第二十一星 レグルス

「ステラ! アレどうにかしなさいよ!!」

「今考えてるんだよ!」


 二人は走っていた。目的は逃走だ。

 突然顕現した獅子は、レグルスと名乗って不吉な文言を吐いたと思えば、咆哮を始めた。近い距離にいると、鼓膜を破壊されそうな音圧を放っていた咆哮は、ステラとカナデにとりあえず距離を取るという選択をさせるには十分な脅威だった。

 恐怖に震える二人が獅子からそこそこ離れると、ステラは足を止め何かを決めた様に顔を上げる。


「カナデ」

「何か思いついたのね!」

「あの獅子、倒そう」

「さっきの咆哮聞いて頭おかしくなっちゃったの?」


 カナデが心配そうに肩をさすったり熱がないか額に手を当てたりするが、残念ながらステラは正気だった。


「いいかい。まずこの部屋には出口がない。出口っぽいのはあっても塞がれてるんだよ全部。当たり前だよ、この部屋はレギュラスの遺民によって封印されてたんだから。次、流石にあれをほっとけない。村を助けてくれって依頼も渋ってた私だけど、世に混沌を齎すとか言ってる化け物を野放しになんかしたら流石に寝覚めが悪くなる。それにあの獅子がアストに行かないとも限らない」

「それは、確かにそうだけど……。でも私たちが戦う必要は無いじゃない。なんとか脱出して誰か強い人を呼んでくるとかじゃダメなの?」


 突然の出来事にまだ落ち着くことの出来ないカナデは、どうして私たちが戦う必要があるのかと、ステラに問う。カナデだってその辺の大人には負けるつもりは毛頭ないが、未だ相手にした事の無いスケールの敵を前にして、いつもの自信も揺らいでいた。


「その気持ちは分かるよ。でもね、これは私たちがやらなきゃダメなんだ。見て」


 そう言ってステラは首にかかる羅針盤《コンパス》を見せる。森を出る前からどこかを指し続けていたその針は、今も変わらずその持ち主を導いていた。そして今この瞬間にその針の先に在るものこそ、レグルスと名乗った獅子そのものであった。レグルスはこちらを見つめてはいるが、それ以上動こうとはせず、何かを待っているようにも見えた。


「レグルスって名前、どこか聞き覚えがあったんだ。両親が残してった物の中に、夜空に輝く星々について記された本があって、そこには空において最も明るく輝く二十一の星と名前が載ってた」

「二十一? それって地図の……」

「そう。地図にある印の数と同じなんだよ。そしてその本にはちゃんと書いてあったよ。二十一天が一、レグルスの名前がね」

「そう、なのね。うん、分かった。弱音吐いて悪かったわね。あの偉そうな獅子にひと泡吹かせてやるわよ」

「ありがとう、カナデ。私が守るからね」


 ようやく見えてきた夢への道筋。二人はレグルスの方へ歩みを進める。恐怖に震えていた体は、いつの間にか元に戻っていた。やがて二人はレグルスの元へと辿り着く。見上げるようにレグルスを視界に収めるが、改めて見てもやはりそのサイズには威圧されてしまう。獅子は待っていたとばかりに口を開く。


「腹積モリハ決マッタカ、小サキ者共ヨ。我ヲ解キ放ッテクレタ礼トシテ、死ニ方クライハ選バセテヤロウ」


 頭の中に響くような声に、一瞬怯む二人。ステラはそれに負けじと声を喉から絞り出す。


「私たちはここで旅を終えるつもりは無いし、ここで死ぬつもりもない。レグルス、お前を倒して世界の果てへの最初の道標になってもらうよ!」

「ハッハッハッ! 我ヲ倒スカ。面白イ、抗ッテミセヨ! 死ヌ気デ戦エバ少シハ長ク生ラレルカモシレヌゾ!」


 獅子は咆哮し、右前脚を二人のいる場所へ叩きつける。それだけで地面は大きく揺れ、着弾点は地面が盛り上がる。ステラとカナデはスレスレで攻撃を避けながら後退する。


「威力は恐ろしいけれど、避けられなくはないわね」

「うん。巨体相手に長時間戦闘はジリ貧だし、短期決戦で行くよ!」


 ステラは『星跡スタートレイル』を取り出し、自らのマギクスを活性化させていく。


「『タクト・ダウン』。『音の妖精たちフェアリーズ』、手伝って」


 カナデも指揮棒タクトを具現化させ、光球を散開させる。


「素敵な演奏会にしましょうね!『協奏曲コンツェルト・星と奏』!」

「まずは挨拶代わりの、『星明りの矢スターリット・ショット』!」


 光球が音楽を奏で、その音楽によって強化された黒弾が、レグルスへと放たれる。それは狙いを外す事無く直撃する。だが、衝撃音こそすれどレグルスの表情に変化は無い。かすり傷一つつかない様子はまるで鋼鉄で出来た皮膚だった。


「やっぱりダメか……。パワー不足で撃ち抜けないや。……ってうわっ!」


 レグルスは近づいて来ていたステラを蚊でも払うかのような動作で遠ざけると、その鋭い爪を使ってステラを切り刻まんと猛攻を仕掛けてくる。ステラは薄皮一枚のギリギリで回避するが、当たらなかったその爪は床や壁ををガリガリと削っていく。


「それ当たったら真っ二つよ、気をつけなさい!」

「言われるまでもなく当たりたくないよ!」


 なんとか鋭爪の連続攻撃を躱しきったステラは、一瞬の隙を突いてレグルスの後方へと回る。武装を『星屑の刃スターダスト・エッジ』へと変え、銃身から黒刃を伸ばす。前からの攻撃では前脚に阻まれてしまう。だからこそ無防備な後方から、一気に切り裂く!

 目論見通り背後からの切りつけを行い、ようやく獅子に傷を残す事に成功する。


「よし。攻撃は通るね!」


 しかし喜びはつかの間の事だった。

 再び『星屑の刃スターダスト・エッジ』での斬撃を狙うため、跳躍するステラ。そこにレグルスの尾が直撃する。

 ミシミシッと骨の軋むような音が聞こえ、ステラは勢いよく弾き飛ばされる。床を何度かバウンドし、そのまま壁に激突――する寸前で光球がステラのジャケットを引っ掛けて向きを変える事で助ける。


「ぅあ……。一瞬意識飛んでたかも。助かったよカナデ」

「ちょっと無茶しないでよね。アンタが落ちたらパーティ壊滅なんだから」

「ゴメンゴメン。でも傷は付けられるんだ。倒せるよ、アイツ。だから強くなるやつ、頼むよ」

「分かったわ。これ使ったらしばらく動けなくなるから、ちゃんと決めてよね」


 カナデは目を瞑って深呼吸をする。聞こえてくるのは奏でている音楽だけ。音と力の流れに意識を向け、その行先を制御する。目を開けて対象を認識。力をステラへと流し込む。


「行くわよ……!『だんだん強くcrescendo』!」


 力の増幅が始まり、勝利へのカウントダウンが始まった。

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