後遺症

 次の日、ステラが目を覚ますと身体の痛みは嘘みたいに消えていた。カナデ曰く、マギクスの活性化による強化だから反動はあるが、後に長引くようなものでは無いから安心していいそうだ。

 一日以上ベッドの上に固定されていた為に全く動けなかったステラは、ベッドから飛び起きるやいなや家の外に飛び出して動き回っている。身体がしっかり動くかどうかを確かめていた彼女はあることに気づき、後ろでその様子を見ていたカナデに問いかける。


「カナデ。なんか前よりも身体が軽いし力の巡りもとても良くなってる気がするんだけど、なんでだろう。これも強くなるやつcrescendoのお陰だったりする?」

「『だんだん強くcrescendo』、ね。アンタいい加減私の使うマギクスの名前くらい覚えなさいよね。でもそうね。何回も使ってるマギクスじゃないしギリギリまで維持したのも初めてだから正確な事は言えないけど、アンタ自身が殆ど扱い切れてないそのエネルギーを、ほんの一部だろうけど『だんだん強くcrescendo』を使って引き出した訳じゃない? それが後遺症って言うと言葉悪いけど、そんな感じで少しは力を制御出来るようになったんじゃないかしら」


 ちなみにステラがカナデのマギクスの名前を適当に言っているのは、わざとではなく本当に覚えていないからである。幼少期から母シラベの影響もあって音楽に触れていたカナデに対して、ステラは両親が残した本に夢中だった。それ故に音楽の知識そのものに疎いステラは、その音楽から着想を得ているカナデのマギクスを感覚的に扱っているのだ。


「だったらそれを何回も使ってギリギリまで戦えば、どこまでも強くなれるのかな。自分の身体ながら興味深いな……」

「はぁ……。私はやらないわよ。今回はああでもしないとレグルスを倒せなかったから使っただけなんだから。いくら数日寝込めば全快するって言ったって、あんな劇薬みたいな強化頻繁にやるもんじゃないわ。体に毒よ」


 カナデの『だんだん強くcrescendo』は致命的な後遺症を発生させるようなマギクスではないと、彼女自身はそう考えている。それは力を瞬間的に引き上げるのではなく、段階的に増幅させるというスタイルからも分かるように、マギクス自体が言わばセーフティを掛けているようなものだからだ。だからと言って絶対安全という訳では無いのだろう。そもそも今回の強化ではステラが増幅された力も制御出来たから良かったものの、ステラのマギクスには未知数な部分が多く、もし制御に失敗した場合にどうなるか全く想像がつかないのだ。そのため、カナデは本当に必要な時以外はこのマギクスを使わないようにしていた。


「無理して強くならなくてもいいのよ。アンタの目的はそこじゃないんだからね」

「確かにそうだね……。無理しない別の方法を探ろう」

「そういえば『星跡スタートレイル』はどうしたのよ。なんか最後変形してたでしょアレ」

「あれね。『星跡スタートレイル』は気づいたら元に戻ってたよ。どうやってやったかもよく分からないし、あの時撃った大技も今は全然使えなさそう。要はよく分かんないんだよね」


 ステラ自身は、ある程度自分がどこまで自分のマギクスを制御出来るかは把握しているつもりである。今回の後遺症でその制御領域が広がった事を加味しても、『星追う者の一撃スターゲイザー』のような力はまだその領域内には無かった。つまり、それは常時行使できる力ではなく、特定の条件が揃って使えるものだと言えるだろう。肝心のその条件は分からないままではあるが、ステラはきっとこの先も発現する機会はありそうだなと楽観的に捉えていた。


「そうだわ。ステラに伝えとく事があったのよ。これ見なさい」

「なになに」


 手渡されたのは例の地図。数日前にこの村で確認した際、白紙になっていた為に使い物にならなくなっていた地図だった。

 ステラは地図を手に取りそれを広げる。


「あぁ……そういう事か」


 消えていた中身がごく一部ではあるが戻っている。地図上の二十一ある印のうちの一つ。その周りのみが記載され、ご丁寧に「レギュラス」と地名まで入っている。


「この地図と私の羅針盤コンパスはリンクしている。そうだろう? アルテルフさんは特定の場所を訪れるとそれを記録する地図があるって言ってたけど、昨日レグルスっぽい光球がこの羅針盤コンパスに入ってからでしょ、こうなったのって」

「恐らくね。アンタが起きてこないからふと思い出して見てみたらこれよ」


 ステラはワクワクするような目つきで地図を眺めている。この先に起こることに勘づいたような顔をして。

 そんな様子を知ってか知らずか、カナデが何かに気付いたような声を上げる。正しくは気付いてしまったような、だが。


「ねぇ、出来れば否定して欲しいんだけど、もしかして私たちってこの先もレグルスみたいなのと戦わなきゃいけないの?」

「え、今気づいたの? 多分そうだと思うよ」

「気付きたくなかった……。こんなの命がいくつあっても足りないじゃない」


 カナデは項垂れ、固まってしまう。この世の終わりみたいな顔をしたカナデを見て、ステラはケラケラと笑う。


「面白い顔になってるよカナデ。まぁ安心しなって。少なくともレグルスは中身はともかく自我があった。つまり対話は出来るんだよ。だから必ずしも戦わなきゃいけないなんて事はないはずだよ」

「だと良いのだけど……」

「どちらにしても印はあと二十も残ってるんだ。希望はあった方が良いよ」


 必ずしも戦わなくても良いという言葉に少しの希望を見出したのか、カナデの様子が元に戻る。


「でもそもそもステラの目的地がその地図の『最果て』なら、なにも全部回らなくてもある程度地図が埋まれば行けるんじゃないの?」

「分かってないなぁカナデは。これはロマンなんだよ。私たちはこの二十一の印がなんなのかも分かってない。それはきっとこの場所を巡っていくうちに分かると思ってる。何が出てくるかは分からないけど、ワクワクするでしょ? それに、この地図と羅針盤コンパスは両親が残したものだからね。やっぱりほっとけないよ」

「その気持ちは分からないでもないわ。ま、もう約束しちゃったしね、アンタに着いていくって」


「でさ、一つ考えたんだけど」

「なによ」


「これから先、もう二人でやってくのは難しいと思うんだよね」

 

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