導きと旅立ち Ⅴ

 時を戻して時間軸、現在。ステラとカナデはまだ星夜の下にいた。


「もう七年も経っちゃったんだ、あれから」

「そうね、でもこれからきっともっと楽しくなるわよ」


 実際のところ、七年前から今に至るまでの道のりは、トントン拍子で行けるものではなかった。あの約束をした日の翌日、彼女たちは早速ヒビキとシラベに村の外に出たいと告げた。当たり前ではあるが二人は反対した。十歳の少女二人じゃ村の周りの森すら抜けられないと。


 とはいえ彼女たちは幸運だった。ヒビキとシラベは決して可能性の芽を摘み取ってしまう類の大人ではなかったからだ。大人たちは子供たちに、条件を提示した。それが、外に出ても生きていける力をステラとカナデが身につける事。二人は学び、鍛え、自らのマギクスを育て、そして今日に辿り着いたのだった。


「色々あったわね、今日まで。寝ぼけたステラのマギクスが暴発して壁に穴を開けたり、森の中で見たことない動物が居たってはしゃいでそのまま迷子になったり」

「それは昔の話でしょ! ほらカナデだって雷が怖くて布団被って震えてたり間違って魔物に速くするやつAllegro掛けて私に衝突させたりしたよね。痛かったなぁ、あれは」

「ちょっと、止めなさいって! 雷が怖いのは今は関係ないでしょ!」


 カナデは顔を真っ赤にしてステラをバシバシと叩く。ステラは痛いって!と呻き声をあげ、叩いてくる手から避けるように身を捩る。避けないでよ!とカナデが追う。二人の追いかけっこは少しの間続き、ふとしたタイミングで顔を合わせる。


「ふふ」

「あはは」


 二人は笑いあう。一体何がそんなに面白かったのかは二人にも分からなかった。こうして二人はいつも通り、最後の夜を変わらず過ごすのだった。


    ◇


 その夜、ステラは夢を見た。暖かく、どこか懐かしい夢。それは一度だけ見たことのある夢だった。あの羅針盤コンパスを見つけた日の夜にも見た夢。

 ステラは目を開ける。そこは自分以外には何もない空間だった。まるで意識だけがそこにあるような感覚で、指先すら動かすことができない。頭上には星空が広がっているが、その空には見覚えはない。何も出来ないまま空間を漂っていると、どこかからか声が聞こえてくる。随分と久しぶりに聞いた声だ。それはいつかの過去に聞いたセリフだったのだろうか。


「ステラ。このコンパスは、いつか貴方を導く標しるべになるわ。大切にしなさい」


 優しく、慈しみのある女性の声が聞こえる。 


「星を追うんだ、ステラ。答えはそこにある」


 強く、逞しさのある男性の声が聞こえる。


 顔も朧気な誰かはそう告げる。

 ステラには聞きたい事がたくさんあった。

 今どこにいるの?

 二人はまだ生きているの?

 あのコンパスは私をどこに導くの?


 なぜ私を置いていったの?


 湧き出る疑問はしかし、声に出すことも出来ない。何も出来ないまま、意識はスーッと落ちていき、夢の中の何も無い景色は遠のいていった。


    ◇


 朝。起きるのが得意ではないステラの朝は、先に起きたカナデに叩き起されるところから始まる。


「ほら起きなさい! 良い旅立ち日和よ!」

「あと五分……」


 もう、早く起きて来なさいよね、とカナデが部屋を後にし、再びステラ一人になる。少し朧げな夢の内容を思い出しながら、ベッドのサイドテーブルに置いてある羅針盤コンパスを手に取る。あの日にこの羅針盤コンパスを見つけて以来、一度も動きを止めずにクルクルと回り続けるその針は、今日も忙しなく回っていた。


「星を追え、かぁ」


 一体どの星を追えばいいんだろ、なんて寝転びながら考えていたステラはそのまま二度寝へと突入し、数分後に戻ってくるカナデにまたも叩き起されるのだった。


    ◇


「旅立つお前たちに、渡すものがある」


 あらかた荷造りが終わり、村のみんなにも挨拶を済ませ、さぁ後は出発だけという時になって、ヒビキから声がかかる。


「なになに? 何かくれるの?」

「ステラにはこれをやる」


 手渡された物は、筒状の部分と握ることのできる部分がくっついた不思議な形の道具だった。


「これって……」

「あぁ、これは銃だ。と言っても本物じゃない。見た目だけ似せた代物だ」


 ステラが銃(の形をしたもの)を見るのは初めてだった。『星明かりの矢スターリット・ショット』は確かに指で銃の形を模してはいるが、それは読んでいた本で出てきた銃を見たステラが、遠距離を撃ち抜く武器ってカッコイイと思って真似していたに過ぎなかった。


「じゃあ、なんでこれを私に……」

「これはお前の親父さんが使っていたものだ」

「お父さんが!?」

「あぁ。この銃は弾じゃなくてエネルギーを飛ばす。まぁお前の使うマギクスと似たようなもんだよ。アイツは滅法強かったが、お前ならもっと上手く使いこなせるかもな」


 ステラは銃をまじまじと見つめる。白を基調としたボディに所々黒い線が走っているそのデザインは、彼女を魅了するのに十分だった。


「おじさん、これ名前ある?」

「『星跡スタートレイル』。アイツはそう呼んでた」

「ありがとう。しっかり使いこなしてみせるから、楽しみにしててね」


 隣を見るとカナデはシラベから同じように何かを受け取っていた。聞くとどうやら今は秘密らしい。またのお楽しみとの事だったが、二人の会話からは「あなた一人でも戦う力は必要」とか「困った時は力よ」とか若干不穏な気配を感じたため、ステラはそっとしておく事にした。


 やがて、旅立ちの刻が訪れる。


「じゃあそろそろ私たちの冒険を始めようか」

「ええ、始めましょう」


 天気は快晴。心地よい風が抜けていく。確かに良い旅立ち日和だ。


「今のお前たちならそうそう危険な事もないと思うが、気をつけてな」

「体調には気を付けるのよ。たまには戻ってきて顔を見せなさい」


 希望はたくさん。楽しむ準備はできた。


「またね、パパ、ママ」

「お二人とも、お元気で」


 後は始めるだけ。


「「いってきます!!」」


 踏み出す最初の一歩。目指すは世界の果て。

 星を追う冒険譚が始まる。

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