第8話 僕って、気持ちわりぃ……ヤツ?

 ……これで、アリアが僕のものになる! 結婚できるんだ! やっと、やっと……想いを伝えられる。


 頭に浮かんだ言葉を打ち消すように首を横に振る。


 今、なんて思った? ……アリアは、妹じゃないか。妹と……結婚? そんなことって、ありえるのか? あぁ、待て待て待て。僕は遠縁の養子なんだから、アリアとは血は繋がっていないわけで……そういうことになると……つき……けっ……も、ありえるのか?

 いやいや、待て待て! それでも、僕とアリアは、もう何年も兄妹として育ってきたわけだし? ジャスティスのこの感情が、ただの重度の重度すぎるシスコン……でないのなら……そういうことなのか? アリアのためなら、火の中水の中、槍が降ろうが針が降ろうが、何でもしてあげたいって。重い……重すぎる。なのに、妙に納得してしまった。

 いや、でもさ? でもだよ? ……どのみち、当のアリアにとって、僕って『お義兄様』なわけで? 恋愛対象ではないわけじゃん? ……そうすると、僕って、気持ちわりぃ……ヤツなんじゃ?

 わぁーわぁーわぁー! 意識が僕になって、何? いきなり、アリアに嫌われるような状況になってるの? お義父様、冗談きついって! ねぇ? ねぇ? そう思わないって、誰に聞いているんだっちゅーの。僕、僕ね? うん。

 でも、アリアはメッチャ可愛い……いや、美人の義妹がせっかく出来たっていうのに……現世の妹と同じような辛辣な視線をこれから先向けられちゃうって? それ、本気で、いやだなぁ……。アリアにはこのまま優しいままでいてほしい。できることなら、もっと、今の僕が何かやらかしたあとでお願いします! すでに嫌われているならまだしも、今、メッチャ好意向けられているわけじゃん? ジャスティス様の紳士ぶりに。僕に中身が変わって、いきなり変なイベント盛り込まないでくれるかな? ゲーム会社も何考えているのやら!

 やだなぁ、ホント。クリエーターな人って、僕の人生をなんだと思っているわけ? モブ、モブだよ? モブにはモブの役割というものがあって然りで……でも、アリアに好かれているなら……。アリアと結婚したい……。アリアに「あーん」してくださいとか、手を繋いだり、キ……キッスも……、そ、それに……。


 浮ついた僕の感情が冷静な部分が成り替わり、面倒ごとになりそうな今の状況を即座に分析し、警戒を強める。養父が何を言い出すのかは、サッパリ想像も出来なかったため、暴走列車の如く、ふわふわした願望とネガティブな事例を次々と考えていく。根本的に、僕もジャスティスもアルメリアには嫌われたくないという感情だけは、一致しているようだ。

 混濁している記憶と覚えている限りの記憶を繋ぎ合わせようとして、俯いてフルフルと頭を振っている僕を「ジャス」と養父は呼ぶ。僕は声の方、養父に向き直り、表情を一瞬で取り繕う。


 ……僕にはできない特技だ。何? 取り繕うって。


「……どうかしたのかい? ジャス」

「いえ、養父上。何でもありません」

「そうか。なら、いい。出かける準備をしなさい」

「……今から出かけるのですか?」

「あぁ、これから、国王に……そなたの父に会いに行くのだからな」


『国王』という言葉に固まってしまった。日本で生まれた僕にとっては、耳慣れない言葉である。ジャスティスの記憶を辿っても、国王と繋がる記憶は一切ない。そもそも、この屋敷へ来たとき以前の記憶が曖昧……どころか、ほとんどないのだから、仕方がないのかもしれない。


「えっ? 父にって、……国王? 僕の父は国王なのですか?」

「あぁ、そうだ。詳しい話は、向こうへ行ってからする」

「私は、国王の息子……なのですか?」


 国王と国王の息子という言葉が、うまく結びつかず口の中で何度も反芻する。呆然とした僕にたいして、ひとつため息をついた養父。その様子は、経験上、ガッカリしたときにつくようなもだったので焦る。


 ……今、僕はどんな表情をしているんだろうな。養父上の表情から、とんでもなく間抜けなのはわかる。わかるけど……こんなときでも、何事もなかったように取り繕わないといけないのか? ジャスティスならできるかもしれないけど……僕には無理だ。そんな世界で生きて来たわけじゃないから。

 ジャスティスの出生なんて、本人も知らないことだろう? 赤の他人の僕が知って驚くのは、当然じゃないか!


「……そういえば、ジャスにはここへ来る以前の記憶がないのだったな」

「……はい、ありません。養父上のお話が突飛すぎて、半信半疑で戸惑っています。それに、とても驚きました」

「そうか。国の中でも知っているものは、ごくわずかの者しかいない。仕方がないことだ」

「……そうですか。なんというか、今、その話を聞き、記憶が何種類も混濁しているような感じがします。誰か、別の人の記憶があるような……」


 何とも言えない表情を養父はこちらに向け、再度ため息をついたが、先程とは違い気の毒そうであった。僕はといえば、昨日の夜会から現世の僕が覚醒し、僕の記憶とジャスティスの記憶がぐちゃぐちゃと頭の中で混濁している最中で、うまく処理しきれていないのだからしょうがないと諦めた。というか、僕のスペックの頭では処理が追いついていないと言い訳をする。実際は、ジャスティスの頭脳なのでいくらでも分析は出来ているのだが、心と頭は別物だった。

 ゆっくりと頭の中を整理する時間が欲しいのに、ここへきて次から次へと新しい、それも衝撃的な情報が増えていく。もちろん、ここ4年ほどの記憶も同時に混在しているので、親子の会話にはなんら支障はなかったが、頭はすでにオーバーワークだ。


 ……王が、僕の父というのは、どういうことなんだ? 養母も養母であるから、王の側室や愛人……寵姫というわけでもないだろ? それに、これ、乙女ゲームだから、そんな設定、いらないって。マジで。


 目の前にいる養父を見つめ返すと、アルメリアにもしていた質問が、今度は僕にもされる。もちろん、僕はその質問をじっくり考えてから答えを出したかったにも関わらず、僕の意思とは関係なく勝手に口から答えがでていく。


「一人の女性として、僕は、アルメリアのことを愛しています!」

「……そうか。その言葉を聞けて私は嬉しい。これからは、生涯の伴侶として、あの子を側に置いてやってくれ」

「それが、叶うなら他は何もいらないくらいですよ」


 不敵に笑う養父。このときをずっと待っていたかのように、見たこともないほど、野心が表情に漏れ出ている。考え過ぎて頭の中の冴え切った僕は、養父に末恐ろしさを感じた。

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