導きと旅立ち Ⅱ

「ねぇカナデ、ヒビキおじさんって戦えるの?」

「それなんだけど、私パパが戦ってるところ見た事ないのよね」


 ステラ、カナデ、そしてヒビキの三人は村から少し離れたところにある空き地に移動していた。ヒビキが動くなら広いところが必要だからと言い出した為である。そのヒビキは少し離れたところでこれから運動するぞと言わんばかりに準備運動をしている。


「おーい二人とも、準備いいか?」

「待って! ちょっと待って! 作戦、作戦会議するから!」


 作戦会議とは言っても、その実そんなものはないに等しい。そもそもヒビキが戦える人間なのかすら、ステラとカナデは分からないからだ。どんな戦い方をするか分からない相手に対して、作戦なんて立てようもないのだ。


「確かにおじさんが戦ってるところって見たことないかも。魔物の襲撃とかあっても、おじさんはいつも指揮とってて直接戦ってないし。もしかしたらホントに強いのかも? どうしよう気になってきたかも」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」


 ステラの好奇心が芽を出したのを察知したカナデは、窘めるように言葉を返す。好奇心猫を殺すというように、余計な好奇心は危険を招きかねないのだ。


「実際私のマギクスはママに教わったのがほとんどだけど、体の動かし方はパパから教わってるし、何か仕掛けてきても全然不思議じゃないわ。だから全力で行きなさい。サポートは任せて」

「おっけー。待ちに待った力試しの時間だね」

「はぁ、結局こうなるのね……」


 二人はヒビキの方に向き直ると、合図を送る。ヒビキは待ってましたとでも言いたげな表情をすると、伸びを止めて立ち上がる。


「作戦はまとまったようだな。それじゃ始めようか。どっからでもかかってきなよ」

「それじゃ遠慮なく行くよ、『星明りの矢スターリット・ショット』!」


 間髪入れずに撃ち込んでいくステラ。銃の形にした指先から連続して黒弾が放たれる。「矢」と形容しているだけはあるようで、かなりの速度でヒビキに向かって飛んでいく。

 黒弾はそのまま突き進み、ヒビキの体に直撃していく。衝撃で砂埃が舞い上がり、ヒビキの姿が見えなくなる。


「パパ! ちょっとやりすぎてない!?」

「……ごめんカナデ、ミスったかも」

「え」


 直後。砂煙が切り裂かれる。見るとヒビキが脚を振り上げている。その身体に、外傷はない。


「カナデ、逃げ……」


 高く上げた脚が振り下ろされる。その脚が大地へ振り下ろされた瞬間、ステラはまるで地震にでも遭っているかのような感覚を覚えた。否、これは「」感覚ではない。現実に地面が揺らされている。当然ながら現象はそこで終わることはなく、今度はヒビキの目の前の地面が次々に隆起し、その波は真っ直ぐこちらに向かって来る。揺れに足を取られたステラは回避の機を逃し、まるでシーソーの反対側に重い物を落とした時のように、せり上がる地面に弾き飛ばされる。


「っ!!」

 

 地面に跳ね上げられたステラの体は宙を舞い、しっかり数秒重力から解放されると、再び重力に捕まり、そのまま地面に激突した。


「ガァッ!!!」


 背中からの衝撃が身体を通って上へと抜けていき、肺中の空気が吐き出される。ステラは地面に寝転がったまま、動けない。喉元まで来てしまった感情を隠すように腕で目元を覆う。そうしていると、頭の上から声が落ちてくる。


「大丈夫? ……平気そうね。アンタやっぱり頑丈過ぎない? ホントに人間なのかしら」

「失礼しちゃうな。結構痛いんだよ?」

「だってアンタ、笑ってるわよ」

「……分かっちゃう?」

「当たり前よ。何年一緒にいると思ってるの」


 顔を覆っていた腕をどかすと、確かにステラは笑っていた。何も知らない人が見れば、痛みを快楽とする類の属性を持っているのかと勘違いもされてしまいそうな場面であるが、勿論そういう訳では無い。

 ステラはただワクワクしていたのだ。未知の力に。未知の出来事に。


「で、いつまでそこで笑って寝転がってるわけ? 不気味だし早く起き上がって反撃して欲しいのだけど」

「分かってるよ。カナデはちゃっかり逃げてたけど、今の見た? あんなの人間業じゃないでしょ。あんな面白いもの見せられて、やられっぱなしじゃいられないよ」

「だったら早く立ちなさいよ。ほら」


 カナデが手を差し出す。その顔は喜び半分呆れ半分と言ったところか。

 ステラは差し出された手を掴み、姿勢を起こす。

 随分吹っ飛ばされた。ヒビキが遠くに見える。


「どうやらまだ戦えるようだな。今のでおしまいだったら、当分アストの外には出せなかった。じゃあ試験再開だ。……あぁさっきは俺を倒せと言ったが、あれは言い過ぎた。一撃当てるだけでいいぞ」


 ステラが立ち上がった事を確認したヒビキがそう告げてくる。力量差はハッキリしている。ハンデのつもりなのだろう。


「よし、反撃開始といこうか」

「手はあるの?」

「一発当ててぶっ飛ばす」

「了解」


 駆け出すステラ。相対するヒビキは特にアクションを起こさず、こちらを見ている。


「カナデ! 速いの頼む!」

「任せなさい!『タクト・ダウン』!」


 短い詠唱の後、カナデの手に細い棒が現れる。先は尖っておらず、武器と言うには短すぎるそれは、いわゆる指揮棒タクトだった。

 カナデは手に馴染んだ指揮棒タクトがちゃんと具現化した事を確認すると、すぐさまそれを振る。身体に溜まっていく力を指揮棒タクトに乗せ、呟く。


「『速くAllegro』」


 瞬間、ステラの速度は爆発的に増幅する。この時、ステラの耳には軽快な音楽が聴こえていた。陽気なリズムに乗って、スピードを増していく。

 パーティにおけるカナデの役割とは何か。当然だが、狼を蹴飛ばすことは彼女の本職ではない。仲間を強化し、敵を弱化させる。戦場を把握し勝利を齎すことこそ、指揮者たるカナデの役割である。と言っても、現在の奏者はステラ一人だけなのだが。

 強化を得たステラはあっという間にヒビキに近づくと、ヒビキが反応するより早く、そのまま脇を通り抜ける。振り返りつつ背後から『星明りの矢スターリット・ショット』を浴びせる。


「その速度には追いつけないが、それじゃ当たらないぞ」


 ヒビキはそういうと、まるで見えているかのように背後からの弾丸を回避してみせる。


「あれも当たんないの……っとと」


 流石に死角からの攻撃を躱されるとは予想していなかったのか、足元が疎かになっていたステラがバランスを崩す。そして、その隙を見逃すヒビキではなかった。


「貰った!」


 ヒビキの拳がステラに迫る。姿勢は立て直しているが回避には間に合わない。固く握られた拳が振り抜かれるその寸前。


「『急に速度を緩めるritenuto』」


 再び指揮が振るわれる。ステラにではなく、ヒビキに行われたそれは、一瞬ではあるがヒビキの動きを遅延させる。だが、その隙はステラが窮地を脱するには十分なものだった。


「気をつけなさいよステラ!」

「俺の娘ながら厄介なマギクスだな」


 ステラがカナデを探すと思ったより遠くから声を張り上げているのが見えた。余波を避けるためとはいえ離れすぎじゃないだろうか、などと思いつつ、次の攻撃の為に踏み込んでいく。

 弾丸と回避の応酬が繰り広げられ、お互いがお互いを捉えられないまま消耗が続く。カナデの『急に速度を緩めるritenuto』は同じ相手には二度目以降の効きが悪く、ステラへの速度加速も効果のリミットが近づいてきていた。


「ハァ、ハァ……これじゃ埒が明かないね」

「そうだな、だが先に限界が来るのはそっちじゃないか?」

「うん……。だから次で決めさせて貰うよ」


 再び相対する二人。一拍。同時に動き出す。

 速度はステラの方が上。ヒビキに肉薄し右手で銃を形作ると、放つ。


「『星明りの矢・双スターリット・ショット・ダブル』!」

「同時に二発か!だが!」


 回避を試みるヒビキ。そこに声が割って入る。ヒビキの相手はステラ一人では無い。


「『急に速度を緩めるritenuto』!」

「それはもう効かんぞ!」


 ヒビキの言葉に違わず、例え同時に二発だろうとその弾丸はヒビキには当たらない。


 それがだったならば、の話だが。


「なっ……!」


 ヒビキの目の前には避けたはずの黒弾。

 カナデのマギクスの対象は、ヒビキではなかった。その真の対象はステラの『星明りの矢・双スターリット・ショット・ダブル』の片方の弾だったのだ。


「カナデ、ナイスアシスト」

「礼には及ばないわ」


 ヒビキは悟る。これは避けられない、と。

 そして、鈍い音共に、


「痛っっっってぇ!!!!!」


 戦いの終わりを告げる叫び声が森に響いた。

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