第10話 どんなざまぁだっつーの!
「遅くなって申し訳ありません」
「いや、ちょうどよかった。これを襟につけておきなさい」
馬車で養父を待たせていたので、慌てて乗り込んだ。席に座れば、馬車は動きだす。養父から手渡された小さなブローチを着ていた上着の襟に着け、王宮へと向かう。襟で輝くブローチは乙女の描かれており、公爵家の家紋でもあった。
「先ほど、王太子には約束通り慰謝料の請求を送っておいた。両親の小言を聞くのが嫌だと王宮から出て側近たちを含め、別邸にいるとのことだ。あのバカな王太子のことだ、しばらくは王宮へ来ないであろう」
「はい、そうですね。あの……」
「なんだ?」
「僕が王宮に行く理由って、あるのでしょうか?」
「ふむ。ジャスが王宮へ向かう理由か。……、直系王族にしかないものは知っているか?」
「……直系王族にしか?」
思わず、おうむ返しをしてしまったが、養父は考える時間を与え、待ってくれるらしい。
最近聞いた気がするけど、なんだったかな?
思い返したとき、アルメリアが昨晩、僕を見て『王族でもないのに、綺麗な瞳をしていますよね。まるで、満月のような瞳』と言った言葉を思い出した。
「金色の瞳ですか?」
「あぁ、そうだ。ジャスは、金の瞳を持っていることに疑問を持ったことはないか?」
19年の生の中、と、いうか、昨日、ある意味で覚醒した僕にとって、金の瞳が特別だってことを知らない事実だったのだから、当然、疑問に思うはずもない。アルメリアに言われて初めて、認識したことなのだから。
「そうですね。こういうものだとしか。言われてみて、初めて疑問に思いましたけど、今まで、なんとも思いませんでした。記憶が曖昧だから……とも、思えますが」
養父にとっては、僕が生まれる前から知っていたのかもしれないが、出生の秘密的なものすら、昨日知ったのだ。何か他にも隠された話でもあるのか? と考えるのが普通だろう。
「うむ。そんなものか。ジャスは、生まれてすぐから、長い間、王宮の奥深くで眠っていたからな。王宮でも極僅かなものしかしらぬ、王位第一継承者だ」
「はっ?」
庶民も庶民、ドが付くほどのド田舎の一般家庭で育った僕にとって、養父の言葉への理解が全く追いつかない。今、公爵令息だっていうことも、なかなか受け入れられずにいるのに、どんな表情をしているのか……、ただのアホヅラを晒しているだけだろう。養父は怪訝な表情を見せてくる。
やべっ、何か言わないと! 変に思われる……。っていっても、急には何も出てこない!
焦れば焦るほどうまく言葉にならず、戸惑いも驚きもひっくるめて出てきた言葉。
「……僕、王族なんですか?」
養父の顔が、呆れたというふうに変わった。
仕方がないだろ? ずっと前から隠された王族ですよ! それも、王位第一継承者ですよ! はい、そうですかってな具合には、ならないんだから! 公爵ってだけでも、昨日から落ち着かないのに、王族って、この国で1番高いところを言われても……『はっ?』っていうのは、僕的に合ってると思うぞ? 間違っていない!
ぼんやりとした貴族の知識しかない僕は驚き、『ジャスティス』の方の記憶はすんなり飲み込んだ。
ちょっと待てっ! 飲み込んだ? 僕? ボク? どっちが本物なんだ?
――しれたことを。
同じ頭の中で、ジャスティスのものだと思われる同じトーンの心の声が聞こえてきた。
――ボクが僕で、僕はボク。二人揃って初めて、この世界でジャスティスになる。
あぁ、なるほど? って、待て。お前がジャスティス? その……ジャスは、最初から王族だって知っていたのか? それらしい記憶はどこにもないんだけど! まず、僕は本当にジャスティスなのか?
――混乱は無理もないが、どっちもジャスティスだ。ボクが目を覚ましてからのことなら、部屋にある本棚を見てみろ。いずれ、こうなることは、わかっていたから書き残した。ボクは……。
……ジャス?
……。
頭の中、並列で会話をしていると、養父がこちらを見て苦笑いをしている。そろそろ、養父との会話に戻った方が良さそうだ。
聞こえなくなったジャスティスの声には、もう縋れないのだろう。
「王族だと、黙っていたことは申し訳ない。第一継承者であるはずのジャスティス様に……」
「養父上、様などやめてください。僕の父はあなただけなんですから」
「そういうわけにはいかんが、その表情だと譲ってもらえそうにないな。これ以上問答しても他の話が進まなさそうだ」
話を進めるため、親子云々は、横に置いておくことになった。
「それで、養父上は僕がこの国の王位第一継承者って、言いましたけど、アルメリアのことをこけにしてくれたアレはなんなのです? 自らを王太子と言って名乗っていましたよね?」
「あぁ、ジャスは生まれてから15年の間、昏睡状態だったからな。後に生まれたアヤツが順番的に王太子となっている、がっ! それも昨日までの話。アルメリアが聖女の力が使えるようになったからと言って、王の願いで無理やりアヤツと可愛いアルメリアは婚約をしたのだ。聖女と婚約した者が王太子となれる。幸い、ジャスはアヤツが足元にも及ばぬほど優秀。アルメリアのことを想っているならなおのこと、アヤツを王太子なぞの椅子に座らせておく必要もない!」
養父の気迫に驚きながらも、昨日の婚約破棄イベントをもう一度思い出す。
聖女としてアルメリアが力を得ているからこそ、レオナルドとの婚約だったそうだ。婚約破棄をした今、レオナルドは王太子とは名乗れないらしい。メアリーも乙女ゲームのヒロインとしては聖女なのだが、その場合はどうなるのだろうか?
弟だなんて微塵も思っていない王太子であったレオナルドが、ぽっと出の僕にそう簡単にその椅子を渡すだろうか?
乙女ゲームの中、僕は名すらなかったモブ。1行だけアルメリアの義兄と触れられたくらいのものが、今じゃ主役級!
「どんなざまぁだっつーの!」
「ざまぁ? それは、なんだ?」
「いや、その……なんていうか、まだ、ちょっと混乱してて」
「まぁ、無理もない。いきなりの話で、どこにも心づもりもなかったわけだしな」
「養父上、もし、僕が第一継承者だとして、どうして、何も言ってくださらなかったのですか?」
「すでにアルメリアは婚約をしていたから、言い出せなかったんだ。すまなかった。二人の想いを聞いた今なら、バカな王太子を挿げ替えるついでに、本来の形に戻したいと思った。それが、国のためになると思ったから」
「なるほど……高く評価してくれているのですね?」
「もちろんだ。私の息子には誰よりも信頼をよせている」
「ところで、15年の歳月を昏睡状態で過ごしていたのでしょう?」
疑問に思ったことを養父に伝えたら、少し考えるようにしたあと、「仮説だが……」と話し始めた。
「ジャスが目覚める二日前のことだ。アリーに聖女としての力が目覚めたのわ。元々、刻印はあったのだが、本人は決して見せたがらない場所にその証があるからか、覚醒をしたかは、私たちではわからなかった」
「見せたがらない? それは、どこですか?」
「お尻だそうだ。リアスや侍女たちが確認をしているから、間違いないだろう」
「養母上がいうのであれば、間違いないのでしょうが……メアリーは、わかりやすい場所に咲きましたね?」
「手の甲だったか? 常に見えると聞いているが、確か百合の花であったかな?」
「そうです。この前、チラッとみましたが確かに。アリアにはどんな花が?」
「名前通りのアルメリアだ」
「名前通り? 聖女のことはよくわかりませんが、それは一般的なものなのでしょうか?」
「花の名を持たないものは知らぬが、基本的には、花が咲いたあとに名を改名する。アリーの場合は、生まれた時点で花が咲いていたから、アルメリアと名付けた。アルメリアの花は小さいものが集まって、大きな花に見せている。まるで、アリーのようだと思わないか?」
養父に問われ、思い出を探る。
確かに悪役令嬢と思えば、口調や態度など上位貴族特有のものがありそう感じるのだろうが、今まで見てきたアルメリアは、果たして悪役令嬢なのだろうか? 努力の人だった。できないことを嘆く日もあったが、精一杯、背伸びをするかのように何事にもうちこんでいたじゃないか?
「何が悪役令嬢だ。アリアほど、頑張っている令嬢がこの世の中にいるのか?」
「何か言ったか?」
「いえ、アリアは本当によく頑張っていると、心の底から称賛してただけですよ」
「我娘のこととはいえ、昔は我儘を言ったりできないできないと泣き叫んでいたのが、今では嘘のようだ。ジャスがこの公爵家の屋敷に来てくれたからこそ、アリーは変わったんだ。ありがとう」
そんなことはないと笑う。アルメリアの頑張りは、僕より養父の方が知っているだろう。デビュタント前に義兄となったジャスティスに対しては、複雑な感情を持っていたことも感じていた。
今でこそ、仲がいいが……、レオナルドのことばかり献身的に支えていたのだったのだから妬けてくる。
「もうそろそろ、王宮だな」
養父は、サッと身だしなみを整え、馬車が停まるを待つ。
馬車の窓に映る俺を見て、見慣れない顔を顰める。
「どうかしたか?」
「いえ、何も。ただ、もう少し、しっかりしないといけないと思っただけです」
「十分すぎるほどの息子だよ」
「ありがとうございます、養父上」
「あと、何回呼ばれるのか」と、寂しそうな表情をする養父。微笑み返し、「僕が死ぬまでですよ」と呟いた。
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