導きと旅立ち Ⅳ

 うず高く積まれた本。そのなかに動く影が一つ。

 少女の名前はステラ。御年10歳。読書中。

 吸い込まれるような色の黒髪の上には、本を取った時に被ったのか埃が乗っていたが、本に集中している彼女は気づいていないようだ。

 そこにトタトタと別の少女が駆け込んでくる。


「ステラ、またここにいたのね」

「あれカナデだ、もうピアノの練習は終わったの?」


 カナデの母、シラベは音楽の才ある女性だった。この時期のカナデは、毎日のようにシラベから音楽を教わっており、この日もまたそうであった。シラベのマギクスもカナデのそれに近いものであり、それも相まってかカナデは音楽が大好きな少女だった。ちなみにステラは音楽にはあんまり興味が湧かなかった為に、カナデがいない時間はこうして本の世界に触れていた。


「ええ。だからステラを探してたの。今日はどんな国の本を読んでるの?」

「今日はねーおひさまがいない国のお話だよ」

「おひさまがいない国……それってずっと真っ暗なのかな……」

「カナデは暗いの苦手なの?」

「そ、そんなことない! こわくないわ!」

「ふぅん。私知ってるよ。カナデ夜にランプ消さずに寝てるでしょ」


 カナデは怯えたような表情から、頬を膨らませて怒ったような素振りを見せる。この後はステラがカナデをからかい、カナデがステラを追い回し、ああでもないこうでもないと話をする。これが彼女たちの日常だった。


 だが、その日は少しだけ違った。

 

「外の世界にはさ、家よりもおっきなトカゲとか、雲より高い塔とか、とっても深い穴とか、どこまでも続く水溜まりとか、見たことないものが沢山あるんだって。一度でいいから見てみたいなぁ」


 ステラが大きさを身振りで示そうと、腕を一杯に広げる。それが積まれていた本の塔のひとつに当たり、グラグラと揺れる。やがてその揺れに耐えきれなくなり、傾いていく。それは隣、またその隣の塔をも巻き込んで倒れていく。


 ドサドサドサドサッ!!

 本の塔が倒壊していく。埃が舞い上がり、光が遮られて部屋が一瞬薄暗くなる。全てが終わった時、床は本で見えなくなっていたが、幸いにして二人の少女には当たらずに済んだ様だった。


「ケホケホっ。カナデ、大丈夫?」

「うん。ヘーキ。ちょっとビックリしちゃったけど」

「ごめんね。本に手が当たっちゃった。片付けなきゃだね。……あれ?」


 ステラが周りを見ると、辺り一面が本で埋まっていた。その中に、見慣れないものが混ざっている。木製の箱だった。


「なんだろこれ。見たことないや」

「私も初めて見た。開けてみる?」


 二人で箱の蓋を掴む。せーので開けると、そこには丸められた紙と、箱状の物体。

 恐る恐る謎の物体を手に取ると、それは少しヒンヤリとしていて、その表面には円形の盤面が刻まれ、その中で細い菱形がクルクルと回っていた。


「何これ……」

「変な箱だね。こっちの紙は?」


 丸められた紙を広げると、それは大きな地図だった。だが、どこの地図なのかは分からないし、その地図には何よりも目を引く点が三つあった。

 一つ目、その地図は明らかに描きかけ、未完成な地図だった。全体の三分の一程が埋まっているものの、残りは白紙だった。

 二つ目、地図には二十一箇所に×印が付けられていた。それは白紙の部分にも及んでおり、殆どは白紙の上にあった。

 そして三つ目、地図の白紙部分の端の方に、さっきの印とは異なる星印と文字が刻まれていた。そこには殴り書きの様な字でこう書かれていた。


 『最果て』、と


「最果て……?」


 興奮も束の間、別の誰かが部屋を訪れる。


「あなた達、大きな音がしたけど、何やってるの……ってすごい荒れ様ね、この部屋。怪我してない?」

「あっシラベさん、私が本を倒しちゃって……」

「私もステラも大丈夫だよ」

「そう? それならいいのだけど……。あらステラ、それは?」


 シラベが指したのは先程箱から出てきた謎の物体。ステラはこれが何か分かる?と物体をシラベに渡す。


「これは……羅針盤コンパスね。方位を教えてくれる道具なんだけど……変ね」

「ママ、それ壊れてるの?」

「普通は一定の方向を指すんだけど……全然針が止まらないわね。壊れてるのかしら」


 まぁそのうち直るわよと羅針盤コンパスをステラに返すと、シラベは戻って行ってしまった。どうやら無事かどうか確認しに来ただけらしい。その日は本の片付けに追われたため、本を読む時間は無かった。


    ◇


 その日の夜、ステラとカナデは屋根の上から星を眺めていた。二人の部屋は二階にあり、屋根に登るのは難しくなかった。流れ星が見えた、私が見つけてないから流れてない、なんて会話をしていると、ステラが言う。


「世界の果てってあると思う?」

「さぁ? どっかにはあるんじゃないの」

「やっぱりあると思うよね!」


 何を言い出すのかと呆れながらカナデがステラの方を見ると、彼女は目を輝かせながら星々に目を向けていた。カナデは気づく。気づいてしまった。これは、ステラの好奇心が振り切れた時の表情だという事に。そして、こうなった時のステラは止まらない事を知っていた。


「決めた! 私世界の果てに行く!」

「は?」


 カナデはたっぷり三十秒固まってから、次の言葉を絞り出した。


「……じゃあ私も着いていくわ、それ」

「えっ、ホント?」

「私ね、色んな音楽が知りたいの。きっと村の外には私の知らない音がいっぱいある。聴いてみたいの、たくさんの音を。……そ、それにアンタ一人じゃ心配だし……」

「カナデと一緒ならどこまでも行けるよ。ありがとう。じゃあ約束、二人で一緒に行こう、世界の果てに」


 夜空に煌々と輝く星々が、二人と交わされた約束を照らし続けていた。

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