導きと旅立ち Ⅲ

「満っ足!」


 不意打ち気味の勝利を得て、ステラとカナデの二人は喜びを分かち合っていた。


「いやぁ上手くいって良かったよ。ちょっとズルい勝ち方しちゃったけど」

「勝てばいいのよ勝てば。パパが言ったんだからね、一撃当てれば良いって。それにあんなに避けられちゃああでもするしかないわ」


 そのパパことヒビキはついさっきまで激痛で地面をのたうち回っていたが、ようやく痛みが引いてきたのか口を開く。


「男に二言はない。俺の負けだよ。ところでこれなんでこんなに痛いんだ? まだヒリヒリするんだが」

「スピードが遅くなって貫通力がなくなったから……とかかな。初めて見たからよく分からないんだよね。もっかい試してみていい?」

「ちょっと、人の親を実験台にしないでくれる!?」


 マギクスという力は、不明な点が多い。何が起こっているのか一目で分かるものもあればそうでないものも存在する。例えばカナデのマギクスは力を増幅させたり低減させたりするものだが、それは対象がいて初めて成り立つものであり、無から何かを生み出すものではない。効果量は目には見えなくとも、何が起きているかはまだ分かりやすい。それに比べてステラのマギクスは、彼女に言わせればよく分からないままよく分からない力を使っているという表現が正しい。ステラ自身どこまでその力を操れるか把握できていない為、指先から小さな塊を射出するのに留めているというのが現状である。


「ステラの成長性も恐ろしいが、カナデの『指揮タクト』は厄介なマギクスだぜ。相手の速度が上がるだけならまだしも、こっちの動きを阻害されちまったら戦いづらいことこの上ない。だがまぁ本人が脆弱ならいくらでもやりようはあるからな。カナデ、外の世界に出るならお前は一人でも戦えるようにならなきゃだな」

「そこを突かれると痛いわね。実際さっきの戦闘もパパが馬鹿正直にステラとぶつからず、私から落としてたらチームは即壊滅だったし」

「まだまだ改善点はたくさんかぁ」


 三人は並んで村への道を歩いていく。戦闘が始まったときはまだ高い位置にあった太陽は、その姿を山並みへと隠そうとしていた。時間の流れをしみじみと感じながら、それにしてもとヒビキはぼやく。


「俺の動きをよく見破ったな、ステラ。まさか、弾を当てるんじゃなくて。俺に当たらせるとはな。気づいたんだろ? 俺がどうやってお前の弾を避けてたか」

「最初は指の向きから察知して避けてるのかと思ったけど、死角から撃った時も避けられたから違うかなぁって。で、おじさんが予知や第六感みたいな先読みが働くタイプならカナデの遅くするやつritenutoにわざわざ当たらないはず。だから多分逆かなって」

「逆、か」

「うん、おじさんは弾を避けてたんじゃなくて、私が意図せず当たらない位置に撃つよう誘導してたんでしょ」


 どうやってたかは分からないけどね、と付け加えてステラは思う。実際マギクスも使わずどうやって照準誘導なんてやっていたのか、と。


「だったらカナデはどうやってそれを知ったんだ。戦闘中には伝えるタイミングは無かっただろ」

「なんとなくよ。ステラのやりたいことくらい言わなくたって分かるわ」

「本当に助かったよ、カナデ」

「いつもの事でしょ」


 ヒビキはなんとなくに負けたのか、俺は……、と渋い顔をしていたが、ステラとカナデは不思議そうな顔をするばかりだ。


「そうだおじさん、あの照準誘導教えてよ」

「照準誘導のやり方は教えてやってもいいが、それは俺をちゃんと倒せるようになってからだな。どれ、もう一戦……」

「遅かったわね、あなた」

「ママ!」


 いつのまにか戻ってきていた村の入り口。待っていたのはカナデと同じ色の銀髪をした、カナデを大きくして、より大人びた印象を纏わせた女性だった。誰に聞いても美しいと言うであろうその美貌には、似合わぬ青筋が立てられていた。


「おかしいわね〜。カエデとステラの狩りが終わったら、旅立ちのお祝いの為に色々と手伝ってくれるはずでしたよね?」

「シラベさん、こ、これには大海よりも深い訳があってだな。その」

「言い訳は無用です♪」 

 

 ゴスッ、というあまり人体に対しては普通は使われないであろう鈍い音が鳴り、見事に腹に一発貰ったヒビキは一言発するまもなく崩れ落ちる。地面に伸びたヒビキはズルズルとシラべに引き摺られていく。


「カエデ、ステラ、私たちはお家で準備してるから、しばらくしてから帰ってきてね〜」

「は、はーい……」


 ヒビキが調子に乗ってシラべが制裁を降すこの光景は、珍しいものでは無かった。だが、よく考えなくともしょっちゅうあんな目に遭っているならば、ヒビキがある程度戦えるのもおかしくは無い……と思うと同時に、もしかしたら将来隣にいるカナデもあのようになるのだろうかと、あまり考えたくない未来に思いを馳せるステラだった。


    ◇


 二人で市場を横切って歩いていく。長く暮らしているだけあって、店頭に立つ人々は皆知り合いだ。ここアストは人の移動が殆ど無い村である。山脈と森に囲まれた辺境にある事がその最大の理由ではあるが、産出物自体は豊富なため、村の生活は問題なく回っている。時たま商人や冒険者などが辿り着くいたり住み着いたりすることもあり、ステラの両親もそうやってこの村に移ってきた人々だった。

 他愛もない話をしていると、カナデはステラがある方向を見つめている事に気付く。その方向を見ると、遊びから帰ったであろう子供を迎える親の姿があった。


「ステラの両親、今はどこにいるのかしらね」

「え、うーんどうだろう。まだ生きてて二人で冒険しているならいいんだけどね」


 ステラの両親は今、アストには居ない。

 元々二人とも定住地を持たない冒険者だった彼らは、まだ赤ん坊だったステラを連れてこの村に辿り着いた。その後六年ほどをアストで過ごすと、やるべき事があると告げステラをヒビキ達に預け、村を去ってしまった。

 彼らがステラに遺したのは一つの羅針盤コンパスと彼らの冒険をまとめた大量のノートだけだったが、それはステラを好奇心の塊にするのには十分だったと言えるだろう。


「ごめん、心配してくれてありがとう、カナデ」

「そんなつもりじゃ、ないけど。……でもそんな寂しそうな顔しないでよね。今は私もいるんだから」

「カナデには何でもお見通しかな」

「幼馴染なんだから、それくらい分かるわよ」


 ステラとカナデが家に戻ると、ささやかなパーティが行われた。ヒビキはどうみても戦闘後よりやつれているようも見えたが、食事が進むと娘たちの旅立ちが寂しくて泣き出してしまい、これはこれで収拾がつかなくなったりもした。どうやら予定外の試験を始めたのは、勝って娘たちの出発を阻止しようとしていたからだったらしい。再びシラベの制裁が降り、動かなくなったヒビキを介抱などしてワイワイと過ごしているうちに、夜が更けていった。


 そんな騒がしくも暖かいひと時を終え、ステラとカナデはまた外にいた。頭上には星々が輝き、光たちが瞬いている。


「今日は一段と空気が澄んでる。星見日和」

「思えばあの日もこんな空だったわね。アンタが世界の果てだなんて言い出したのは。あの時にはこんな事になるなんて、思ってもみなかったわ」


 きっかけは、七年前に遡る。

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