光球と羅針盤

 アルテルフが取り出した球を見せよる為に近づこうとした時だった。


「うおっ!」


 手のひらに光る球を乗せていたアルテルフが素っ頓狂な声を上げる。その球が突如として白く点滅し始めたのだ。慌てたアルテルフは球を投げ出してしまう。放り投げられた光の球は弧を描いて飛んでいく……ことなく宙に浮いている。それはフラフラしながらもステラの方へ向かっていく。


「え!? ちょっと待ってこっち飛んで来てるって! 痛っ! 身体痛くて動けないし! ってカナデ!? どこ行くのさ! さっきこの球からアイツが出てきたの知ってるでしょ! アルテルフさんもそれとなく距離取らないで!」


 ステラの叫びも虚しく、宙に浮かぶ球はベッドから動けないステラにどんどん迫ってくる。その後ろでは少し開いたドアからカナデとアルテルフがこちらを覗いているのが見える。


「は、薄情者……!」


 のろのろとステラに近づく球に、ステラが人生の終焉を覚悟する。虚空から湧いた巨大な獅子に潰されて終わる人生は流石に望んでないかな……なんて考えていたステラだったが、予想は外れ光球はそのままステラの胸元で静止する。


「何がしたいの……」


 身体を殆ど動かすことの出来ないステラは、試しにと身体を捩ってみる。すると光球は胸元の特定の位置をキープしたいのか、ステラの身体を追いかけるようにに動く。


「何かを待ってる……?」


 白く光る球の目的に見当もつかないステラは、その動き方について考えてみる。光球が留まり続ける場所には何があるのか。


「あ、もしかして」


 ステラはゆっくりと腕を動かし、首元に持ってくる。服の中に手を突っ込んで、そこにあるものを引っ張り出す。羅針盤コンパスだ。その針が指し示す先には、目の前に浮かぶ光球がある。

 光球は羅針盤コンパスの周りをフワフワと飛ぶと、ヒュンと風を切るような音を立てて羅針盤コンパスの中に吸い込まれるように消えていった。


「今の何……」

「なんだったのよ、アレ」


 呆然と呟くステラに、いつの間に戻ってきていたのかカナデが重ねて虚空に問う。しかしこの場にその答えを知る者はいない。

 そこに遅れて戻ってきたアルテルフが口を開く。


「あの、今のは……レギュラス様ですか?」

「あーやっぱ分かっちゃうか。私もさっき名前言いそうになっちゃったし、仕方ないか。本人はレグルスって名乗ってたけど、多同じだと思うよ……」

「ただその、なんて言うのかしら。個性的というか、変わった獅子だったわよ」


 ステラとカナデは誤魔化しながら返答する。あなた達が祀ってる獅子はとんでもない破壊者だったので倒しましたとは流石に言い難いのだろう。重ねて誤魔化そうとする二人に対して、アルテルフが手で制して止める。


「お二人共、お気遣い頂きありがとうございます。きっとこの村にレギュラス様への信仰が残っているのか気にしていたのでしょうが、ご心配なさらず。レギュラスという国が滅んだのは遥か昔の事。残っているのは遺跡位のものなんです。村の人々にとって、レギュラス様は信仰の対象というよりも永くそこにある故の畏敬の対象と言った方が近いんですよ」

「そ、そうなの? 私たちが見たレグルスはそれこそ『力』の塊みたいなものだったけど……」

「ええ、私もチラッとですが地下の壁画を見ましてね。あの壁画からはそのような印象も受けました。壁画にあるようなレギュラス様の凶暴性と、あの地下空間に残っていた戦闘の痕からして、お二人が戦っていたのがレギュラス様であったと想像はつきます。そこについて何か言うつもりもありませんよ。過程がどうあれ元々あの場所に居たならず者をどうにかして欲しいと頼んだのは私なんですから。……ところで、先程からステラさんの羅針盤コンパスが光っているようなのですが」

「あれ、ほんとだ」


 アルテルフの言葉通り、ステラの羅針盤コンパスは光を放っていた。先程まで浮いていた光球と同じく、白く光るそれは段々と光量を落としていく。完全に光を失い元に戻った羅針盤コンパスを、動けないステラに代わってカナデが確認すると、ある事に気がつく。


「あら?」

「どうしたのさ」

「この羅針盤コンパス、こんな模様入ってたかしら」


 描かれていたのは点と線で構成された図形。二人は図形の意味するものがさっぱり分からず、首を傾げる。アルテルフにも見せるが、彼もまた首を振るだけだった。

 この日は結局それ以上の事は分からず、アルテルフもステラが動けるようになったら改めて感謝の言葉を伝えたいと言って部屋を後にする。カナデはようやく寝れると言って早々に寝てしまい、動きたくても動けないステラもまた、目を閉じる。

 暗くなった部屋では、羅針盤コンパスに刻まれた図形に星の光が反射して、微かに光っていた。

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