの。わたしもお気に入りの歌を教えるから、どうかしら?」

 少し躊躇ってから微笑んで、アリン・チタは彼女の誘いを受け入れた。──あれは祈りの歌でね、節回しは覚えているかい? ひとつずつ歌ってみせるから、後に続いて……すごいや、君は覚えるのが早いね──。──ほんとう? まぁ、嬉しいわ! あのね、あのね、わたしはわたしの好きな歌を教えるわね。街の女の子の間で流行っているのよ。花が咲いた、スマクのせせらぎに花が──。

 次第に暗くなっていく部屋のなか、二人はよく遊んだ。ひとしきり喋った後は、少女も彼の返事を律儀に待ってくれることが意外だった。多分、誰かと言葉のやり取りをするのが好きな子なのだろう。その上で伝えたいことが多すぎるから、あんな風に一気に喋るのだと思った。

「そういえば、君の名前を聞いていなかった」

「コイレル。コイレルって言うの、わたし。すてきな名前でしょう?」

「ああ、そうだね。本当に」

「あなたはなんていうの? 現身うつしみさまじゃなくて、ちゃんと名前で呼びたいわ」

アリン・チタ善良な子羊。変な名前だろ?」

「ええ。とってもすてきな名前! 優しくて温かいひとの名前だわ!」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどなぁ。……でも、ありがとう。嬉しいよ」

 やがて空も白んで、コイレルは帰り支度を始めた。広げていた草やら花を懐にしまって、部屋の外に人がいないか様子を探っている。アリン・チタには、それが無性に寂しく思えた。何か声を掛けようとしたとき、コイレルが振り返る。

「わたし、また来るわね! きっと次はもっと上手に忍びこめるわ。そうね、三日後にしましょう。その日はとってもすてきなことがあるの。一緒に見ましょうね。ふふ、すてきなことが何かは三日後まで内緒よ。きっとびっくりして、楽しいわ!」

 アリン・チタは思わず笑ってしまった。目を細めたまま、答える。

「分かった、楽しみにしているよ。また会おう」

 コイレルを見送ってからも、アリン・チタはしばらく部屋の入り口を見つめていた。自分の中で心臓が温かく脈打っているのが分かる。もう夜も残り少ないけれど、きっと今日は悪い夢を見ないで済みそうだと、目を瞑って床に入った。

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