第9話 ……釈然としない

 朝食後、養父と王宮へ向かうことになった僕は自身の部屋へと一旦戻ることになった。近侍であるグランが、同時に部屋へ入ってきて、朝の挨拶をしてくれる。


「風呂に入りたいが、湯は沸いているか?」

「少し前にアルメリア様が出たばかりですので、湯の入れ替えに時間がかかります」

「……一緒の湯で構わない」


 現代の僕のいつもの感覚でそういったのだが、そのいつもは、ジャスティスのものではないようで、グランが目を見開き驚いていた。何かまずいことでもいったのだろうかと思いそちらを見たが、頭痛が治ったばかりなのと徹夜明け、オーバーワークで頭が回らず、どうでもよくなる。


「お嬢様と同じ湯というのは、さすがに。すぐに入れ替えますので」

「勿体ないから、それでいい。それより、早く入らせてくれ……。朝食後、王宮へ向かうと養父から言われている。それまでに少しでも休みたいんだ」

「……かしこまりました。手配をします」


 グランがメイドたちに声をかけ、あれよあれよという間に風呂の準備が進んだ。風呂場へ向かえば、確かに薔薇の香油の香りが湯気と共にしてくる。疲れがどっと出てきていたので、まずは浸かりたいと服を脱ごうとした。

 ボタンに手を付けたとき、メイドたちが慌てて僕を静止したが、風呂ぐらい好きに入りたい。ついてこようとしたので、入ってこないよう言えば、メイドたちは戸惑いながらも顔を見合わせ、その場で待機してくれた。


「はぁ……良い湯だ。ぬるめのお湯最高! 香りもいいし、安らぐ……」


 湯船のヘリに頭を乗せ、湯の中で一気に脱力する。さっきまで、フル回転しながら、数字をはじき出していた頭が! 記憶を二人分……探っていたいた頭が! 衝撃の事実に対応していた頭が! やっと休まったと悲鳴から解放された。

 しばらく目を瞑って、お湯の中を浮遊する。力が入っている場所もなく、とてもリラックスできる。ふと、昨夜のことを思い出し目を開ける。浮かんでいた体が不安定になり、頭まで湯の中に浸かってしまった。


「……あぶな……危うく溺死するとこだった」


 湯船に座り直し、伸びをしてから、昨夜起こった頭痛以降のことを考えることにした。


「僕、ジャスティスとしての記憶とこことは別の世界……現世だとすると、そう、こことは別の、異なる世界の記憶がある。あぁ、この場合、逆か。こっちのジャスティスが異世界の登場人物で、僕が現代人なんだから」


 ぼんやり空中を見ながら考えてみた。確かに15歳以降のジャスティスとしての記憶もある。現代人としての記憶もぼんやりしているが多少はあった。


 ……向こうには、口の悪い妹がいたんだよな? 本当、生意気な。それに比べてアルメリアは可愛いな。容姿だけでなく、慕ってくれているし、ちょっと抜けているところもあるけど、そこもまた、いい!

 気の強うそうな雰囲気を外では出すのに、僕の前では無邪気に笑う。最高の義妹じゃないか。

 あっちの妹は、元気にしているのかな? 僕がいなくなって、せいせいしたと思っているんだろうな……。いや、あれは涙だったのか?


 ふっと哀愁にふけり、現代でのことを考えた。戻れる可能性はないのだろうと、ラノベ展開的な発想をしながら、異世界の方へと気持ちを向ける。


 アルメリアは、この乙女ゲームの中では『悪役令嬢』としての配役がある。公爵家の娘として、我儘で傲慢とされているが、実のところ、記憶を辿る限りそうではない。メアリーをレオナルドから遠ざけるため、辛辣な言葉をかけることもあったが、それはこの国を思えばこそであった。あの場にいなかった、何名かのレオナルドの腰巾着もヒロイン補正で術中に嵌っていると考えられる。名もないモブである僕だからこそ、アルメリアの本質に向き合うことができたのではないだろうか? いや、ただの好意だな。うん。ジャスティスの一途な恋心ゆえの補正かもしれない。

 ジャスティスが知る本当のアルメリアはとても優秀だ。13歳のときに、とある力が覚醒したため、王子であるレオナルドの婚約者となった。僕が……ジャスティスが目覚めたときと時期は同じらしい。その頃に、王太子となったレオナルドの妃候補となった。未来の王太子妃となるべく地道に努力を重ね、日々その位に相応しいように研鑽を積んでいたのは、僕の記憶にもある。それだけではなく、次々と事業を起こしては、莫大なお金に変えていっている。商才があっただけでなく、発想が桁違いに多く、手が回らないと嘆くアルメリアの補佐を僕が中心的にしていた日々を考えた。


 確かに、アルメリアの才能は国こそがほしいだろう。事業や才能だけでなく、聖女の血を色濃く残す公爵家に生まれたアルメリア。世間に発表していないだけで、生まれたときから、花の刻印がアルメリアのお尻にあると公爵家では言われている。苦しむ国民へ手を差し伸べた聖女伝説の残るこの国で、その刻印は王と肩を並べるほどの権力があった。


 まさか、あの平民の娘にも、聖女の刻印が現れるとは……。ゲームのヒロインなのだから、当然なのだろう。が、はたして、本物の刻印なのだろうか?


 疑問は残っても、確かめるすべはない。僕にはメアリーと接点がないのだから。

 魔王の子孫とされる王家にとってアルメリアだけが、楔であったはずなのに、これでは、アルメリアとメアリーのうちどちらが王家に嫁いでもいいことになる。

 メアリーの刻印は、人が目につく右手の甲。その刻印が現れただけで、貴族の通う学園へ無償で入学を許されたのだ。

 婚約破棄をされた義妹を考えれば、昨夜の作業は当然のことであるが。あれほど、アルメリアが努力を重ねてきたことを知っていれば、何もせずとも、自由気ままに王太子という地位でいられるレオナルドと聖女とあがめられているメアリーに腹は立つ。


 ……釈然としない。


 才能溢れ、聖女アルメリアをあんな形で手放した王太子には悪いが、これからアルメリアはこの国で……この世界で1番に輝く女性になっていくだろう。


 僕がいる限り、決してバッドエンドになんてさせない! ゲームの進行なんて知ったことではない! アリアの努力をあざ笑ったやつらには、必ず報いを受けてもらう。

 逃した魚は、釣り竿くらいでは釣れないほど大きかっただろうに。これから、僕がアルメリアを誰よりも輝かせてやる!

 それにしても、王宮に向かった後、王との話し合いで、養父上は今回の件についてどう決着をつけるのだろうか?


 1人で考える時間ができたおかげで、考えがまとまっていく。転生者であった記憶に封印して、今、目の前の問題へと切り替えていった。


 さてと、ゆっくりできたことだし、これ以上考えていても、思いつくことなんてたいしてない。何か考えている養父と、王宮へ行くというほうがよっぽど大変なことだ。


 ザバンっと湯船から上がり、扉へと向かった。出たところで、メイドたちが今度は仕事の邪魔をさせないとばかりにタオルや着替えを持って待ち構えていた。


 ……機械的に扱われると、こっちの方が恥ずかしいな。昨日まで、なんとも思ってなかったとか信じられない。


 湯を拭き取り、髪も乾かされ、新しい着替えに袖を通す。髪を櫛づけて、風呂から食堂へ向かった。養父はすでに食べ終わっていることを伝えられ、慌てて食べた。

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