クレッシェンド

 ガッッ!!と何かが削れるような音が空間に響く。ステラの『星屑の刃スターダスト・エッジ』が、レグルスの鋭爪を弾いた音だ。

 レグルスが仰け反った隙を逃さず、ステラは追撃を加えていく。それに合わせるように、カナデの操る光球もレグルスへ攻撃を繰り出す。


「カナデ! 凄いよこれ、力がどんどん溢れてくる!」


 カナデがステラへ使った『だんだん強くcrescendo』はクレッシェンドの名の通り、対象の力を徐々に増幅させていくマギクスである。時間に比例して対象の力を引き上げていくそのマギクスは、即効性を犠牲にした代わりに最終的な力の上がり幅は計り知れないものとなっている。

 この時点で、カナデが『だんだん強くcrescendo』を使って約十分が経過していた。レグルスが油断していた事もあってか、戦闘不能になること無く力を溜め続けていたステラの能力は、戦闘開始時の数倍となっていた。

 しかし、力を青天井に引き上げるような能力に、代償が無いなどという美味い話は存在しない。


「ガルルッ……。我ニ傷ヲ負ワセルトハ、小サキ者ニシテハ中々ニ屈強ナ戦士ダ。ダガ、ソノヨウナ無茶ナ強化、長クハ持ツマイ。ソウダロウ、指揮者ヨ」


 突然指名されたカナデはその声に気圧されながらも、その問いに答える。


「そうね。『だんだん強くcrescendo』はもって十五分。だからあと五分もすれば効果は切れるしステラはしばらく動けなくなるわ。だからステラ! 五分以内にその獣を倒しなさい! さもなくば全部終わりだからね!」

「また無茶なことを!」


 カナデにはそう零しながらも、ステラの攻撃の手は緩むことなく続く。その力が増幅しているとは言え、獅子の膂力と正面からかち合って勝つには体格差がありすぎる。そのままでは力負けして押し潰されてしまう為、ステラは迫り来る鋭爪を黒刃で上手くいなす事で攻撃を回避しながらレグルスに肉薄し、一撃を与えて離脱する。

 このサイクルを繰り返す事によりステラは戦闘不能に陥る事無く、またレグルスへダメージを蓄積させる事に成功していたのだ。

 これを実現させていたのは、カナデの『だんだん強くcrescendo』による強化だけでは無。戦闘開始と共にカナデと『音の妖精たちフェアリーズ』によって奏でられた『協奏曲コンツェルト・星と奏』は、言わばステラとカナデの光球による攻防一体の協奏曲である。この曲は決して雰囲気作りの為に流しているのではなかった。彼女の楽曲は『音の妖精たちフェアリーズ』への強化や行動指示の役割を担っており、ステラの攻撃に合わせた追撃を行ったり、レグルスの攻撃を逸らしてステラの身を守ったりするなどの戦闘補助を行っていた。


 ステラと光球によるの一撃と離脱のローテーションによって少なくない傷を負い、彼女を脅威と認めたレグルスは後方へと跳躍し距離を取る。


「グゥッ……。トハイエ少々戦士ヲ侮リ過ギタカ。良イダロウ、ソノ蛮勇ヲ認メ、後ロの指揮者諸共一撃ノモトニ葬リ去ッテヤロウ!」

「なんかマズイかもっ!」


 レグルスの発言に何か仕掛けてくると察したステラは急いでカナデの元へ駆けていく。


「カナデ、レグルスは何か大きな攻撃を仕掛けてくると思う。ここが肝心だよ」

「分かったわ。でも、アンタの強化ももうすぐ切れるわよ。倒せるの?」

「やってみないと分からないけどやるしかないよ。レグルスの攻撃をやり過ごせたら、残ってる力全部使って一番デカいのをぶつける」

「間違っても外したりなんかしないでよね。命かかってるんだから」


 作戦ともいえない作戦をまとめ、ステラとカナデはレグルスへと向き直る。そのレグルスは口を大きく開け、力を凝縮させているようだった。レグルスが距離を取ったのは、ステラの攻撃サイクルから逃れる為だけではなく、この溜め時間を確保する為でもあったのだ。凝縮された力は白く小さな光の塊となり、やがて大きく成長していく。

 光の塊はステラ一人くらいなら軽く飲み込むようなサイズへ変貌し、放たれる。


「ステラ、アレは任せなさい。だからその後は、任せたわよ」


「潰エヨ」


 瞬間、景色を全て塗りつぶすような光線が発射され、二人の視界は夥しい白に染まった。

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