杞憂

「これから先、もう二人でやってくのは難しいと思うんだよね」


 ステラはどこか遠くを見つめながら言い放つ。その後ろでその言葉を聞いたカナデはたっぷり30秒ほど固まってから、何かを言いだそうとしばらく口をパクパクさせる。さっきまでは晴れていたはずなのに、何故か辺りは突然暗くなり暗雲が立ち込める。黒雲の中ではゴロゴロと音も聞こえるような気もする。が、カナデのそんな様子にステラは全く気が付いておらず、あれ天気悪くなってきたかななどと呟いている。ようやく少し落ち着いたのか、カナデは絞り出すように声を出す。


「そ、それって、どういう……? もう私なんかとは一緒にいられないってそういう……」

「え? は? ちょ、違うって! そんなわけないでしょ!? どういう思考したらそうなるのさ‼ 大体今からカナデなしで旅しろだなんてそんなの私から願い下げだよ! 私がやっていけないよ」

「そ、そうなの……? 私てっきりそういう事かと」

「違う違う。全然そんな意味じゃないよ」


 ステラの言葉を聞いてカナデの表情が明るくなる。それは世界に希望が満ちたような顔だった。渦を巻いていた暗雲も蜘蛛の子を散らすように去っていき、今度は小鳥たちの合唱まで聞こえてくるような気もする。ステラは不思議な現象に興味を示すような顔をしていたが、カナデが話の続きを急かすように見つめてくるため再び口を開く。


「私が言いたいのは、これから先も二人きりじゃ厳しくなるんじゃないかなって事だよ。レグルスを思い出して欲しいんだけど、あいつは何を考えていたのか後ろにいるカナデにはあまり攻撃する気が無かったでしょ? お陰で私も思いっきりやれた訳だけど、これからもずっとそういう風にはいかないと思うんだよね」


 実際のところは、レグルスがより好戦的なステラを先に倒したいと本能的に動いていた為にカナデがあまり狙われなかったのだが、そんな敵の思考プロセスなどは二人の知る所ではない。カナデの『音の妖精たちフェアリーズ』は一般的な人のサイズくらいであれば弾いたり突き飛ばしたりできるが、レグルスのようにサイズ差がある相手では、せいぜいが攻撃を逸らすくらいしか出来ない。先の戦闘でも『音の妖精たちフェアリーズ』がステラの補助として動いていたからこそ、攻撃を弾いたり逸らしたりする隙を突くことが出来たが、そもそもカナデはそこまで俊敏に動き回るタイプではないのだ。


「つまり、仲間を増やすことも考えた方がいいかもってことだよ」

「なんだ。そういう事ね……。本当に焦ったんだから。……まぁそれも一理あると思うわ。仲間は多いほうが私の力も本領発揮できるし」


 カナデも仲間を増やすという意見には概ね賛成のようだ。

 ただ、とカナデは続ける。


「問題があるわ。最大にして唯一の問題がね」

「問題? 何さ」

「ステラに着いていけるかどうか。これに尽きるわね。アンタの突拍子もない行動や言動を受け入れられるか。何より『世界の果てに行きたい』なんて夢物語をアンタと一緒になって追っかけてくれる。そんなヒトそうそう居ないわよ」

「むぅ……。言われてみればそうかも」

「アンタ自覚あるんだ」


 そのまま仲間集めについては一旦保留にするということで話がまとまった。ステラの旅に同行したいという変人か奇人が現れたらその時考えようという事だそうだ。


    ◇


 ステラがリハビリがてらにレギュラス近くの草原を飛び跳ねていると、村からアルテルフがやってくる。どうやら動けるようになったステラが村にいなかったため探していたらしい。


「あ、アルテルフさん。おはよう……って時間でもないね。こんにちは」

「ああ、こんにちは。もう体は平気なのかい」

「うん。絶好調! 前より調子良いくらいだよ」

「それはなによりだよ。……そうだね。改めてお礼をさせて欲しい。村を救ってくれて本当にありがとう」


 アルテルフは深々と頭を下げる。ステラはあんまり面と向かって感謝されることには慣れていないようで、少し慌てて頭を上げてくださいと返している。


「救うだなんて大仰過ぎです。私は感謝されるような事は何もしてないですし。ただやりたい事をやりたいようにやっただけですから」

「謙遜しなさるな。だが、こそばゆい思いをさせるのも忍びないか」


 そう言いながらアルテルフはようやく顔を上げる。


「それにしても、あのならず者たちだけでなくレギュラス様まで退けてしまうとは、お二人はかなりの実力者のようですね。今更な質問にはなってしまいますが、お二人は一体どちらから来たんです? 聖国か皇国か。それともギルドの方でしょうか」

「え、えっと……せいこく?もこうこく?もギルドもよく分からないけど、私たちはあっちから来たんですよ」


 ステラはどこまでも続いているように見える森を指差す。中にいた時も中々出られず難儀した森ではあったが、外から見ると一度入ったら出られないと感じさせるような雰囲気を纏っていた。


「あそこってそちらには森しかありませんが……。いや、まさか『帰らずの森』からですか!? と、ということはもしや、お二人は隠し里アストから来た……と?」

「そうよ。私たちはアストから来たのよ。で、アストって有名なの?」

「有名というかなんというか……。アストは隠し里の異名の通り、行こうとして行ける場所ではないのですよ。森周辺部の魔物はともかく、奥に進めば進むほど魔物は強大となり、森の中には道標も無い。確かな実力者しか辿り着けない場所だとされています。ハハハ、そうか。だからお二人はそこまで強いのですね。納得がいきましたよ」


 アルテルフは何が可笑しいのか笑いだしてしまう。二人は困惑して顔を見合わせる。アルテルフの語るアストの特異性について、二人にはピンと来ていないようだ。ひとしきり笑ったアルテルフは話を続ける。


「すまないね。あんまり面白くてつい。まさかアストから来たとは。どうやら私は本当に幸運だったらしい。……それで二人はこの後どこへ? 約束だったしこの辺の事なら何でも教えるよ」

「うーん、最初は教えてもらうって約束だったけど、やっぱりいいです」

「え、なんでよ。せっかくだし教えてもらいなさいよ」

「せっかくだし羅針盤コンパスの針が導くままに進もうよ。道の先に何が待つか分からない方がワクワクするでしょ?」

「はあ。しょうがないわねぇ」


 ステラとカナデはいくらか話し合い、今後の予定を決めている。次に何に出会えるかを考えるだけで、ステラの表情は豊かになっていく。しばらく話し込むと、二人はアルテルフへと向き直る。


「というわけで、念のためもう一日だけこの村に居させて貰って、明日にはレギュラスを発とうと思う」

「そうですか。寂しくなりますね。お二人の旅が上手くいくことを祈ってますよ」


 出会いがあれば別れもある。

 次の場所には何が待つのか。

 二人の旅は、まだ始まったばかりだ。

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