第7話 似合わない役名と似合いすぎる表情
養父は僕を一瞬見た後、アルメリアの方を見た。その表情は真剣で、隣に座るアルメリアも姿勢を正しているということは、養父の何かを感じ取ったのだろう。僕から見た養父は、父親として……というよりかは、この国の公爵として、王を支えるものとしてアルメリアと向き合っているように見えた。
「アリーは、ジャスのことをどういうふうに思っているかな? 聞かせてくれ」
「なんですの? いきなり。お義兄様のことを聞くだなんて」
「いいじゃないか。それくらい、教えてくれても。昔は、私にもこっそり教えてくれたのに」
「もぅ! 昔のことは言わないでください!」と言いながら、アルメリアはこちらをチラッと見た。本人を前に何を言い出すのか……と、養父を睨み、僕はアルメリアからの言葉に覚悟を決め、パフォーマンスとしてわざと大きなため息をつく。
どっからどう見ても、重度のシスコン。妹と同じように、キモいと思われているに違いない。
だって、僕だし。妹にすら罵られる日々だったのに、こんな美人に好かれるわけがない!
そうだ! 乙女ゲームのモブ……だけど、外見はイケメンなんだった。それなら、許されるのか?
お兄様、妹を溺愛とか……許されるのか? 許されちゃうのか? 属性とかあれ『妹』とか? 僕、『妹』属性に夢見てない人間だけど、ここは生身の人間ぽいし……。モブに未来はあるのかって……真剣に悩みそう。
すでに、今、僕の人生、アルメリアの手ずから詰みそうなんだけどね?
諦めながらも、耳を塞げない今の状況がとても辛く感じる。属性を数えながら、その審判を待った。
「……私は、お義兄様のことをとても尊敬していますわ。頭も良くて、容姿端麗。義妹の私も社交界にでれば、令嬢たちに褒められ鼻が高いですの。婚約者や妻がいないことが不思議なくらい。それに、私が始めた事業に関して、全て、うまく回してくださっているのは、他の誰でもないお義兄様ですし」
養父が思っていた答えとは違うものだったらしく、渋い顔をしている。もう一度聞こうか悩んでいるようだったが、追撃を出すようだ。
……もう、辞めてくれ。いいじゃないか。人間的に尊敬している、お兄様で。
心の中では、養父がアルメリアに再度問わないでほしいと切に願っている。養父は聞きたい答えではなかったかもしれないが、僕は大満足な答えだ。
「……それだけかい?」
「それだけとは?」
視線で、まだ他に僕へ対した想いは何かないのか? と、養父はアルメリアの答えを誘導している。何を引き出したいのか、養父の考えが全く読めない。
「……そうですね。他には、人として、とても好ましいと思っていますわ!」
人としてか。ちょっと残念な気もするけど、嫌われてはないんだ。よかった。
ホッとして、隣を覗き見る。さすがの悪役令嬢アルメリアもジャスティス本人を前に恥ずかしいのだろう。ほんのり頬を赤らめているのが、また可愛らしかった。
が、さすが、悪役令嬢アルメリア。意味の分からない質問を繰り返す養父へ反撃に出た。
「どうして、そのようなお話をわざわざお義兄様の前でなさるの?」
「……どうしてか。まだ、アリーは知らなくていいことだ」
「教えてください! ここまで、答えたのだから、聞く権利もあるはずです!」
「そのうち、アリーにもわかるさ。それよりも……明日の朝、今回の件で公爵家の信頼やアリーに対しての慰謝料や損害賠償に加え、迷惑料を計算して、レオナルドへ持っていくのだろう? 私も手伝うから、早く準備をなさい。徹底的に追い込んでしまう」
養父に言われるがまま、机に紙を広げ作業に入る。公爵家に対し前触れも落ち度もなくレオナルド個人の意思で婚約破棄をしたことによる信頼失墜に対する損害額の賠償、アルメリア個人に対して公の場で突然婚約破棄をされ恥をかかせた賠償と婚約期間に数々のレオナルドからの無礼な振る舞いや浮気に対する慰謝料と大きなものだけでも国が傾くのではないかと言うほどの金額を弾き出した。
計算書への鋭い視線とは別に、養父の口角が上がっていることが見てとれる。
……何か、僕らが知らないことで、養父上には裏があるのか? 養父上は、僕らに、まだ、何かを隠している? その何かは、今の僕の中には答えがなさそうだ。
さっきのアリアへの質問が、どういう意図だったかわかればいいのだけど……。
それにしても、可愛い娘のアリアのこととなると、国相手、王太子相手でも全く容赦ないな。養父上は、この騒動をどうやって収拾するつもりなんだ?
親子揃って書き入れた項目は、99にも及ぶ。僕もその中に助言や何個かの項目を入れはしたが、二人のエネルギッシュさはさすがに引いてしまった。
「お義兄様、もう、よろしいですか?」
「あぁ、もう、大丈夫だ。アリアの気がすむまで書き込んだかい?」
「えぇ、もちろんですわ! 夜会でのことも、スッキリいたしました」
可愛く笑うアルメリアに、なんとも形容しがたく笑う養父と二人で頷いた。あとは、侍従に請求書を王太子レオナルドへ公爵家の家紋を押した封筒を持たせればいいだけとなったのだが、養父は同じものを2枚作った。公爵家からの正式な文書である証拠として、公爵の名でサインを入れ割り印をする。
「これは、うちの控え。こちらは、私が別のところへ持っていく。これは、約束どおり、王太子に渡しておいてくれ。無視をすればどうなるか……とくとしたためておいた。今回の請求額に対して、今の王太子の全資産では、とてもじゃないが払えないだろうが、一応な」
「養父上、この額を取れないとなると、どうなさるおつもりですか?」
「まぁ、見ていなさい。それ相当のものを取ってきてあげるから」
可愛い娘のためならばと養父はアルメリアの頭を撫で、目を細めている。こうなると、養父は誰にもとめられない。王ですら難しいのではないかと内心でため息をついた。
窓の外、朝日が執務室に入って来たようで、カーテンの向こう側が明るい。
「あぁ、可愛いアリーを朝まで寝かせず、こんなくだらないことに付き合わせてしまったね。ジャス、この分の計算も入れておくれ」
「養父上、もちろん、織り込み済みです」
「さすがだ。では、アリーはここまでだ」
「……でも」
「あとのことは、この私とジャスに任せておけば万事うまくいく。徹夜はお肌によくない。侍女に言って、温かい湯に浸かり、きれいさっぱりになった後、ベッドへ行ってぐっすりお休み。今日のこと……いや、婚約をしていたことも全て忘れてしまってもかまわない」
「わかりました。お父様、お義兄様、レオナルド様をどうぞ、よろしくお願いします」
「任せて!」
目力のあるアルメリアは、徹夜の疲れも感じさせず、可憐に微笑む。その姿が、『悪役令嬢アルメリア』と急に脳裏に浮かんだ言葉に似つかわしくなく、思わず笑ってしまった。
「お義兄様?」
「何でもないよ。養父上が言ったようにしなさい。そうだ、薔薇の香油を湯船に入れてもらったらどうだい?」
「お義兄様が、私のために作ってくださったものね! あの香りはとても好き。今日は、髪にもつけてもらって、ゆっくり眠ります」
「あぁ、それがいい。ゆっくり休んで、おやすみ」
「お義兄様も無理はなさらないで!」
扉を開け、執務室から出ていくアルメリアの後ろ姿を見送る。昨夜の婚約破棄のことを思い出せば、胸の奥でレオナルドに対して怒りがこみ上げるとともに、アルメリアに婚約者がいなくなったと喜びにも満ちていた。
アルメリアを一人占めしたい……などと、子供じみた願いを思い浮かべては違うだろう? と否定する。
ジャスティスが心の底から、喜んでいるようで少し複雑な気持ちになった。
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