外の世界と第一村人
「やっと、出れた……」
「これが外の世界……」
広すぎた森を抜け、初めて村と森以外の景色を目にしたステラとカナデは、えも言えない表情で目の前に広がる世界を享受していた。
そこは木だらけで視界の狭かった森とは打って変わって、一面が丈の短い若草で覆われた草原だった。遮るものは何も無く、青い空と瑞々しい緑だけが景色を構成していた。吹く風が若草を倒し、グラデーションのように模様を変えていく。
「凄い、凄いよカナデ! 一面緑だ! どうしよう、ワクワクしてきちゃった!」
「そんなにはしゃがなくても、この光景は逃げないわよ?」
「だって! それにそんなこと言ってるカナデだって顔が笑ってるよ」
え、ウソ!と顔に手を当てるカナデを見て微笑むステラ。当たり前のことながら、カナデにしても村から出るのは初めてのことなのだ。苦労して森をの果てに得た景色を見て、何も思わないほどカナデは達観した少女ではない。つまるところ彼女もこの瞬間を楽しんでいるのだ。
「分かった、認めるわよ。私もワクワクしてるの! あーもうそのニヤニヤした顔やめなさいって!」
そしてそのまま追いかけっこが始まり、和気あいあいと二人は草原を駆けていく。七日間森の中を歩き続けた疲れはどこへ行ったのか、楽しそうにはしゃぐ二人。実際のところこの草原は何の変哲もなくただ広いだけの草原ではあるのだが、初めての経験というのは偉大なもので、二人は時間も忘れて遊び回っていた。
それからしばらくして。
見たことの無い蝶々を見つけたからと、どこまでも追いかけていきそうなステラを服の襟を掴んで引き留めていたカナデは、離れた場所に幾つかの影を見つけた。
「ねぇステラ、あれ何かしら」
「え? うーん、まぁ人……だよね。ちょうどいいや、ここがどこか聞いてみよう」
目下彼女たちに足りないのは一に情報、二に情報である。彼女たちは早急に自分たちのいるここがどこなのかと、どこへ向かうべきか、そして屋内で睡眠を取ることのできる場所は無いかを知る必要があった。そのために最も手っ取り早い方法が、村なり街なりを見つけて人に話を聞くことだ。二人はこれ幸いと人影に近づいていくのだった。
マギクスの性質や幼い頃からの生活もあって、カナデの耳はとても良い。遠くの音も聞き逃さないその耳は、十分に接近するより先に人影の会話を拾っていた。
「……うだ言ってないで早く場所を教えろ! この周辺って事は分かってるんだ。それさえ吐けば命だけは助けてやるって言ってるんだ」
「だ、だから私は何も知らないんだよ! ただの商人なんだ、つ、積荷はやるから殺さないでくれ!」
「なぁ爺さん、俺たちが欲しいのは情報だ。積荷じゃない。まぁ爺さんが喋ろうが喋るまいが積荷は頂いていくがな」
続く男たちの笑い声と怯えた老人の命乞い。
「……。ステラ、やっぱりやめましょう。何もいきなりトラブルに突っ込む必要は無……ってあれ!? ステラ!?」
どう聞いてもトラブルの香りしかしない会話を聞き取ったカナデはステラを止めようとする……が、既に隣にはステラは居ない。辺りを見回すとステラは騒動の真っ只中に現れる寸前だった。カナデは諦めのため息を一つつくと、男たちの方へ向かっていく。
◇
「やぁやぁ皆さんご機嫌いかが。ところでここがどこなのか教えてくれない?」
いきなり現れた少女の第一声がそれだった。不意打ち的な登場に老人を取り囲んでいた男たちには動揺の表情が確認できる。
「て、テメェ誰だ!」
「どっから現れやがった!」
男たちは懐からナイフを取り出しながら、突然現れたステラにジリジリと近寄っていく。
「嬢ちゃん、俺たちは今大事なお話し中なんだ。分かるか? 分かったらさっさと消えな。それとも、怪我したいのか?」
リーダー風の男がそう言いながらステラの方へ近づいてくる。その手には男たちの野蛮な風貌には似合わない、装飾の施された立派な剣が握られていた。
「いや、私はここがどこなのか聞きたいだけなんだけど……。まぁいいや、ところでお爺さん、ここって何か名前のある場所なの?」
「な、お前さん何をやっとる! 馬鹿なことやってないで早く逃げなさい!」
ステラは男たちを半ば無視するように老人に近づいていくと、呑気に話しかけている。
老人はステラの行動を理解できないと言わんばかりの表情で、ステラのことを見つめ口をパクパクすることしか出来なくなっていた。
無視される形となった男たちも、武器を取り出してわらわらと集まってくる。
「チッ、イカれた女が。もういい、ちょっと調子に乗り過ぎだ。お前ら、大人の怖さを教えてやれ。あぁだが顔は傷つけるな、かわいそうだからな」
リーダー風の男がそう言うと、ステラの背後にいた男が下卑た笑みを浮かべながら彼女の肩を掴もうとする。伸ばした腕が彼女の肩に触れるその直前。
「……は?」
男は自らの身に何が起きたのか分からなかった。女の肩に触ろうとした瞬間天地が逆転し 、その次の瞬間には地面に寝ていたのだ。
「ビビってんじゃねぇ! 相手は丸腰の女一人だろうが!」
後ろにいた別の男が檄を飛ばすと、男たちは弾かれたようにステラへと向かってくる。手にはそれぞれの武器がギラギラと光っている。
「はぁ、これじゃあゆっくり道も聞けないよ」
後ろで慌てふためく老人をよそに、ステラはマイペースに伸びをすると、戦闘に突入していった。
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