星追少女は世界の果てを夢見る

序章 彼女たちの始まり

導きと旅立ち Ⅰ

    ◇


「世界の果てってさ、どんな景色が広がってると思う? まだ誰も見たことのないような景色がそこにあるんだよ。それってさ、すっごくワクワクしない?」


    ◇


「ステラ! そっち行ったわよ!」

 森という程には鬱蒼とはしていない木々の合間を縫って、凛とした声が響く。

「あいよーっと」

 返す声にはあまり緊張感がないようだ。

 声の主である黒髪の少女、ステラは立ち止まって首から下げた羅針盤コンパスに手を当てる。特に何かが起こる行動というわけではないが、その動作は彼女に幾ばくかの安心感を与えていた。彼女の恰好は至ってシンプルなジャケットとパンツであり、身を守ることより動きやすさに重点を置いた装備だった。

 一呼吸置いて、辺りを観察する。

 周りは木々や茂みに囲まれていて視界は良くはない。

 足場もあまり良いとは言えないだろう。

 姿の見えない「敵」は着実に近づいてきているのだ。


「集中、集中」

 神経を研ぎ澄ますと余計な雑音が耳に入らなくなっていく。

 微かな異音すら逃すまいと耳をそばだてる。


 果たして、ステラは後方から近づいていた獣の息遣いを聴き漏らさず、茂みが揺れ動いたのを見逃さなかった。

 音を頼りに姿勢を反転して右腕を前に出す。腕を伸ばして指先で銃の形を作り――唱える。


「『星明かりの矢スターリット・ショット』!」


 ステラの指先に黒い光が集まり、小さな球を形成していく。瞬間、光球は目標へと放たれる。


「グガッ!」


 黒色の弾丸は背後から迫っていた「敵」、ステラの身長の半分ほどの大きさはありそうな狼の胴体に吸い込まれるように命中する。

 ステラに襲いかかろうと飛びかかっていた狼は、そのまま地面に墜落し、動かなくなる。


「狙い通り……かな」

 ふぅ、と一息つくステラ。

 構えていた腕を下ろし、張り詰めていた緊張をほぐす。


 しかし、息をついたのも束の間、再び茂みが揺れ、再びの緊張が走る。


「ちょっとステラ! 危ないじゃないのよ!」


 茂みから現れたのはご機嫌ななめの少女だった。

 ポンチョコートを身に纏い、銀髪のロングヘアをなびかせた少女は、見た目の可憐さとは裏腹に、反論の余地すら与えんと言った剣幕でステラに詰め寄る。


「アンタのマギクス、私の顔のすぐ隣を抜けてったんだからね! 嫁入り前の顔に傷でも付いたらどう責任取ってくれるのよ!」

「ごめんって……。でももしそんな事になったら責任は私が取るから」

「えっ、そ、それどういう意味か分かって言ってる……? ってそういう事じゃなくて!」

「どういう意味かは分からないけど……カナデは今日も元気だね。それに『星明かりの矢スターリット・ショット』程度のマギクス、カナデのマギクスなら防げるでしょ」

「それはそうだけど……。身体強度がおかしいアンタと違って、私はひ弱な女の子なのよ」

「ほんとかなぁ……」


 マギクス。それはこの世界の人々が持つ固有の力の総称である。

 体から炎を出す。モンスターを使役する。自らの身体を変化させる。武具を創造する。

 先程ステラが放った『星明かりの矢スターリット・ショット』も、彼女の使うマギクスの一つである。とは言っても、彼女は自らのマギクスを「よく分からない力を操る事が出来る」くらいにしか捉えていない訳ではあるが。

 マギクスは誰にでも発現しうるものではあるが、その力の強弱や種類は環境や力の使い方によって如何様にも変化する為、謎の多い力であるとされている。

 それゆえに、似たような力でも使い手によって細部の異なるそれらの力は、大雑把な系統付けだけされて、まとめてマギクスと呼称されているのだ。


「大体ステラがいっつも周りの事考えないで行動するから私が巻き添えになってるのよ、自覚してよね。あの時だって……」


 カナデと呼ばれた少女は、興奮収まるどころか過去の話にまで飛び火してヒートアップしているようだった。

 こうなっては気が済むまでは止まらないと観念したステラは、大人しくするしかないのだった。


 だが、この空間で動けるのがステラとカナデだけではなかった事を二人は失念していた。


「ガルルァ!」


 ステラに撃ち落とされた狼にはまだ息が残っており、反撃の機を伺っていた。

 狼は先程自らに手痛い攻撃を仕掛けたステラではなく、自らに背を向け無防備なカナデ目掛け飛びかかる。


「危ない!」


 ステラが声を上げるも、時は既に遅く。


 一瞬身をかがめるカナデ。直後に振り抜かれるは傷一つない綺麗な右脚。

 狼の瞳に映るのは、「あーあ」みたいな顔をしたステラの顔だけだった。


「せいッ!」


 強烈な後ろ回し蹴り、その踵が狼の鼻先に直撃する。

 ゴキッという鈍い音が響き、狼は吹き飛ばされていく。二度目の墜落を経験した狼は今度こそ動かなくなった。


「まだ話は終わってないわよ!」

「……これのどこが『ひ弱』なんだい?」

「なにか言った?」

「いいえ何も」

「はぁ。まぁもういいわよ。なんか気が削がれちゃったし。その話はまた今度にしましょう。それよりコイツよ」


 やっと解放された……という表情とえ、またあるの……という表情を浮かべたステラは、カナデと共に動かない狼に近づいていく。

 狼は全身灰色の体毛で、この地域で見るサイズにしては小さい方である以外は、特筆すべき特徴は無い個体だった。無惨な状態になった頭部を除いては、であるが。


「今日のターゲット、多分これよね」

「うん、そうだろうね。対象はアスト村の近くに出没する、群れから追われたフォレストウルフの討伐だったよね、確か。彼らは普通群れで動くけど、辺りにはこの個体以外気配もないし、間違いないんじゃないかな」


 はぐれフォレストウルフの討伐。二人が森の中を駆け回っていた理由であった。

 カナデはステラにフォレストウルフの運搬を任せると、並んで森の出口へと向かっていく。


「今回のフォレストウルフはそんなに強くはなかったね。分身しなかったし、目で追える速さだったし」

「そうね。まぁ旅立ち前最後にそんな厄介なのとは戦いたくないけど。疲れるじゃない」

「えー。せっかく最後なんだしパーッと思いっきりやりたくない?」

「そんな事言って、どうせなんか新しいマギクスでも思いついたんでしょ。昨日も部屋で騒いでたし。それに、思いっきり戦う機会なんて村から出ればいくらでも待ってるわよ」

「え、昨日の聞こえてたの? 大人しくしてたつもりだったんだけど。あー、カナデなら聞こえちゃうか……。まぁでも、うん、チャンスは沢山あるよね。外の世界に出たらさ」


 二人はまだ見ぬ外の世界について話しながら、森を抜けていく。

 そうやって10分ほど歩いていると、段々と木々がまばらになっていき、喧噪が近づいてくる。アスト村。彼女たちの住む村である。村の外縁部に近い地区は市場となっており、村一番賑やかな場所であった。

 村の入口には、男が一人立っていた。男はステラとカナデの二人を見つけると、嬉しそうな顔を浮かべ、手を挙げる。


「随分早く戻ったな、カナデ。それにステラも」

「パパ!」

「戻ったよ、ヒビキおじさん」


 男の名はヒビキ。カナデの父親であり、アスト村の長であり、そして今回の討伐の依頼者でもあった。


「……随分と強くなったな。二人とも。フォレストウルフ程度じゃ相手にもならないって感じだな。あれでも並の大人じゃ数人いても手の付けられないくらい凶暴な獣なんだがな。」

「「大したことなかったよ(わ)」」


 声を揃えて返答する二人に、ヒビキは半ば呆れたような表情を浮かべ、続ける。


「何はともあれ、だ。今日の狩りを以て、お前たちは俺の出した課題を全てやり遂げたって事になる。ステラ、最初の約束がなんだったか、覚えてるか?」

「うん。私とカナデが旅に出ることを認めてくれる為の条件として、おじさんが納得する強さを私たちが身につける事、だったよね」

「それで最近は毎日のようにパパの指定する魔物を狩ってた訳だけど、そうやって魔物に敵うかどうかで私たちの強さを見極めようとしたんでしょ?」


 ステラが答えるとカナデが付け加え、でも、と続ける。


「というか今更思ったんだけどこの方法、魔物がもし私たちが敵わないくらい強かったらどうするつもりだったのよ」

「それは心配ない。俺はここから視てたし、そもそも今のお前たちが負ける魔物はこの森にはもういないだろう」

「ここから? 森の中の私たちを……?」


 サラっと衝撃的な事を告げるヒビキに若干の戦慄を覚える二人。ヒビキはさも当然といった顔をしている。ステラは一体どうやってと少し考えるが、フォレストウルフを蹴飛ばす娘の親ならそれくらいは出来るのかもしれないと思い至り、考えるのをやめた。


「まぁなんにせよ、私たちはおじさんの出した課題を全部達成したんだ。つまり認めてくれたって事だよね。旅に出ることをさ」

「長かったわね、ここまで。ステラがあんなこと言い出してもう七年くらい経ってるのよね」

「ようやく第一歩だよ」


 感慨に浸り始める二人。そんな様子を見て、ヒビキは告げる。


「そうだな、二人ともよくやった。だが、まだ試験は終わってないぞ」

「え?」

「確かにお前らは魔物討伐はやり切ったが、旅立ちの条件は俺がお前たちの力を認めること、だろ? つまり、まぁ、なんだ」


「最終試験ってやつだよ。俺を倒してみろ」

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