蹂躙の演奏会
「ここがレギュラス王国の遺跡かぁ」
太陽はとうに沈み、夜。月明かりが照らす遺跡の前に、ステラとカナデは立っていた。遺跡といっても、二人の目の前にあるのは祭壇に近い種類のようで、舞台や壁画等が一部残っているのが見て取れた。
人の手が入らなくなってから長く時が経った事を感じさせる風化具合の建造物の中で、一際存在感を放っていたのが、至る所に配置されている獅子の石像だった。ステラはレギュラスのモチーフは獅子だったんだ、などと観察しては何やら手帳に書き込んでいるが、カナデは今にも動き出しそうな獅子像から少し離れ、(別に離れるのは怖いからじゃないと言いながら)壁画を観察していた。
「レギュラスは王国だったって話だけど、祭壇があるって事はここは国の未来でも占ってた場所たったのかな」
「そうかもね。まぁ既に滅びちゃってるから国の存亡は占いじゃ変えられなかったのよ。それより見てこの壁画見てよ」
カナデが指し示す壁画は、レギュラスの歴史を描いていた。一つ目の画では人々が平和な生活をしているように描かれている。次の画では大きな獅子が国に災いを齎している。建造物が破壊され、人々が逃げ惑う姿もあった。三つ目では一人の人間が獅子に立ち向かい、見事に打ち倒しているように見える。最後の画では、獅子を倒した人間が王となり玉座に座っていた。傍らには獅子が従い、人々が歓喜している描写がされていた。
「建国神話みたいなものかな。なんにせよレギュラスの遺跡が獅子を祀ってるのはこういう背景があっての事だろうね」
さて、と座り込んで遺跡を観察していたステラは、砂を払いながら立ち上がる。
「遺跡観察は後にして、そろそろやろうか、ならず者退治。カナデ、聞こえてる?」
「ちょっと待って。うーん、多分あっちの建物、地下があるわ。話し声がするのはそこからね」
カナデの飛び抜けて良い耳は、草原の時同様遠く離れた場所の音もしっかり拾っていた。カナデの聴力は、彼女の母シラベに幼い頃からから音楽を教わっていた事によるものなのだと、ステラは聞いていたが、何をどう教わればそんな事が可能なのかはてんで分からずじまいだった。
とはいえならず者たちの居場所を確定させた二人は、その建物へ向かう。そこには見張りとしてなのか二人の男が立っていたが、名ばかりの見張りなのか話し込んでおり、ゆっくり遺跡観察していたステラとカナデにも気づいていないようだった。
「これじゃあ張り合いが無いよね。カナデはちょっと待ってて」
そう残すとステラは夜の闇に紛れて男たちへ近づいていく。気付かれずに傍へと辿り着くと、間髪入れずに飛び出し、男たちが気付いて声を上げる前に首元に軽い一撃を当てる。すると二人はそのまま倒れ込んで動かなくなった。その様子を見てカナデが駆け寄ってくる。
「まさか殺してないわよね」
「気絶してるだけだよ。上手く力をコントロール出来てる、はずだから、きっと」
語尾に行くにつれ自信がなくなっていくステラを横目に、倒れた二人が失神しているだけなのをカナデが確認する。
二人の男の後ろには確かに階段があり、地下への道の先からは喧騒も聞こえてきていた。
◇
地下への階段では所々に採掘道具が放置されていた。道中で赤い樽を見たステラはマジかと言いたげな顔をしていたが、二人は足を止めることなく下っていく。
階段の先は大きな空間になっていた。ざっと三十人くらいだろうか。それくらいの人数の男たちがこの空間をアジトとして使っているようで、食事をしたり酒を飲んだりしていた。
周りを確認したステラは何を思ったか大声を上げながら広間に出ていく。
「ならず者の皆さん、こんばんは! 早速だけど皆にはレギュラスからは出ていってもらうよ!」
アンタここで大声出すなら上で隠密行動しなくても良かったじゃないのよ!と心の中で文句を言いながら、カナデもそれに続く。広間とはいえひとつの空間。よく通る声で響いたステラの立ち退き宣告は全員の耳に届いたようで、続々と二人の周りに近づいてくる。その中には、昼にステラが遊んでいた男たちも混ざっていた。その様子を見てステラは『
「ここ私にやらせてくれない? どこまでやれるか試したいの」
「……分かった。キツくなったら言ってよね」
ステラは一歩下がり、代わりにカナデが前に出る。それを見た男たちはニヤニヤしながら話しかけてくる。
「おいおい、そっちの黒髪の女は強かったらしいが、それより弱そうなお嬢さんが相手なのか?」
「丁度いいや、しばらく女にはありつけてなかったからなぁ!」
「負けて大人しく帰れるとは思わない事だな!」
などと口々に言うならず者たちをうんざりした目で見ながらカナデは考える。敵は三十くらい。武器はバラバラでマギクス使いがいるかは不明。空間に出口は私たちが通ってきた道のみ。つまり、問題なし、と。
「聞きなさい下種共。五分で蹴散らしてあげるわ。楽しい演奏会にしましょうね」
カナデはそう言い放つと同時に、懐から小瓶を取り出し蓋を開ける。中からはカラフルな羽のついた光球がプカプカと出てくる。それらはカナデの周囲に浮かぶと一定の間隔を保ちながら静止する。
何か仕掛けてくると感じた男たちは臨戦態勢となり、二人が率先して突っ込んでくる。得物の長剣で斬りこんで来る。
「『タクト・ダウン』」
カナデは慌てることなく唱え、
「『
その瞬間から、空間はコンサートホールへと変貌する。この時、場にいた全員が同じ音楽を耳にしたように感じていた。壮大な物語の始まりを予期させるような
カナデに接近していた男たちは突然流れ出した音楽にたじろぐも、そのまま突っ込んでくる。カナデに対して右からと左からと連携して剣を振るう。
すかさずカナデは、右の男の方へ歩みを進めつつそちらに指揮を振る。剣が当たる直前、光球が男へ突っ込みそのまま弾き飛ばす。カナデの操る光球は実体のある存在であり、並の大人くらいなら平気でぶっ飛ばせるくらいの速度と強度を持っていた。カナデは右の男が吹っ飛んだ事で空いたスペースに移動し、左の男の剣を避けると、別の光球がその男に直撃する。
そこから先は一方的だった。音楽に合わせ飛び回る光球は、ただの男たちでは捕まえることも出来ず、次々とならず者へ衝突しては弾き飛ばしていく。光球もただ敵へ当たりに行くだけでなく、武器へ直接ぶつかる事で破壊したり、フェイントを仕掛けて惑わせたりと、縦横無尽に飛び回る。
時たま光球の攻撃を上手く避け、カナデの元に辿り着く男もいたが、殆どは『
時間の経過と共に曲は盛り上がり、一人また一人と立っている者は次第に減っていく。そして五分後、曲が終わりを迎え演奏が止まった時には、ならず者たちは一人を覗いて全員が地に伏していた。蹂躙という言葉が相応しい状況を見て、カナデは爽やかに笑う。
「これで
カナデは後ろで楽しそうに見ていたステラと位置を代わると、じゃあ後は任せたわと観戦の構えだ。
残る一人は昼にも出くわしたリーダー風の男。どうやらカナデの光球を避けきったらしく、少し息が上がっている。
「このまま二戦目だけど大丈夫?」
「ああ。逃げ場もねぇしここで逃げたら姉御にドヤされるからな」
両者は武器を構え、再びの戦闘が始まる。
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